とわの朝
雪が、降っている。
音のない音が、憂いも、悲しみも、この世のすべてを消し去るかのように、白く、白く、真っ白に世界を塗りつぶしてゆく。
深い眠りと淡い
「資盛どの──?」
乾いた唇からすべり落ちたその声は期待に弾んでいて、抑えきれない悦びに右京大夫は頬を染めた。
この瞬間を、どれほど待ちわびていたことか──!
「右京、遅くなってごめん。やっと来られたよ」
雪を払いながら姿を見せた資盛は、ばつの悪そうな顔をしている。はしたないと思いながらも右京大夫が恋人の首へ抱きつくと、資盛は凍えた手でしっかりと受けとめてくれた。
「ほんとうに、ごめん」
「いいえ、いいえ。こうして資盛どのにお会いできる日を──こうして、わたしのもとへ来ていただける日を、ずっとお待ちしておりました」
「ずいぶん、待たせてしまったね。悪かったと思ってる」
冷たい頬を右京大夫の髪へうずめながら、資盛は謝罪の言葉をくり返す。右京大夫は懐かしい恋人の香りで胸をいっぱいに満たして、首を左右に振った。
「もう、おっしゃらないで。もう、わたしをひとりにしないで」
「……そうだったね。ぼくが謝るのは、きみをひとりにしてしまったことだ。約束するよ、もう、決してきみをひとりにはしない」
「わたしも、二度とおそばを離れません」
右京大夫はまっすぐに、その瞳に恋しい人を映した。そして、そのまま資盛に手を引かれるようにして、幸福に満ちた
◇ ◇ ◇
「叔母さま、叔母さま!」
七条院権大夫は、長く患っていた叔母の最期に悲鳴を上げた。叔母は生涯独身で、若い日のたったひとつの恋を一途に守りつづけた
昨夜から降りはじめた雪は、凛冽とした空気をまとったまま、いっこうに止む気配がない。この寒気が、叔母の身体に障ったのかもしれなかった。
それでも、眠るように逝った叔母は不思議なほどに穏やかで、あたたかな顔をしている。桜色の頬は紅をさしているようにすら見えた。
「──なんて満ち足りたお顔でいらっしゃるのかしら」
叔母が雪の日の朝をひときわ好んでいたことを思い出した七条院権大夫は、震える寒さも意に介さず、御簾という御簾をすべて巻きあげた。
そのとたん、ひんやりと、やわらかな雪が、散りゆく桜のようにはらはらと舞いこんでくる。
雪は、叔母の頬を撫でるようにすべり落ちると、そっと儚く消えた。
◇ ◇ ◇
とし月の つもりはてても そのをりの
雪のあしたは なほぞ恋しき
了
カササギの橋 小枝芙苑 @Earth_Chant
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