実験欲求

 画面の前の皆さん、はじめまして

 あるいは、お久しぶりです

 私は無より生まれし者、無生ムウです

 ところで皆さんは、ヒトの三大欲求ってご存知ですか?

 食欲、性欲、睡眠欲…

 一般的にこれら三つの欲がヒトの三大欲求と言われています

 しかし、果たしてそれは正しいのでしょうか?

 フフフ…

 人間の欲は千差万別

 百人いれば百通り、億人いれば億通り

 ヒトの欲とは、単純ではないのです


 それでは、今回のヒトの欲を観察してみましょう…




っ…いたぁい……」


「どうした?大丈夫かい、由紀ゆきちゃん」


「先輩…紙で指切っちゃいましたぁ」


 今回の主役は紙で指先を切り、その指先をくわえているこの人物です

 名は君ヶ浜きみがはま由紀ゆき、二十三歳

 由紀は春に国内の大学を卒業したばかりの新入社員です

 大きな会社ではないものの大手が導入する様な医療機器の製作販売までを行うこの会社に由紀は居心地がよいと感じている様です

 それが天職かどうかはわからないものの、由紀は一先ず仕事という点に於いて不満はない様です

 そんな由紀は食への関心が薄く、食欲が無いと言っても過言ではありません

 毎日同じように朝は栄養バランスに優れたゼリー、昼はカロリー摂取を目的とした菓子のような栄養機能食品、夜はスープとサプリメントを飲むだけで固形物を食べることはありません

 では、睡眠欲はどうでしょう?

 由紀にとって睡眠とは時間の無駄であり、なるべく短く済ませるものと考えています

 由紀の平均睡眠時間は一日二時間未満

 これは一般人の三分の一にも満たない時間です

 その短い睡眠時間でも由紀は満足しているので、睡眠欲は満たされていると言って良いでしょう

 さあ、残された欲求である性欲は?

 そして、四番目の欲求に関してはどうでしょう?

 フフフ…

 その答えは、由紀自身に見せてもらいましょう




由紀ゆきちゃん、今夜辺り二人で一杯どう?」


「えー?先輩と二人きりですかぁ?でもぉ、先輩って彼女さんいるって言ってたじゃないですかぁ」


 金曜日の残業上がり、由紀は残業を手伝ってくれた直属の上司である三島みしま狼貴ろうきに誘われた。入社から三ヶ月余、由紀はグループ呑みは何度もしていたが、狼貴を含めた他の社員とのは一度もしたことがなかった。


「いやいやいや、そういう目的の呑みじゃないから。普通にろうねぎらうってやつ?」


「なんで疑問系なんですかぁ?まぁいいですけどぉ」


「おっ!マジで!?じゃあ俺先に外に出てるから、ゆっくり化粧直しとかしてきてよ!」


「先輩、それってセクハラですよぉ?」


 こうして二人は初めて一対一で呑みに行くことになった。

 そして、その帰り道…


「おうえええ……」


「あららぁ、先輩大丈夫ですかぁ?」


 由紀は電信柱に手をついて吐瀉物を吐き出す狼貴の背中をさすりながら優しく声を掛けた。介抱される狼貴の姿には会社の先輩という威厳は一切なく、年齢的にも五歳以上離れている二人の立場は逆転していて、まるで母と子の様だった。

 由紀に介抱される前にも二度嘔吐していた狼貴だが、介抱されると更に二度三度と嘔吐を繰り返した。


「うぉえええ……ごめんね由紀ゆきちゃん。誘っておいてこんな…おえええ……」


「いえいえー、大丈夫ですよぉ。慣れてますからぁ。私と二人きりで呑むとみんなこうなっちゃうんですぅ」


「そっか…由紀ゆきちゃんはお酒強いんだね…でもほんとごめんね……」


 狼貴は繰り返し押し寄せる不快感と自分への情けなさから弱気になったのか由紀に謝り続けた。

 由紀はそんな狼貴に優しい言葉を掛けながら背中を擦り続けた。

 そして、狼貴の吐き気が一段落すると二人はゆっくりと歩き出した。


「先輩、ほんとに大丈夫ですかぁ?もう少し休憩した方が良いんじゃないですかぁ?」


「いや、大丈夫だよ……うぷ…っ!……ほら耐えられた…それに由紀ゆきちゃんだって終電とか都合が…うっ!……ふう……」


 狼貴は言いながら二度、喉元までり上がってきた吐瀉物を無理矢理呑み込んだ。男として、そして先輩としてのプライドが辛うじて吐き気を上回っていた為に耐えられたが一人だったら確実に二度とも吐いていた。

