第6話 黒色、パズル
「頭おかしいんじゃねーの?」
「んー?」
「いやだから、お前の頭が」
俺は目の前にある茶色のふわふわした髪をガシガシと撫でる。細い首が俺の手の動きに連れて揺れ、頭がグラグラと左右に振れる。笑い声がした。
「止めろよ、せっかく集中してんのに……」
「って言ってもなぁ」
白い部屋だった。誇張でもイメージでもない、本当に真っ白な部屋だ。壁や床、俺が寝転んでいるソファや数少ないインテリアに至るまですべてが白、白、白。住んでいる男は俺の……まあ、いわゆる恋人で、芸術の分野で何やらやっているらしい。天井の高い位置に取り付けてある細い窓から入る陽光が、白い空間に僅かな陰影を生む。それがやつのインスピレーションになる。
やつが着ているのも白いシャツにゆるっとした白いハレムパンツだ。俺の目の前に座り、床にパズルのピースを広げて先程からピクリとも動かない。
「……作り始めてどれくらいだっけ?」
「3……ヶ月?」
首が頼りなく揺れる。
すべてのピースが黒いパズル。
額装は畳一畳分にも及ぶ。薄墨を流したような箇所もあれば漆黒としか良いようのないような光沢のある黒まで、全体の完成図をサンプルで見れば黒い海としか形容の仕方がないパズル。海外の通販サイトで見つけたそれを、やつは嬉々として購入し今に至る。
真っ白な部屋の中央に散らばった、黒いピースたち。
青いサマーニットにチノパン姿の俺と同じ、この部屋では異質な存在。
パズルは右上端や左下端がほんの僅かにつながっているだけだ。
「そんなパズルさ、できっこねーだろ。いつ完成するんだよ」
「さあ……けど、楽しいよ。夏樹もやってみたら?」
「遠慮する」
ちらりとこちらを見て笑う口元。俺はもう一度手を伸ばしてやつの頭をくしゃりと撫でてから手を離した。そして、天井で大きく回るファンをただ眺めて目を閉じる。
以前の俺なら仕事の休みの日は朝から仕事か次の仕事の準備か、はたまた外に出て友人知人とバーベキューや飲み会を開いていた。冬はスノボに別荘だ。時間は使ってなんぼ、隙間時間なんてもったいない。無理に時間を作ってでも人と会い、何かをしていた。
それが、こいつに会って変わった。
何もしない。
いや、している。
恋人と会い、同じ空間で空気を吸って、恋人の趣味に付き合って横で寝ている。
ときには外でのんびりと川を眺めたり、海に行って夕日がただ沈むのを眺めたりもした。
何もしていないことをしている。
最初はその「なにもしない」に戸惑った俺だが、今はそれでも良いんじゃないかと思えている。……憎まれ口は叩くもの、別にやつと過ごすこの時間は嫌いじゃない。
今は黒いパズルだ。
昔の俺なら、こんなことに何ヶ月も付き合っちゃいない。
俺は変わった。……変えられてしまった。
「よいしょっと」
目を開けてソファから立ち上がり、俺はやつの隣に座る。
「手伝うわ」
「……ありがとう」
意外そうに俺を見上げてから、やつはほんのり目を細めて微笑む。首を伸ばして俺の口端に、押し付けるだけのキスをしてくる。
「……1ピースだけでも見つけようや」
「うん」
白い部屋で黒の散り散りのピースを見広げて、俺はその一つに指を伸ばした。
お題箱 河野章 @konoakira
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