#5 さよならクレイシ
啓太の手紙
8月11日 天気:はれのちくもり
クレイシとは、親元を離れられないヒナたちのむれのことをいうらしいです。
この世界の中で、ぼくはまだクレイシの一員なのだと知りました。
なぜならぼくは、子供で、ちっぽけで、おやがいないと何も、どこへも、することも行くことも出来ない。ましてや、生きることは出来ません。
もう少し早く知っていれば、早くこうどう出来たのになあと悔やんでいるのです。
だから、お父さん、お母さん、先にあやまっておきます。ごめんなさい。
ぼくはたぶん、二度とあなたたちの元へ帰っては来ません。
これを読んでいるとき、ぼくはそこにいません。きっともうこの世にもいません。だから。
8月13日、なかまといっしょに東京へ行ってきます。お金は、心配しないで。
8月13日 天気:はれ
東京行きの鉄道に乗りました。子供たちだけなのは、ぼくらだけだったので車掌に詰め寄られましたがなんとか乗り切りました。例の運動に参加するのだと疑われたら、もう生きていけません。東京行きの鉄道には大勢の人が乗っていました。みな、大きな荷物をかかえています。みな、悲しそうな疲れていそうな表情をしています。
8月14日 天気:くもり
東京の宿場に内緒で泊めてもらっています。そろそろ運動は本格化していきます。仲間と作戦を組み立てました。ぼくがリーダーになりました。みな、ぼくを推薦したのです。ぼくは怖いけど、すごく怖いけど、立ち向かうために運動に参加しようと思います。
8月18日 天気:あめ
東京の宿場のアジトが警察にばれてしまいました。運よくぼくと3人の仲間はその時その場に居なかったので、捕まりませんでした。でも安田と竹中が警察に連れていかれてしまいました。どうしてよいかわからず、ただただ雨の中を走り抜けてなるべくアジトから遠い所へ向かっています。シズオカへ向かう汽車の中で、この手紙を書いています。治安を維持する法律が出来、多くの人が捕まっています。とても怖いですが、リーダーとして努めます。
8月22日 天気:はれ
ぼくたちの活動を応援してくれる協力者、山中さんに出会いました。そのほかにも幸徳さんや大人たちも沢山います。しばらくはシズオカのアジトに住まわせてもらえることになりました、だから安心してください。お金は、心配しないで。
8月30日 天気:くもり
アジトに住んでいるメンバーが、活動資金を奪って夜逃げしました。ぼくたちのお金も全て巻き上げられ、もうどうしてよいかわかりません。お金が無いぼくらは、ここにいてはいけない、そんな気がします。メンバーの市島はここを出ようというのです、でも山中さんは笑顔でここにいなさいと言います。ぼくは誰を信じていいのか、誰に付いていくのかわからないのです。食事も底をつきました。
9月1月 天気:あめ
大きな地震がありました。お父さん、お母さんぼくは無事です。そちらはだいじょうぶですか。
9月15日 天気:くもり
以前居たメンバーの安田が、ぼくたちの居場所をばらしてしまったようです。ぼくが彼に山中さんのことを話してしまったからです。とても後悔しています。きっと2日後には、東京から警察がやってきます。山中さんたちにも迷惑がかかるから、メンバーの片山の提案でぼくたちはアジトを出ることにしました。
9月30日 天気:はれ
ここではもう場所を話せません。誰が一緒に居るのかも言えません。人が荷物のように詰め込まれた列車の中でこれを書いています。そんな中大勢の人が口々に運動について話をしており、山中さんが警察から拷問を受けて殺害されたそうです。ぼくはほろほろと涙を流しました。
10月3日
真っ暗な地下牢で、明かりが一つ。天気はわからないのです。ぼくの涙が地面に零れる音が響きます。唯一手紙を書く事だけは許されました。最期かもしれないので、お父さんとお母さんに別れの言葉を言います。そして感謝を。
今まで育ててくれてありがとう、そして健康で長生きしてください。自分勝手な息子でごめんなさい。またどこかで会えたら、2か月前に言えなかったことを言います。ぼくがどれくらい自分勝手なのか、さらけ出したいのです。そして会えないのなら、手紙にすべてを打ち明けることにします。でもそれは僕の本当の最期ですから。
10月23日
ぼくの番はまだ回ってきません。
でもいつかやってきます。やってくるから、本当に最期だと思って打ち明けようと思い― (字が乱雑で解読が出来ない)
11月4日
小さいころ、よくお父さんに河原に連れて行ってもらいましたね。石をどれくらい遠くまで投げられるか競って、ぼくはいつも勝てませんでした。でもどうしても勝ちたくて、一生懸命やって、挙句の果て川に落っこちて溺れて、僕を助けた父さんは死んでしまいました。だから、お父さんに会いたいです。
11月16日
このまえの真実の通り、ぼくはその方法で妹を死なせてしまったのです。故意的なんだかじゃありません、偶然の産物だったのです。その時、お母さんは妹をかばって一緒に死んでしまいました。ぼくが殺したのと、同義なのです。だから母さんにも、まして妹にも会いたいです。
11月23日
(字が乱雑で解読が出来ない)
11月25日
白紙
12月8日 天気:はれ
僕だけが解放され、今お父さんとお母さんと妹のところへ向かう汽車の中です。もうすぐ着きます、すぐそこです。この手紙たちを持って、あなたたちのところへ向かいましょう。
それまで僕は、自分にさよならを、クレイシにさよならをすることにします。
短編 「ハンプティ・ダンプティ」 水野スイ @asukasann
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