 こんな筈じゃなかったと思いながらも狼貴は男としての体裁を保とうとしていた。体調は全く大丈夫などではなかったが、という下心を打ち砕かれた狼貴は自らの失態を最小限に抑えようとしていた。

 そんな様子を見て何かを察したのか、由紀が次に放った言葉とその後の行動は狼貴を驚かせるものだった。


「あらあらぁ。ダメそうですねぇ。どっかで休憩しましょうかぁ。こういう時はホテルがシャワーもあって個室だから便利なんですけどぉ、それだと先輩の彼女さんに悪いですしぃ……あ、そうだぁ。この近くに私の叔父さんが経営している個室形式のバーがあるのでそこ行きましょうかぁ」


「あ……ちょっ…まっ…うぷ…っ!…ごめん…もう少しゆっくり……くっ……」


 由紀は言い終わると強引に狼貴と腕を組んで自身の叔父が経営しているという個室を貸し出す形式のバーへと連れていった。

 数分後、バーへ着いた由紀は受付をで通過して狼貴と共に地下二階にある個室へと入った。二人が入った室内は薄暗く、時代遅れの裸電球がぶら下がる六畳程の部屋だった。

 部屋に入った狼貴は直ぐに設置されている大きなソファーへともたれ、由紀から手渡された水を呑むと僅か数分後には気絶するように眠りについた。

 この時、室内を見回している余裕など狼貴にはなかった。


「いぎゃあああああああ!!!」


 狼貴は脳髄へと伝えられたかつて経験したことのない激痛に叫び声を上げながら

 目を覚ました。本来ならば狼貴は飛び起きようとしたのだが、その身体からだは介護用と思われる落下防止のバーが着いたベッドに固定されて身体を起こす事が出来なかった。


「あ、足があああああ!!おげうふっ!げはっ!ごへっ!がはっ!くふっ………な、なんだよこれ!?くそ!なんなんだよこれはあ!!」


 固定された身体を無理に起こそうとした狼貴は巻き付けられた縄によって首を締め付けられて咳き込み、その後で自らの状況に気がついた。

 狼貴は全裸の状態で、首、肘、手首、膝を縄によって拘束され、所謂『気をつけ』の姿勢の状態でベッドへと固定されていた。固定された狼貴は腰回りと足先と手先以外にまともに動かせず、特に膝と肘の拘束はきつく、どちらも真っ直ぐに伸ばした状態で一切曲げられない様に固定されていた。その為、拘束されていない筈の膝下は必然的に足先以外には何も動かせない状態となり、肘に加えて手首を拘束されている為に手先も足先と同様に回したり握ったりする程度にしか動かせなかった。

 しかし、それらの状態に比べると首を固定する縄の拘束にはほんの少しだけ動ける猶予が与えられており、その気になれば首をもたげて視線を自身の下半身の方へ向けることが可能で、狼貴は先程その行為をした為に縄が喉元に食い込んでその苦しみ故に自然と咳き込んだのだった。


「誰か!誰かいないのか!左足が!左足が痛いんだ!誰か!誰か!」


 叫ぶように「」を呼ぶ狼貴の左足の小指は何か強い力で挟まれた様に完全に潰れていた。

 狼貴はその気になれば締め付けが耐えられる程度に首を擡げた上で眼球を目一杯動かして自らの左足の状態をその眼で確かめる事は出来た。しかし、狼貴はそれをしなかった。というより出来なかった。

