第二十一話 地獄へ

気が付くと、暗闇の中に私はいた。


 唯々広がる暗闇のなか、ポツンと自分の存在を感じる。


「あぁ、本当に、死んだんだ……」


 驚くほど冷静な私の声がした。


「えぇ、あなたは死んだのよ」


 目の前には高梨先輩がいた。何故か真っ暗なのに、先輩の存在だけは認識できる。ネズミの姿ではなくて、普通にいる女子中学生の高梨先輩だ。


「ねぇ、聞いてくれない? 時間もそんなにないのよ」

「っ!!」


 いよいよ、魂を吸収されると言う事なのだろうか。それなのに、高梨先輩は私の横まで歩いてきて座ったのだ。私は訳が分からずに高梨先輩を見た。


「あの誠って子、あの子のネーミングセンスどうかしてるわ」

「はい?」

「私少なくとも平均的な女の子よりは可愛い方だと思ってるの」

「え、ああ。そう、ですね?」

「でしょ!? それなのに、私につけた名前『毛目』!! けめって何!? 時間は確かになかったわよ? でもあんまりじゃないかしら!?」

「……きっと、毛と目が見えたから毛目ですね」

「馬鹿じゃないの!? もう、本当に勘弁してほしいわ? 真名って魂に刻まれる名前だから、地獄に行ってもずっとその名前で呼ばれることになるのよ!?」

「そうなんですか?」

「……まぁ、行った事は無いから……ネズミの言葉を鵜呑みにすると、だけどね」


 まるで緊張感も何もない会話に私はただ頷くしかない。

 酷くご立腹している様子の高梨先輩はそうとだけ言うと、フフッと笑った。


「本当はね、貴女とは生きてるうちに会いたかったわ。貴女とはいい友達になれそうだなって思ったのよ」

「え??」

「だから、ちょっとだけ話がしたかった……普通の女の子として普通の時間が欲しかったの」

「……」

「そろそろ、行く時間ね」

「行く? 行くってどこへ?」

「ふふっ。だから……地獄へよ」

「??」

「あーあ、これから毛目って呼ばれ続けるの……気が重いわ」

「ちょ、ちょっと待ってください!? どういう事なのか説明してください!!」


 言っている意味がさっぱり分からないで私はとうとう大声を出した。


「マリアのちゃんの魂で百個分の魂が集まった。だから、集めた百個と私の魂一個分。つまり百一個の魂がここにあるの。私は『百個分のエネルギーを使って』、『一個の魂を空の肉体へ入れる』という術をこれから行うわ」

「それで、高梨先輩が私の体を乗っ取るんですよね?」

「……そう思ってたの」

「思って……た?」


 何故、過去形なのだろうか? 高梨先輩の目論見はこれで完結するはずだ。これで普通の中学生として私の体を乗っ取り、人生を謳歌する予定のはずだ。


「都合により出来なくなっちゃったのよ。どこかのクソ陰陽師に命令されたわ……。肉体へ入れる一個の魂を『私』じゃなくて『まりあちゃん』にしろってね」

「へ?」

「長年頑張ってきた苦労が水の泡よ! 腹立たしいったらありゃしない……!! だから、せめて文句の一つは言わないと! 割に合わないでしょ?」

「……ちょ、ちょっと!? 待ってください! それって……」

「ふふっ。私の代わりに……長生きしないと怒るわよ……?」

「高梨……先輩……?」

「……じゃぁね」


 真横にいる高梨先輩は目を伏せた。その表情がとても悲しそうで、私の心も締め付けられるような気持ちになってしまう。


「……あ、ありがとうございました!」


 思わずそう言っていた。すると伏せていた目がぎろりとこちらを睨みつける。


「何が……?」

「私の事、いい友達になれそうって言ってくれて。私、引っ込み思案で友達がなかなかできなくて……。だから、嬉しかったです」


 怒りのこもった低い声に私は思った事をありのままに答えた。すると、高梨先輩は私の能天気な言葉に一瞬顔をしかめてしまった。怒りか軽蔑か分からない複雑な表情を数秒した後、結局は呆れた顔をして大きなため息を一つついた。


