第2話 密室、苦痛

 密室は苦手だ。息が詰まって、めまいがする。

 エレベーターなんてのは最悪で、押し込められた人々の圧と壁の四辺が襲ってくるかのようなイメージが俺を痛めつける。いやイメージじゃない。事実俺は檻に閉じ込められて飼われていたことがある。……あれを飼うというならばだが。

 今から一ヶ月ほど前。その日、俺はしたたかに酔っていて、馴染みの店で声をかけられた誰かと一緒に初めての店へと足を踏み入れた。最初の一杯がいやに強かったのを覚えている。記憶はそこまでだ。

 気づいたら、鉄製の檻の中に膝を抱える姿勢で後ろ手に縛られ閉じ込められていた。

 檻は狭く腕を伸ばすことも足を伸ばすことさえ出来ない。わずかに動かせる頭を巡らせると打ちっぱなしのコンクリートの壁と白いタイルの床が見えた。

 俺は素っ裸だった。意味が分からなくて恐怖でパニックになった俺だが、泣き叫ぼうにも口枷が嵌められて唸り声しか出せなかった。

 しばらくすると部屋に若い男が入ってきた。そっと俺の背後に周り口枷を外す。

 男は全身黒ずくめで、見たことのない顔だった。俺の前にしゃがみこんで俺の目を見た。その意外にも澄んだ目と妙に整った顔が印象的だったのを覚えている。男は、俺に日に二度の食事とその際の一時間ずつの休憩を与えると言った。その状態で五日間。その檻に閉じ込められ続けさえすれば、何もせずに家に帰すと。

 信じられるわけはなかったが、怒鳴っても泣いて縋っても男は黙って俺を見下ろすばかりだった。俺はとうとう観念した。

「……ト、トイレ……は、……」

「垂れ流しでいい」

「……そんな、……」

「それ用に排水施設が整った部屋だ。終わったらその都度、水で流してやる」 

「……休憩が終わっても、俺が檻に、入らなかったら……?」

「ここで野垂れ死にたいか?」

 そんなやり取りが交わされて、また口枷をされた。そして俺は五日間、そこに閉じ込められることになった。

 後ろ手に縛られて檻の中で身を丸くする。そんな姿勢じゃ檻の中で寝ることさえ難しい。骨は軋み筋は張った。けれど、その窮屈な姿勢で待てば一二時間毎に必ず休息が与えられる。

 時間になると男が部屋に入ってきて、扉が閉まると同時に電子錠がかかる音がする。食べる間に腕の鎖は外してもらえないから、目の前に置かれた皿に犬食い状態でがっつく。

 こんな異常な状態でも人間腹は減るし、屈辱的な排泄も……した。食べ終わると腕の鎖が解かれて自由になれる。一度は隙きを見て男を襲おうとしたが、警棒のようなもので殴り倒されて以来、反抗は止めた。休憩時間は体を伸ばしたり、壁にすがってウトウトとしたり。

 そうやって五日間を過ごした。

 五日目の飯に睡眠剤でも入っていたのだろう。気づけば俺は、最初の日と同じ姿のままで自宅マンションのエントランス前に転がされていた。会社では行方不明ということで、叱られたというよりは心配をされた。地元の親に連絡が行く一歩手前だった。

 あれから俺は密室が……狭い場所が恐ろしい。

 けれど──。

 鎖の擦れた痕が残る手首を擦りながら俺は部屋に入る。

 あの日から俺の部屋にはあの男が待っていて、リビングの中央にはあの檻がある。

「さあ、入って」

 言われるまま、俺はスーツを脱ぎ捨てて裸になり、窮屈で苦痛ばかりの檻の中へと入る。

「今日はどこまで我慢できるかな」

 檻越しに男に優しく髪を撫でられて、後手で縛られるのを待つ。

 どうしてこうなってしまったのかはわからない。

 ただ、こうすることでしかあの五日間の苦痛は取り除かれないのだった。

 男の言動はあくまで優しい。しかも一晩を、いや数時間をこの檻で過ごすだけで翌日には頭を犬のように撫でられて褒められる。それに俺は喜びを感じていた。

「おかしい……よな?」

「いや、自然なことさ」

 髪を撫でる男に聞いても当然のような言葉が返ってくるだけ。それなら俺も、これで良いと思うことにして、しょうがないので口枷のため口を開けると目を閉じた。

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