 嘗てないその痛みが自らの左足に起きている何らかの変化に対する悲惨さを物語っていた為に狼貴は左足の状態を確認したくなかった。


「誰か!誰か助けてくれ!助けてくれえ!誰かあ!」


 狼貴はわけもわからないままにを求めた。


「あらあらぁ。元気いっぱいじゃないですかぁ、先輩」


 それは聞き覚えのある声だった。

 やや舌足らずでアニメに出てくるキャラクターの様に高くて常に子供に呼び掛ける様な口調をしているその声の主が誰なのか狼貴は知っていた。


「その声は由紀ゆきちゃんか!?早くたす…あ、いや……良かった!き、君は無事なのか!?怪我とかは大丈夫なのか!?」


 狼貴は精一杯やせ我慢をして由紀の心配を。危うく自分を助けてくれと懇願してしまいそうになったが、その気持ちを必死に抑えて由紀の身を案じた。


「んー?先輩って肉食系のわりには細やかな気遣いも出来るから意外と頭の回転早いのかなぁと思っていたのに案外鈍いんですねぇ。ふふふふ」


由紀ゆきちゃん?君はいったい何を言って…まさか!?」


「ふふ、そうですよぉ。私が先輩をしたんですよぉ。それに実は先輩が変な酔い方したのもぉ…ほらこれぇ、このクスリを混ぜたからなんですよぉ」


「ひっ…!!」


 由紀が突然視界へと現れたその瞬間、狼貴はそのあまりの姿に気圧されて大声を出せずに小さな悲鳴を漏らすことしか出来なかった。

 狼貴へ小さな錠剤を見せつける由紀の左手とその顔は

 薄暗い中でもわかる程に滑り帯びたその赤、それは明らかに血の赤だった……


「先輩、そんなに怯えないでくださいよぉ。これはさっき女の子の出産のお世話をしてあげたからぁ、その時に付いた純血で母となった女の子の血なんですよぉ。…んー?なんか不思議そうな顔してますねぇ?あー、そうかぁ。そうですよねぇ。普通は初潮後にセックスした女の子がぁ、妊娠出来たら出産ですもんねぇ。順番が違うと思っちゃいますよねぇ。ふふふふ」


「お、お前…頭おかひぎいいいいい!!」


「先輩?私は異常おかしくなんかありませんからねぇ。次に非道ひどいこと言うとまたこうなりますよぉ」


 由紀は狼貴の視界に入らない右手で持っていたペンチで狼貴の右の乳首を思い切り挟みながらそう言った。硬いペンチで挟まれた狼貴の右の乳首は葡萄の粒を潰した時の様な小さな水音を放ち、真っ赤な血飛沫ちしぶきを撒き散らして完全に潰れた。


「いぎひいい!!ひい!!ひいいい!!誰か助けてくれえ!!」


「ふふふ、心配しなくても私が助けてあげますからぁ。先輩、私って手術が凄く得意なんですよぉ。中学生の時にちゃあんとアメリカの大学で医術を学びましたしぃ、機器も器具も揃っていますから安心してくれて大丈夫ですよぉ。いま先輩の乳首もぉ、さっき壊した左足の小指もぉ、それ以外に壊す予定のところもぉ、後で全部してあげますからぁ」


 由紀はそれまで過ごした三ヶ月余の期間で一度も見せたことがない程に幸せそうな表情を狼貴へと向けていた。


「あー、ところでさっきの話の続きなんですけどぉ。先輩はスコポラミンって知ってますかぁ?んー?その表情かおはもしかして聞いたことないんですかぁ?ほらよくあるじゃないですかぁ。女の子にクスリを呑ませて無理矢理セックスする脳味噌猿以下の馬鹿が起こす事件がぁ。あれに使われるのは所謂ドラッグとかだけじゃなくてぇ、市販のクスリもわりと使われているんですよぉ?それでスコポラミンを含むクスリが使われることがあるんですぅ。まぁさすがに純粋なスコポラミンではないんですけどぉ。スコポラミン化合物は一昔前なら目薬とかにも入っていたのでぇ、日本の目薬は手軽で身近なレイプドラッグみたいな噂とかもあったらしいんですよぉ。まぁ私はこんな話どうでもいいんですけどねぇ。…それじゃあ先輩、そろそろ始めましょうかぁ。どこから始めますかぁ?やっぱり最初はじめは性器を壊しますかぁ?」


「ひいいいいいいいい!!だ、誰かあ!誰かあ!警察を呼んでくれえ!誰でもいいから助けてくれえ!おーい!客でも店員でもいいから誰か来てくれえ!」


「無駄ですよぉ、先輩。だってここ本当はバーなんかじゃなくてぇ、私の所有するマンションの地下室なんですからぁ。あ、この部屋は先輩が意識を失う前に入った部屋の更に奥にある部屋ですよぉ。ウォークインクローゼットからここに入れるんですけどぉ、指紋認証とか光彩認証とか色々あるので私以外は誰も入れない秘密の部屋なんですぅ。ふふふふ」


「ひいいいい!!た、助けてくれ!なんでもするから!お願いだ!頼むから助けてくれ!死にたくない!絶対に誰にも言わないから!死にたくない!死にたくない!死にたくないいいいい!」


 それは悲痛な願いだった……

 もはや自らの全ては由紀の意思決定に左右されるものと理解した狼貴は思わず懇願していた。自らをその状態に至らせたのは由紀であるにも拘わらず、狼貴は由紀に頼まずにはいられなかった。


