求愛欲求

 画面の前の皆さん、はじめまして

 あるいは、お久しぶりです

 私は無より生まれし者、無生ムウです

 ところで皆さんは、ヒトの三大欲求ってご存知ですか?

 食欲、性欲、睡眠欲…

 一般的にこれら三つの欲がヒトの三大欲求と言われています

 しかし、果たしてそれは正しいのでしょうか?

 フフフ…

 人間の欲は千差万別

 百人いれば百通り、億人いれば億通り

 ヒトの欲とは、単純ではないのです


 それでは、今回のヒトの欲を観察してみましょう…




「俺の全ては君のためにある」


 情熱的な愛の言葉を囁いたこの男が今回の主役です

 男の名は谷田部やたべ新三しんぞう、年齢は二十一歳の大学生です

 優しい母と厳格な父、決して裕福ではないものの暮らすのに不自由はない

 そんな絵に描いたようにの家庭で彼は育ちました

 平均的、平凡、普通、という似た意味を持つ言葉を重ねるのはおかしいと思うかも知れませんが、彼はそれをおかしいとは感じていません

 彼は自らの人生を平均的で平凡で普通な人生だと感じて生きています

 そして、恐らく彼はこのまま死ぬまで普通の食事とセックスと睡眠、平凡な生活に包まれて生きていくでしょう

 果たして、それらに包まれている人生の中で彼の心の奥底に秘めた欲求を満たすことが出来るのでしょうか?

 フフフ…

 彼が満たされるのかどうか、その答えは彼自身に見せてもらいましょう…




「ごめんなさい…新三しんぞうくんのことは好きだけど、付き合うとかそういう対象としては見ることは出来ないわ。私達は友達。それでいいじゃない」


「あ…そ、そう?じゃあ、今度またにご飯でも行こうよ」


「わかった。また今度で来ましょう。…あっ、ごめんなさい。バイト先から電話来ちゃったから話はまた今度ね。今日はありがと。このお店の料理すごく美味しかった」


 女はそう言うと架かってきた電話に出ながら新三に手を振り、背を向けて歩き始めた。途中で一度振り返り、無言で再び手を振ると女は二度と振り返ることはなかった。

 立ち去る女を見送る新三の頭の中には、女の放った「友達」という言葉がこだまの様に響いていた。

 その言葉は新三にとって呪いにも似た言葉だった。

 新三はこれまで幾度となくこの言葉で交際を避けられていた。だが、新三は決して今まで彼女が出来なかったわけではない。

 中学二年の時に人生初の彼女が出来てから高校時代に二人、大学で一人、これまで四人と交際し、その内一人と肉体関係を持った。

 しかし、交際した四人の内、肉体関係を持った相手を含めた四人全てが新三が心から好きな人ではなく、相手から交際を申し込まれた際に「他に好きな人がいないから」という理由で付き合った相手だった。

 その様な動機で始まった交際は長続きせず、一番長く付き合った相手でも一年未満で終止符が打たれていた。

 無論、流されて付き合い始めた者達であっても全てが新三の様な結果になるわけではなく、この結果は、流されたとは言え新三が時分自身で決めた交際に対して全く向き合わず、蔑ろにしたが故の結果だった。

 そんな新三は好きになった相手にその想いを告げた時、決まってこう言われていた。

「友達でいいじゃない」「友達のままじゃだめかな?」「友達としては好き」と。


「くそ…何でだよ……俺はこんなに好きなのにどいつもこいつも……あっちから来る奴はいるのにどうしてこっちから行くとダメなんだよ…いつもいつも友達……友達友達友達友達友達友達友達友達友達友達友達友達友達友達友達友達友達友達友達………俺は友達にしかなれないのか?………ふふ、そうか…トモダチか……」


 新三は愚痴を言いながら女のあとをつけた。

 そして…


「ううん……ここ、どこ?…痛っ…なんか頭痛い…えっ!?…動けない…!?」


 気がつくと女は見知らぬ部屋にいた。

 見知らぬ天井、見知らぬ照明、見知らぬ壁、周囲の全てが女にとって馴染みのないものだった。

 女は自身の置かれた状況を探るべく身体からだを起こそうとしたが、首、脇の下、腰、膝、両足首、両手首を縄で縛られているらしく、脚を肩幅に開き、腕を腰に固定された状態で微動だに出来なかった。


「縛られてる!?…な、なにこれ…意味わかんないんだけど………誰か!ねえ!誰かいないの!?」


 女は周囲に向けて助けを求めるように声を放った。


「いるよ。ここに」


 女の声に応える男の声がした。

 女はその声に聞き覚えがあった。


新三しんぞうくん!?その声は新三しんぞうくんよね!?よかったあ…新三しんぞうくん、こっち来て!どうしてかわかんないけど、私縛られてて全然動けないの!」


「知ってるよ」


「えっ!?新三しんぞうくん!?それってどういうこ…!!そ、その格好!?」


 女の前に新三が現れた。その新三の姿に女は驚きを隠せなかった。

 現れた新三は女物の衣服に身を包んで化粧をしていた。それも単なる女装ではなく、新三は女と全く同じ格好をしていた。


「どうだい、この格好?気に入ったかい?君のためにしているんだよ?」


「えっ…し、新三しんぞうくん?ど、どうしちゃったの?」


「どうって…叩かれたショックで忘れちゃったのかい?君が俺に言ったんだろう?俺とは友達でいいと。だから俺は君とは友達じゃなきゃと思ってこうしてお揃いの服を着て、化粧まで真似してみたんだよ。…ほら、この胸だって君と同じサイズになるように調製したんだ。D70、君って意外と着やせするタイプなんだね」


