第33話 それぞれの夜~フェリカ~
確かに詰所には一晩中誰かがいることになっているが、深夜になっても全ての部屋に灯りがともされ、これほど頻繁(ひんぱん)に隊員たちが出入りすることは滅多にない。
逮捕したケラス・オルニスたちの身元確認、それにオクシュの処理等々。普段なら深夜はほとんど残っていない一階組も、残れる者総出で忙しく動き回っている。
ケブダー邸で後処理をするストレングス部隊の指揮はバドラにまかせ、ファーラは一階で部下達に指示を出していた。この状態で二階にいては、指示を出すのも受けるのも大変すぎる。
「ケラス・オルニスと、客の名前を確認して、それを書類にまとめて。それから――」
「ファーラさん」
声をかけてきたリエソンは、かなり疲れたような顔をしていた。今夜はどう考えてもオーバーワークだ。そんな顔になるのも当然だろう。
「はい、なんでしょう」
「表にフェリカさんが来ています」
ほんの一拍、ファーラの鼓動が強く打った。
捜査の結果を報告しなければ。全てはフェリカの恋人、ラクストが殺されたことから始まったのだから。
「通して」
ファーラの姿を見ると、フェリカは慌てた様子で駆け寄ってくる。
「ケブダーさんの家で何か騒ぎがあったって。レリーザは無事なんですか? 館にいるストレングス部隊の人に聞いても、何も教えてくれなくて」
「事態が完全に収拾するまでは、何も言いふらさないように命じているから。皆、きちんと命令を守って仕事しているわね」
一階では静かに話ができないだろう。ファーラは二階にフェリカを案内した。
アシェルもサイラスも、出払っていて詰所にいない。大役を果たしたプーは、疲れ果てて床のすみで眠っている。
暖炉に火は入れておらず、暖かな一階から来ると二階は涼しく思えた。
ファーラは、フェリカにイスを勧めた。
「それで、ケブダーさんの所で何があったんですか? レリーザは?」
「本当は、明日の朝に説明にうかがおうと思ったんですが……」
ファーラは大きくため息をついた。
ラクストが殺害された時といい、今回といい、なんの因果か悪いニュースを目の前のかわいらしい女性に伝える役回りになってしまった。
「レリーザは捕まったわ」
「捕まった? なんで? え?」
かわいそうなくらいフェリカは混乱してしまった。無理もない。
「長くなるけど………」
ファーラは今までのことをかいつまんで話した
レリーザがケラス・オルニスと組んで、オクシュの卵を使いケブダー邸を襲おうとしたことを。
「し、信じられない。彼女がそんなことを……」
レリーザの薄い唇が震えた。涙が目にたまり、こぼれ落ちていく。
「ラクストさんが殺された理由がようやくわかりました」
ファーラは、静かに語り始めた。
「あの夜、ディウィンの倉庫に来たラクストさんは、口げんかをして立ち去るあなたを見送った後、たまたまそこにあった卵が鶏の物ではなく、オクシュの物だと気づいたんですわ」
オクシュの卵は鶏そっくりだった。だからレリーザたちは普通の食材と一緒に保管していてもバレないと思ったのだろう。
確かに鶏の卵と混ぜて倉庫に置いてあっても、普通なら気づかないに違いない。げんにディウィンは気付かなかった。
だが、ラクストは違った。生き物を研究する錬金術だったから。
「あんな危険な生き物、放っておいたら危ないと思ったんでしょうね。被害が出ないように割ったんですわ」
ここ数日で導き出した過去の出来事を、頭の中で再現してみる。
薄暗い倉庫の中で、ラクストとフェリカが口論をし、フェリカが出ていった後。
ラクストはそばに置いてあった卵がオクシュの物であることに気付く。そして、危険なその卵を床に叩きつけ割り始める。
その音を倉庫にやってきたレリーザが――おそらく卵の様子を確認するためにやってきたのだろう――聞きつけ、戸の隙間から中をうかがう。
ちなみに、ジェロイはそのとき外にいて、去っていくフェリカと、やってくるレリーザを見ていたのだ。
せっかく手間をかけて運び込んだ大事な生物兵器が割られているのだから、レリーザは驚いたに違いない。
彼女はゆっくりと倉庫に歩み入る。その細い手が、近くにあったビンをつかむ。足音を殺し、ラクストの背後に立つ。
だが、ラクストは卵を割ることに夢中で気づいていない。
レリーザは、ラクストの頭にビンを振り下ろす。
その時、レリーザはどんな顔をしていたのだろう? 自分が殺したのが、友人の恋人だと知った時は? それとも、知っていて殺したのか? 今のファーラにはそこまで分からない。
ラクストは床に崩れ落ちた。
レリーザは、落ちた卵の殻や飛び散った中身をかき集め、ゴミ箱がわりの缶に投げ入れた。そして、卵に注目されないように、他の食材も適当に追加する。
最後に、アルコール度の高い酒をかけ、火を放った。
「あんなに怖がりだったのに、薄暗い倉庫で、化け物の卵を処分していたのね」
レリーザは、うつむいて涙をハンカチで拭いた。
確かに、手配したレリーザならともかく、ラクストには卵がいつごろ生まれるかは分からなかっただろう。
卵を割る作業中、ヒナがかえって餌食になる可能性も頭をよぎったに違いない。それでも、レリーザに殺される瞬間まで、その場に留まり危険な卵の処分を続けたのだ。
「犬もお化けも、大嫌いだったのにね」
レリーザは呟いた。
「あなたの恋人は勇敢でしたわ」
「ええ」
レリーザは何度もうなずいた。
階下の一階組たちが、業務連絡を取り合う声が遠く聞こえた。
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