第二十二話 改めて!ようこそ、お化け研究会へ!
私の通う中学校にはいまだ設立していない同好会がある。
廊下の一番端っこ、美術準備室では今日もああでもない、こうでもないと賑やかな言い合いの声が聞こえてきていた。
「ねぇねぇ、どうしよう、誠? 同好会設立には四人必要なんだよ!? 今月いっぱいまでに四人集めなきゃ部室も使えなくなっちゃうよ!」
「だからさ、『お化け研究会』って名前がダメなんだ。もっと違う名前を付けよう」
「それは前却下したじゃないっ! あーもう。まさか高梨先輩が本当の『幽霊部員』だったなんて」
「上手いこと言うね」
「そんなの、ちっとも嬉しくないよぅ!!」
あの事件から一週間が経過した。
私はあの日からしばらく体調不良と言う事で学校を休んでいた。実際は次の日にはかなり元気だったのに、竜星が大げさに母さんに話した所為で変に心配されてしまったのが原因で、随分と長い間学校を休んでしまったのだ。
久しぶりに来た学校。私は今日、お化け研究会にお礼を言いに足を運ぶと決めていた。クラスで誠君に会ったときは普通に挨拶して普通に話をしてくれた。けれども、それとは別にどうしても部室へ行かなくてはいけない理由があったのだ。
「ごめんくださぁぁい!!」
「うわっ!!」
「きゃっ!!」
勢い良く扉を開けると有海も誠君も肩をビクッと震わせた。この二人は話に夢中になっていると客に気が付かないのは知っていたから最初から全力で。驚かされた二人はそれでも、私を見るなり飛び切りの笑顔で出迎えてくれた。
「なんだ、君か。……びっくりさせないでくれ。心臓が飛び出るかと思った」
「まりあー!!! もう体調大丈夫なの!?」
「うん! もうすっかり良くなったよ!」
「良かったな。一週間も来なかったから今度見舞いに行こうかと言う話も出ていたんだぞ」
「心配かけちゃってごめんなさい。でも、もう大丈夫!」
「良くなって何よりだよぉ~!!」
久々の再開に有海と私は軽くハグをしてから、おばけ研究会の中へ入った。この間まで散らかっていた段ボールはだいぶ片付けられていて、部室という感じになってきている。一週間でだいぶ様変わりした部室には中央に設置された大きめな机を取り囲むように椅子が設置されていて、一番目立つところにおばけ研究会と書かれたポスターが貼ってあった。部屋の真ん中まで来ると私は二人の前で姿勢を正す。
「今日はお礼を言いに来たんだ! 二人共、この度は本当にありがとうございました!」
私は深々と頭を下げた。顔を上げると有海は照れ笑いをしている。
「どういたしまして!」
「あぁ。君が無事で良かったよ」
「二人がいなかったら、私も竜星も死んでたもん。二人は命の恩人だよ!」
「まぁ、こっちも助けられたからお互いさまって事で」
二人の笑顔に戻ってきた平和を感じる。ようやく、あの事件の終わりを実感出来てきた。有海は部屋の中央に立っている私を手招きして椅子を引いてくれた。私はその椅子に座り、有海と誠君もそれぞれ椅子に座った。
「竜星は元気?」
「うん。あれから毎日お見舞いに来てくれててさ! 竜星、空手道部に入部したんだって!」
「え!? 拳志郎がいるって言うのにわざわざ入ったのか!?」
「それが、ネズミの一件ですっかり仲直りしたみたいで、『俺らはライバルだー』なんて言いながら笑ってたよ」
「あ、あはは……。事の発端そこなんだけど……まぁ、丸く収まったならそれで良いの、かな?」
「親父さんにまた厳しい修行をつけられるんじゃ……」
空気が若干重たくなるのを感じて私は慌てて首を横に振った。
「今度は大丈夫だよ!」
「どうして?」
「実は、虐待があったら私達に相談してって拳志郎に伝えてあるんだ。拳志郎にだって助けてもらったし、今度は私の番! 出来ることは少ないけど、でも相談に乗るくらいならできるかなって」
「あいつが竜星を虐めなければこんな事にもならなかったのに……君ってどこまでもお人好しなんだね」
「そ、それって褒めてる?」
「あははっ! 褒めてる褒めてる!」
「本当かなぁ?」
首を傾げる私を見て有海と誠君はくすくすと笑っている。半分揶揄われているのだろうが、それでも今はこの平和な空気が嬉しかった。
「まぁ、拳志郎にも助けてもらったのは事実だけどな」
「あんなに大きなネズミが出てきた時は本当にダメかと思ったもんね……」
「実際には呪いを解くことはできなかったしな。力不足を痛感したよ」
「いやいや!? 誠君の力も有海の力もすごいと思うよ!?」
「えへへっ? そうかな?」
「ねぇ、前から思ってたんだけど、どうして二人ともそんなことが出来るの?」
真名使いも、結界を作るのも普通ではあり得ない能力だ。私はまだこの二人についてまだまだ知らない事ばかりだった。聞きたいことは盛りだくさんだったが、一番の疑問はそこだった。
「家柄って言うのかな? 代々伝わる陰陽師の家系なんだ」
「やっぱりそうなんだ!」
