第二十話 手遅れ
「終わった……の?」
静まり返った公園の滑り台の上で私は膝をついてへたり込んだ。目の前の大ネズミは、誠君の止まれの合図を受けると微動だにしなくなった。へたり込んだ私を見て、竜星が慌てて声をかけてくる。
「まりあ。大丈夫か!?」
「うん。私は何とか大丈……うっ!!!」
心臓に異常なまでの痛みを感じた私は息さえ出来ずに胸を押さえてその場に倒れこんだ。胸を押さえた手を見ると全体がどす黒い痣の色で覆われている。
「ま、まりあ!? おい、どうしたんだよ!?」
「うぅ……」
血相を変えて竜星がこっちに走り寄ってきたけど私に返事をする余裕はない。
「呪いだ……」
「はぁ!? ま、誠!? 今すぐ、呪いを解くように命令してくれ」
「ああ! ……呪いを解け!!」
「ギギッ!!」
大ネズミは答えるように一声鳴いた。
私に近づいて腕の匂いをヒクヒクと嗅ぎ、鼻先が当たった場所からは光があふれだし、魔方陣が錬成され、ついに呪いを解く時が来た。
かのように思えた。
魔方陣は数回ぐるぐると回り私の腕を包み込んだだけで、胸の痛みは一向に引く気配がない。それ所か痛みはなお一層の事強まっていく。
「ギギッ……!?」
「どうだ!? 呪いはこれで解けたのか!?」
「そのはずなんだが……」
心配そうにこちらを覗き込む二人に、私は首を横に振った。
「まさか……既にまりあの呪いは心臓まで達してしまっているのか!?」
「それって、それってどういう意味なんだよ!?」
「……呪いは既に完了してしまっていると言う事だ……」
「そん……な……」
「完了した呪いはもう、術者本人であっても解けない……」
私の黒くなった腕を誠君はそっと持ち上げて絶望している。その言葉を聞いた竜星もみるみるうちに顔が真っ青になった。
「……お願いだ!! まりあを助けてくれ!! 俺の所為なんだ。俺がバカなことを言わなければ……まりあは何もしてないんだよ!! お願いだ、まりあを……まりあを……うぅ……」
竜星は痛みに動けなくなった私を抱きしめた。ぽたりぽたりと涙が私の顔に滴る。その感触さえ、だんだんと薄れていくのを感じる。二人の言葉がどんどんとただの音となり言葉として認識がしにくくなっていく。徐々に今いる世界から、独りになっていくのを感じた。
(私、どうやら、本当に……死んじゃうんだね)
胸の尋常じゃない痛みが嫌でもその現実を突きつけてくる。
(どうしてこんな目に……って、もとはと言えば竜星の所為だった。竜星の馬鹿……)
薄っすらと目を開くと、見た事もないくしゃくしゃの顔の竜星が私を見て泣いている。
(ずるいよ、竜星。そんな、顔をされたら恨むに恨めない。けど、竜星ともお別れなんだよね? もう、二度と一緒に遊んだり笑ったり喋ったり……出来ないんだよね)
そう思うと自然と涙が溢れてきた。私の人生、短すぎだよ。心の中で恐怖と寂しさと後悔があふれ出てくる。泣いたりわめいたり叫んだりして絶望したかったが、体はもはやほとんど動かない。
(お父さん……お母さん……先立つ不孝をお許しください)
けれども私の頭にふっとある考えがよぎった。
(……いや、ちょっと待って。両親を悲しませない方法なら、ない事もない!)
私は最期の力を振り絞って、大ネズミを向いた。
「高梨……先輩……」
「……ギギ!?」
「どうせ死んじゃうなら……どうせなら私の魂を食べて……私として生きて……。お父さんとお母さんを悲しませたくないの……」
「なっ!? まりあ本気なのか!?」
「ごめん……竜星……最期のわがまま……」
「ふ、ふざけるな!! 絶対、絶対に許さない!! 考え直してくれ!! お願いだ!!」
「誠君……ありがとう。有海に……よろしく……」
「本当に……それが君の決断なんだね?」
「……うん」
「そうか……」
「……ギギ……」
目がかすむ。体が海の底に沈んでいくような冷たくて寒くて……心臓の痛みはもう限界を達していた。私が最後まで感じていたその痛みでさえも、もう、感じなくなっていく。心臓が弱まっていくと体中で酸素が足りなくなっていく。公園にいるのに、海で溺れていくような苦しさと酸欠による痛みの中、徐々に意識は暗闇へと引きずり込まれていく。
最後に誠君が何かを叫んでいたが、もうその言葉さえも私には届かなかった。
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