「はぁぁぁ……ばっかじゃないの? 私は貴方を殺したのよ?」

「そうですね。でも、結局は私の事生き返らせてくれるんでしょ?」

「……ついて行けないわ。さっさと、術を掛けて地獄に行く事にするわね」


 そう言うと突然、私の周りに黄色く光る温かい魔方陣が展開される。きっと本当にお別れの時なのだろう。私は高梨先輩に向き直る。


「地獄で罪を償ったら、次こそは友達になりましょうね!!」

「あなた、本当に……馬鹿なのね」


 そう言いつつ、高梨先輩は飽きれながらも優しく微笑んでくれた。

 先輩の姿は本当に美麗で、魔方陣の黄色い光も相まって、まるで天使のようだと思う。


「次……ね。覚えておくわ」


 真っ暗闇の空間は、眩しい程の優しい光で包まれた。真横に座っていた先輩の顔ももう見えない。

 手足に温かい力が流れていくのを感じて私はそっと目を閉じるのだった。


 ◇


 誰かが、誰かが私の事を抱きかかえている。

 時折零れ落ちてくる水滴が涙だと言う事に気が付くのにだいぶ時間がかかってしまった。

 目を開けようとすると、まばゆい太陽の光が目に刺さり、私は太陽光を避けるように首を動かした。


「い、今……動いたぞ!?」


 聞きなれた声がする。酷く鼻声だけど、間違いない。


「りゅ……せい……?」


 絞り出したように声が出た。私が自分で驚くほど声はかすれている。けれどもこの声を聞いた竜星からは驚きと喜びに満ちた声が返ってきた。


「い、今、竜星って言ったよな!?」

「ああ。竜星って言った」

「って事は……」

「間違いない。まりあだ!」


 誠君の声も聞こえてくる。私は今度こそゆっくりと目を開くとやはり竜星に抱きかかえられているようだった。

 目を真っ赤にはらした竜星がくしゃりと笑った。心の底から安堵した泣きそうな笑顔に私は思わず手を伸ばしてその涙を拭う。


「ただいま、竜星」

「まりあ……お帰り!! 良かった……!! 本当に……良かった……!!ぐすっ!」


 拭ったはずなのに涙はどんどんと溢れてくる。もう一度涙を拭おうと手を伸ばすと、その手に痣が無い事に気が付いた。


「呪い……解けてる……」

「あぁ。正確には解けたというよりかは完遂して消え去ったが正しいだろうな」


 いつものように淡々と、誠君が説明をしてくれる。けれども、いつもなら表情一つ変えない誠君の表情は笑っていた。


「戻ってきてくれたのが君の方で嬉しいよ」

「誠君が最後に高梨先輩に命令してくれたんだよね? ……その……ありがとう」

「ああ。イチかバチかだったが……上手く行って良かった」


 安堵からか、いつもよりも柔らかく笑う誠君は、凄い能力者と言うよりかは同じクラスのクラスメートと言う雰囲気で、私も肩の力が抜けていく。どうやら、なんとか全てが無事に終わったのだ。誰一人死ぬこともなく、乗っ取られることもなく、この困難を切り抜けることが出来た事は奇跡に近かった。


「君たちが、札を用意してくれなかったら名づけの儀式は出来なかったし、きっと僕も無事では済まなかった。礼を言う」

「ううん、こっちこそ! ……名づけの儀式で思い出したけど、先輩怒ってましたよ?」

「なんだって……? あいつと話をしたのか?」

「うん。魂を移動するときに少しだけね。最後に愚痴ってたよ。『毛目』は酷いって!」

「なっ!? 人が折角つけた名前に文句言うとは、なんて失礼な奴なんだ! 大体において真名をつけるのだって色々と制約があってだな!? こっちだって色々と考えて……」

「ふふっ!!」

「な、なんだよ急に笑って……」

「誠君って、案外面白い人なんだね?」

「……なっ!?」

「もし、誠君さえ良ければ、これからも友達でいてくれると嬉しいな」


 私の言葉に誠君は驚いたように目をぱちくりとさせ、それから、さっきと同じように力の抜けたような笑みを浮かべてこう言った。


「そう……だな。次からはクラスにいるか確認することにするよ」

「ちょっと待って、そこからなの!?」


 この時にはもう、声もかすれずにツッコミが出てくるようになっていた。私はいつまでも竜星に抱きかかえられているのも恥ずかしくなりゆっくりと体を起こしていく。少しふら付いたが問題なく歩けそうだった。手を握ったり足を動かしたりして見たが、ちゃんと動いたので安心する。


 先程からべろんべろんに泣いている竜星をしばらく宥めていると、遠くの方から声が聞こえてきた。


「おーい!!」

「まりあちゃん!? 無事!?!?」

「有海!! 拳志郎!!」

「ギギッ」

「それに子子も!」


 有海は私を見るなり抱きしめてきたし、拳志郎は泣きはらしている竜星を指さして爆笑した。子子は誠君の肩に飛び乗ると満足そうにギギッっと一声鳴く。みんなが揃うと賑やかな声がさびれた公園に溢れかえる。


 この公園にネズミがはびこる事はもう無いだろう。


 こうして、些細な一言が引き金になった大きな事件はようやく幕を閉じたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る