第34話 お疲れ様
それから数日後の夜。
詰所二階の机は全て片側に寄せられ、空いたスペースに大きな円卓が運び込まれていた。その円卓には真っ白いテーブルクロスがかけられ、料理が並べられていた。皿の間には、酒のビンやグラスが置いてある。
暖炉にも火が入れられ、部屋はぽかぽかと暖かい。
この事件にかかわった、十七番地区と十六番地区のストレングス部隊達が、さほど広くもない詰所に集まっていた。もっとも、通常の業務もあるので、集まれる者だけだったが。
普段と違う雰囲気を感じたのか、プーが興奮してうろうろ走り回っている。
「うわー! すごい!」
テーブルクロスがほとんど見えないほどいっぱいに並べられた料理に、サイラスが声を上げる。
「一体どうしたんです? 普段は事件が解決しても、特にお祝いなんてしないのに」
「『勇ましき使者』亭からのプレゼントだよ。サガナのおばちゃんからの差し入れだ」
アシェルはその差し入れになぐさめられた気分だった。
今回の事件の捜査は、完璧にはほど遠かった。ジェロイの殺害は防げなかったし、パーティーの襲撃も防げずケガ人を出してしまった。
それでもこれだけ凝った差し入れをくれるくらい、この隊を慕ってくれる人はいる、ということだ。
「まあ、今回は大変でしたから、これぐらいのご褒美があってもいいですわよね」
ワインが入ったグラスを手に、ファーラは微笑んだ。
サイラスがうきうきとメニューのチェックを始める。
「鶏(とり)の唐揚げに、鶏の香草焼きに、鶏のトマト煮に、鳥の……」
不穏な物を感じ取ったのか、進むにつれ少しずつ言葉の勢いがなくなっていく。
「あ、あの、何か、鶏ばっかりじゃありませんか?」
「ほら、サガナさんからの差し入れだって言ったろ? おばちゃん、ケブダー邸からオクシュが運び出されるのを見ていたらしくてなぁ」
「え、あ、はあ」
「このまま土に埋めるのはもったいない、美味しく食べられた方がまだ鳥も浮かばれるんじゃないかって」
「……」
「この国では珍しい鳥だからな。ハーミットやハイプリエスティスが資料として欲しがったんだけど、さすがにハクセイ用は一、二羽で十分とのことで。だいぶ余ったんで、それで」
「え、じゃあこの肉って……」
サイラスがごくっとツバを飲み込んだのは、おいしそうな料理を前にしたから、というわけではないようだ。
「大丈夫だよ! 念のためにザナに聞いたら食べられるってさ。それに見ての通り、料理に胃袋は含まれてないから、削られた俺の肉を食べる羽目にはならない」
「やめて! そういうこと言うのやめて! 逆に食べづらくなりますって!」
「何を言ってるんだいサイラス君」
素顔のミドウィンが生徒に講義をするような口調で言った。
「人間だろうが鳥だろうが、一皮むけばどれもたんぱく質さ」
「……ミドウィンさんって、無人島に遭難かなんかしたら、ためらいなく弱った同行者を食べそうですよね」
「ははん、このミドウィンをなめてもらっちゃ困るね。そんなことしなくても食べられる木の実やキノコくらいは見抜けるし、魚を釣ることくらいできるさ」
そういう知識があっても、無人島の場所とか季節によっちゃキツいんじゃないか、とアシェルは思ったけれど、なんだかややこしくなりそうだから黙っておく。
教会の鐘が、風に乗って聞こえてきた。
「それじゃあ、アシェル」
ファーラに促され、アシェルはみんなの前に進み出た。
ざわざわとした話し声が静まっていく。
「新しいケラス・オルニスとケブダーの確保、およびオクシュのせん滅、ご苦労様だった。それから、十六番地区ストレングス部隊の協力に感謝する」
ちらっとアシュルが視線を向けると、バドラは軽く手を振った。
「フレアリングから卵を密輸した者の捜査は、都のストレングス部隊が行うことになった。おいおい捕まるだろう。それに、都のストレングス二名も無事に都に……」
「アシェル隊長! 話が長いぞ!」と誰かが茶化した。
「ええ? そんなに長くしゃべってないだろ? まあ、確かにおあずけは辛い。じゃあ、みんなご苦労様! 乾杯!」
「乾杯!」
みんなが酒の入ったグラスを掲げた。
肉の正体を知ってか知らずか、皆思い思いの皿をとっていく。
「あ、結構おいしいですわ、これ」
ファーラが、サラダに乗った肉をつつきながら言った。
「え、本当ですか」
恐る恐る、サイラスは唐揚げを口に運んだ。
「あ! 本当だ、おいしいですねこれ」
「ぷ! ぷ~!」
プーが料理を欲しがって、床でぴょんぴょん飛び跳ねた。
「はいはい。プーもがんばったもんね」
サイラスはプーの餌皿に、塩分が少なそうなものを載せてやる。
「あれだけ成長が早くてこんなにおいしいなら、養殖したらかなり儲かりそうですわね」
「世話する奴の死亡率がえらいことになりそうだな。スキを見せたらこっちが喰われるぞ。そうだ、ザナさんにおすそ分けで持って行くかな。世話になったし」
「そうしたら?」
そう言ったあと、ファーラは何やら少し想いをめぐらせていた。
次に口を開いたとき、その口調には真摯(しんし)な物があった。
「これで少しはラクストが浮かばれると良いのだけど。薄暗い倉庫で、一人戦っていた錬金術師の卵が」
「遺された彼の恋人にも、幸あらんことを」
アシェルとファーラは改めてグラスを掲げた。
こちらアスター街ストレングス部隊~錬金術師殺人事件~ 三塚章 @mituduka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます