透輝石の神は菜の花に眠る

藤和

透輝石の神は菜の花に眠る

 社の縁側で、鏡を見る。そこに映されているのは、もはや人形も人間も死に絶えた世界だ。

 人間達が死に絶えたあと、全ての星が瞬く間に、色とりどりの花に浸食された。死後、僕達が住んでいる花畑に行くことができると、生きることは花と共にと信じていた人間達の墓標として、鮮やかな花たちは相応しいものだろう。

 なぜ、この沢山の花々が世界を覆ったのか、その理由を僕は知らない。ただ、この色とりどりの花、中でもとりわけ、鮮やかな黄色をした菜の花は、この世界が終わりを告げているのだと、雄弁に僕に語りかけてきていた。

 僕と、創世の神であるアザトース様が住んでいるこの社。そのすぐ側にある花畑も、季節というものを意に介さないように、様々な花が咲き誇っていた。

 不思議に思っているうちに、社に住んでいる他の従属神が、花に寄生され次々に眠りについていく。社そのものも、気がつけば花が生い茂り、全てを飲み込もうとしているようだった。

 花に覆われているのは従属神だけではない。アザトース様も、次第に花に覆われ、うとうととしていることが多くなった。

 アザトース様も、他のみなと同じように花に覆われて眠りにつくのだろうか。それを考えると、この花々はうつくしいのにおそろしいもののように思えた。

 アザトース様も、従属神も花に覆われていく中、なぜか僕だけが花に覆われなかった。どうしてなのだろうと疑問には思ったけれども、それ以上に、このままアザトース様が花に埋もれてしまうのではないかと心配だった。

 いつも花の時期に僕と一緒に遊んでいた花畑に、花に埋もれながらアザトース様が横たわる。そして、小さな螺鈿の箱を僕に渡した。

 この箱は、今までにアザトース様が摘んできてくれていた花を結晶化させて、その中でもアザトース様のお気に入りを収めていた箱だ。言ってしまえば、僕とアザトース様との思い出の箱なのだ。

 アザトース様が、眠そうな目で僕を見て口を開く。

「はすたぁ」

 それから、満足そうに笑って目を閉じて眠りについた。

 アザトース様が名前を呼んでいたのは、僕だけだ。他の誰も、どんなものも名を呼ぶことはなかった。僕はアザトース様にとって特別なのだと、ずっと思っていた。

 けれども、僕を特別だと思って、僕も同じように特別だと思っていたアザトース様は、きっともう目を覚まさない。

 僕は花の中で眠りについたアザトース様の側にずっといた。菜の花に、緑色の透輝石の様な髪の毛が全て埋もれて見えなくなっても、ずっとずっと側にいた。

 僕以外の全てが花の海に埋もれた。その中で、ただひとり僕だけが取り残されてしまった。

 これはきっと、世界の終わりなのだ。なんて華やかでうつくしい終わりなのだろう。アザトース様が眠りについて、覆っている花をじっと見て、僕はアザトース様から渡された螺鈿の箱を手で撫でる。

 そうだ、この箱を開けてアザトース様との思い出を振り返ろう。そうすれば、この寂しさと喪失感をいっときだけでも忘れられるのではないかと思った。

 螺鈿細工の小さな箱を開ける。すると、中から出てきたのは、アザトース様との思い出の花ではなく、輝く光の奔流だった。

 そのまぶしさに思わず瞼を閉じる。そして、瞼越しに見える光が収まった頃に目を開け、周囲を見渡すと、色とりどりの花が咲いた花畑と、以前と同じように佇んでいる社があった。

 なにが起こったのだろう。もしかしたら、アザトース様も目を覚まして今まで通りの生活が出来るかもしれない。そう思って目の前の花を掻き分けると、どこにもアザトース様の姿は無かった。

 僕が狼狽えていると、社の中から従属神がやって来た。長く白い髪を背中に流している彼が、僕にこう言った。

「ハスター様、我等が創世の神。

どうぞ社の中へとお入り下さい」

 僕が創世の神? 一体どういうことだろう。思わず戸惑ったけれども、もしかしたらアザトース様は社に戻ったのかもしれないと、僕も社に入ることにした。

 社に入り、中を隅々まで見て歩く。どこにもアザトース様はいなかった。

 慌てて鏡を使って人間達を見ると、そこには僕には見覚えのない世界が広がっていた。 僕は従属神に訊ねる。

「アザトース様はどこへ?」

 すると、彼は首を傾げてこう言った。

「アザトースというのは誰のことでしょう」

 それを聞いて、僕は気づいた。いま僕がいるこの世界は、創世の神であったアザトース様がいた世界ではなく、アザトース様がいなくなったあとの、あたらしい世界なのだと。

 僕が創世の神だとして、一体どうしたらいいのだろう。そう思いながら鏡を覗き込んでいると、アザトース様にそっくりな人間を見つけた。僕は従属神に訊ねる。

「この人間を連れてくることはできるか?」

 彼は頭を下げてから答える。

「技術的には可能です」

 人間をここに連れてくることができるのであれば、僕はアザトース様の代わりを人間の中から探し出して連れてこよう。

 そして、それをアザトース様として崇めるのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

透輝石の神は菜の花に眠る 藤和 @towa49666

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