「ふふふふ。先輩、何を勘違いしているんですかぁ?私は人殺しではありませんよぉ。先輩には私の実験に協力して欲しいだけなんですぅ。ほらさっき初潮前に妊娠して出産した女の子の話をしましたよねぇ?実はあの子も私の協力者なんですよぉ。先輩みたいにこうやって拘束してぇ、他に用意した妊娠した女の人の子宮と交換してみたんですぅ。そうしたらちゃあんと適合してくれてさっき男の子が産まれたんですよぉ。名前は善結愛ヨシュアにしましたぁ。善き愛を結ぶと書いて善結愛ヨシュアですぅ。処女で妊娠した女の子が出産した男の子なのでピッタリな名前だと思いませんかぁ?ふふふふ。あ、それはそうとぉ、先輩はこれから性器と左右の足の指を新しいのと交換する予定ですよぉ。さっき壊した乳首は一先ず応急措置だけして交換はまた今度ですねぇ。……ほら先輩、このおっきな男性器が先輩の新しい性器でぇ、これが新しい足の指ですよぉ」


 由紀が狼貴に見せたそれは明らかに人間のものではない別の動物の、それも猿などの近縁種ですらない犬や猫と言ったたぐいの哺乳類の性器だった。

 明らかに獣類のそれとわかる性器の一方で指は少なくとも人間のものに見えたが、それは足の指ではなく手の指だった。


「ではではぁ、それじゃあまずは睾丸と性器から壊していきますねぇ。古いのは新しいのを着けるのに邪魔ですからぁ。はいはい怖がらなくて大丈夫ですよぉ、ちゃあんと睾丸も新しいのを用意してありますからぁ」


 そう言うと由紀は狼貴の睾丸の一方をペンチで挟んで一気にそれを潰した。その激痛に狼貴は声を出す猶予ひますらなく意識を失い、それと同時に狼貴の身体は全身の穴というあなから体液を排出し始めた。


「あらあらぁ、身体が反応してしまいましたねぇ。大丈夫ですよぉ、私の実験に協力してくれる人は絶対にからねぇ。ふふ、ふふふふふふ……」


 由紀は明るく悦びに満ちた声を出しながら愉しそうに笑い、もう一方の睾丸をペンチで潰した。

 二つ目の睾丸が潰されたその瞬間、意識のない狼貴の身体が跳ね上がり、固定された中でも僅かに動くことの出来る腰が動いたことで由紀は狼貴の尿を顔に浴びた。すると由紀は尿の排出が終わった後で狼貴の男性器の先端をペンチで挟んで一部をねじ切ると噴き出た血で尿を洗い流し、ベッドの傍にあった医療機器を狼貴の肉体へと接続し始めた。

 それは狼貴の生命いのちを救う措置をする為であり、同時に本格的な実験の始まりを意味していた。

 絶対に死なせません……

 由紀は自らが放ったその言葉を守ろうとしていた。




 …如何でしたか?

 口調がおっとりとしている為、男からすればがありそうな彼女には裏の顔があり、その裏の顔は欲でまみれていました

 それは突出した頭脳と医学的知識を持つが故の実験に対する欲求です

 彼女は、中学生の時点でアメリカの大学の医学部に通うほどの知能があり、その知能と飽くなき探究心が欲へと変化した結果、様々な非人道的な実験を行うに至りました

 彼女のこの欲の根幹にある要因ものはいったいなんなのでしょうか?

 それは未知に対するなのではないでしょうか?

 これが正解かどうかは彼女にしかわかりませんが、人の興味とは時として恐ろしい存在ものとなります

 しかし、興味とは飽くまでも興味であり、それを実行するか否かはまた別の話です

 え?

 彼女は興味本位で人道から外れた異常な思考を持つ異常者なのではないか、ですか?

 フフフ…

 それはどうでしょう

 彼女の行為が人道から外れているのは否めませんが、それだけで彼女を異常者であると認定し得るかは一概には言えないのではないでしょうか?

 何故なら、人は太古の過去むかしから興味本位で物事を行ってきているからです

 彼女の場合、その興味が非人道的な行為を伴っていただけであり、興味を持つこと自体は異常ではないのです

 さて、私は葡萄踏み体験をしに行くのでこの辺りで失礼します

 え?

 私には性器があるのか、ですか?

 フフフ…

 それはです

 では、また次回、お会いしましょう

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【更新無期停止】四番目の欲求 貴音真 @ukas-uyK_noemuY

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