「えっ……あ、あなた何を言っているの?」


「うふふふ、君のためだよ。俺の全ては君のためにある」


 女は新三に対して得も言われぬ気持ち悪さを感じた。

 それは、新三が知る筈がない自身の胸のサイズを知っていることイコール意識がない間に自分の身体からだを触られた、という事実に対する気持ち悪さではなく、もっと別次元の気持ち悪さ、即ち事実ではなく想像上の気持ち悪さだった。

 女はその気持ち悪さの正体を知りたくて、新三に問いかけた。だが、新三は女の問いに答えなかった。女の声にはしたが、女の問いにを返すことはなかった。


「ほらほら、ちゃんと見てよ。この身体からだだって君のためなんだよ」


「なっ!?新三しんぞうくん!?その身体からだ…!!」


 女は新三に何かを問う事も助けを求める事も無意味だと悟った。

 新三の身体からだを見た瞬間に女はそう感じた。女装した新三が下着を脱いで見せた胸、その胸はまるで女性の肉体の様に確かな膨らみがあった。

 ただ、その膨らみの根元は赤かった。

 女はその赤は血の赤だと一目でわかった。


「どうかな?キレイかな?これさ、さっきばっかなんだよ。もちろん本物だよ?その辺の人のを貰って着けてみたんだ」


 新三はそう言いながら膨らみを女の眼前に持ってきた。

 その瞬間、ニチャッという湿った音と共に女の顔に赤黒い液体が滴り落ちた。


「ひいっ!?…やめて!!そんなの近付けないで!!」


「どうして?なんで?ちゃんと見てよ。君のためなんだ。こうすればもっと仲の良い友達になれるよね?お揃いの胸じゃないか」


「な、なにを言っているの!?そんなもの着けたって仲良くなんてなれないわよ!!さっさと離れて!!私を解放して!!いやっ!?変なものつけないで!!」


 女は精一杯虚勢を張ったが、内心では恐怖に震えていた。

 女の眼前にある新三の胸には生身の人間のものと思われる乳房があった。その乳房は根元の部分に刺されている画ビョウやマチ針で新三の胸に固定され、その上からガスバーナーで炙った様な焦げ跡があり、焼け爛れた皮膚は僅かに癒着していた。

 癒着しきっていない乳房の根元から溢れ出る血と、乳房を張り付けるために無数の画ビョウとマチ針が刺された新三の胸から溢れ出る血、そして、焼け爛れた皮膚から染み出る液体が混ざり合ったネットリとした赤黒い液体が乳房を這う様にして先端にある乳首へ集まり、その集まった液体が次々と滴り落ちて女の顔面を赤黒く染めていた。


「どうしてだい?君は友達が欲しいんだろう?だから俺は…」


「友達はこんなことしない!!ひいっ!?とにかく離れて!!もうそれを顔にかけるのはやめて!!ヌルヌルして気持ち悪い!!生臭い!!」


「どうして?なんで?せっかく友達になろうとしてるのに…あ、そうか。これじゃ足りないんだね」


 新三はそう言うと下半身に着ていた女性物のジーンズと下着を脱いで陰部を露にした。


「いやっ!!な、なにをする気!!変なことをしたら噛みきるわよ!!」


 女は再び虚勢を張った。だが、その虚勢を張る行為は的外れだった。

 新三は最初はじめから女に何かをする気はなかった。


「これはね、こうするんだよ…」


「えっ!?……ひいいいいいいい!!!」


 新三の思いもよらぬ行為に女は戸惑い、一瞬遅れて悲鳴を上げた。

 グヂュっ…ミヂュっ…ギュジっ…

 女は瞼を強く閉じたが、どれ程抗おうとしても鼓膜はその音を捉えて女の脳へそれを伝達した。

 今までの生涯で一度も耳にしたことのない音が耳から脳へ届けられ、女の脳は瞼を閉じる寸前に視た映像のをイメージした。

 その音と共に近距離から絶え間なく顔に飛んでくる生ぬるい液体は、それが血である事を女に確信させ、瞼のシャッターにより閉ざされた眼前で行われているであろうおぞましい行為のイメージをより鮮明にした。

 そして、数分あるいは数十分が経過した頃、不意にその音は止んだ。

 女はここから逃げるため、生きるためには瞼を開かなくてはならないことを感じながらもそれをする事が出来なかった。

 瞼を閉じた女の眼前には、真っ赤に染まった男の股間があった。

 その股間にはある筈のものはなく、その代わりに瞼を閉じた女と同じ色のマニキュアを爪に塗った男の手の中には、赤く染まった物体が握られていた。

 それは、男自身が爪を立て、肉を裂いて無理矢理に引き千切った男自身の性器だった。

 そして、男は全身を痙攣させながら女の耳元へ口を近付けてこう言った。


「君の望み通り……これで…俺達は………本当の………トモダチだね………」


 言い終えた男は意識を失い、そのまま目を覚ますことはなかった。




 …如何でしたか?

 彼は愛を求めて女性に交際を申し込みました

 しかし、それはことごとく実らず、交際出来たのは彼求めた相手ではなく、彼求めた相手だけでした

 彼は愛されることよりも愛することを求め続けましたが、最後は相手の求めたという関係を実らせようとしました

 その結果はご覧の通りです

 果たして彼は愛を実らせたのでしょうか?

 それとも、実らぬ愛に悲観して精神に異常をきたしてしまったのでしょうか?

 え?

 残された彼女の結末?

 フフフ…

 それは言わなくともわかりますよね?

 それでは、私はこれからゴーゴークラブに行って出会いを探すので失礼します

 合コンではないか、ですか?

 いえ、ゴーゴークラブです

 ゴーゴークラブ、ご存じありませんか?

 …そうですか

 では、また次回、お会いしましょう

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