従兄妹同士だと言われてなんとなくそうではないかと思っていた。非日常を感じた私は目を輝かせるが、それとは逆に、誠君は口をへの字に曲げてしまった。
「こんなに科学が進歩して世の中は便利になったのに、今だに平安からの伝統を続けているんだ。心底クソな家だと僕は思ってる。時代遅れにもほどがある」
「誠は本家と仲悪いもんね。まぁ、子供の頃から適正を見られて使えそうな術を叩きこまれる家柄なんだ。お化け研究会を始めるのも、修行の一環の部分が大きいかな?」
有海は少し寂しそうな表情をした。自主的にお化け研究会をしようと思っていた訳ではないのかもしれない。有海が怖がりなのにおばけ研究会の一員で、苦手なお化けに詳しいのもなんとなく納得ができた。
「僕は違うけどな」
「え?」
俯き加減だった有海が誠君の言葉にふりむいた。私も誠君を見ると、力の入った表情をしている。
「心霊現象は実際に起きている現象なんだ。今の科学では解明できていないから、オカルトだの怪談だので済まされている……けどね? 僕等には解るんだ。呪いは、実在する。僕はそれを科学的に実証し、解明して呪い自体が発生しない世界を作りたい……だから、実際に色々な事象を研究するために、この同好会を作ったんだ」
真っすぐに私達を見て誠君はそう言った。いつになく真剣なまなざしに気圧されてしばらく私と有海はキョトンと誠君を見返していた。
「……誠?」
「って、ごめん。柄になく語ってしまった」
誠君は恥ずかしさからか顔や耳が赤くなっていく。慌てた様子に私も有海も思わず笑みがこぼれる。
「いいや、すごいよ! 誠君の夢って事だよね!?」
「夢……? まぁ、夢なのかな?」
「ふふっ! 誠がそんな事を思ってるとは思わなかったよ! ちょっと驚いた」
「いいだろ、思うのは自由だし」
「悪いなんて言ってないよ! むしろ凄いって思った」
有海も初めて聞いた言葉だったようで、屈託もない明るい笑顔で誠君の方を見ている。その眼差しが照れ臭かったからか誠君のはそっぽを向いてしまった。その様子に私もくすりと笑ってしまう。
「けどさ?」
「けど?」
「同好会を作ったら色々な情報が集まってくると思ったんだけど……それも難しいかもな」
そっぽを向いた誠君の目の前には手作りの同好会のポスターがある。大きな文字で「部員募集中」と書かれたポスターを見た誠君の声はどことなくしょんぼりとしてしまった。
「どうして?」
「実は、部員が足りてないの」
「今月末までに部員が四人揃わなきゃ、同好会として設立できないんだ」
私の学校では、同好会設立の為に必要な部員の最低人数は四人と決まっていた。そして、高梨先輩は架空の生徒だったことが判明したため、部員は有海と誠君の二人だけ。二人も足りないのだ。
「そうそう。そんな二人に渡したいものがあるんだった」
「ん?」
私は鞄から一枚の紙を取り出した。職員室で貰ってきたこれを渡すためにここへ訪れた事をすっかり忘れるところだったのだ。
紙を広げて見せると、誠君と有海の表情が見る見るうちに明るいものになる。
「あのさ、お礼って言うわけではないんだけど……これ、受け取ってもらえないかな!?」
「これって……入部届!?」
「いいのか? 僕が言うのもなんだけど他にも楽しそうな部活はたくさんあるじゃないか」
「うん。ここが良いの。二人と一緒にお化けを研究したい。それに……呪いや妖怪がこの世の中に本当に要るだなんて、思ってもみなかったもの! 私も知りたくなっちゃった」
「そっか……そう言う事なら」
誠君は安心した表情で私から入部届を受け取ってくれる。
「ありがたく、受理させてもらうよ」
「やったぁ! まりあが一緒なら絶対楽しくなるね!」
「これからよろしくな?」
「うん! こちらこそ、よろしくお願いします!」
これで、この瞬間、私もお化け研究会の一員となったのだ。結界が貼れる有海と真名使いの誠君と共にきっとこれから摩訶不思議な現象を経験していくに違いない。私はまだ見ぬ未来に胸を高鳴らせた。
「やったね!これで、あと一人入部希望者を探せば……」
有海がそう言いかけたちょうどその時、部室のコンコンとノックの音が聞こえ私達はドアを見た。
「あ、あの……ここっておばけ研究会ですか?」
扉の向こうから知らない人の声がする。
「お客さんだ!」
「もしかして、入部希望かも!!」
「行こう、客を迎えよう!」
こうして、まだ始まってもいないおばけ研究会は動き出す。
入部希望者が集まるか、これからどんな活動をしていくかまだ分からない事ばかり。
だけど、今来たお客さんに言うセリフだけは決まっている。
私達三人は声を揃えてお客さんを迎え入れた。
「「「ようこそ、おばけ研究会へ!!」」」
~おわり~
名付け陰陽師 〜呪いネズミ編〜 @imonekoko
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