美人デビュー。
柊さんかく
美人=幸せ?
コンプレックスって誰しもが持っているものでしょ。
童顔だったり、身長が高かったり、ハスキー声だったり。もちろん、その人にとっては重大なことなのかもしれないけれど、きっと私のコンプレックスはみんなのそれとは全然違う。
私のコンプレックスは顔。「女は顔がすべて」なんて言葉もあるが、その通りだと思う。きっと大昔男性が作ったであろうこの言葉にこんなに共感する女性がいるのだろうか。
「せっかくの華金なんだから、飲みに行こうよ!」
「えー、でも奢ってくれる男子いるのかなぁ。」
「ミカがいれば、すぐに寄り付いてくるって。ね!」
今日は華金。私にとっては全く関係のないイベントである。
どこにでもありそうな小さなオフィスの中で聞こえてくる同僚たちの会話。昨日までは死んだような顔で残業をしていた彼女たちは、毎週金曜日の終業間際になると表情は一転。順番にトイレに向かいメイクを整えながら終業時間を待つ。
どうやら今日もナンパ待ちのため飲みに繰り出すようだ。
この会社に新卒で入社して3年が経とうとしている。今では私たちの世代は、25歳前後。世の中的には、女性として需要の高い年代なのだろうが、これも私には無縁の話。
私のコンプレックスは顔である。いわゆるブスなのだ。
私が自分自身をブスと認識したのは、小学校の時だった。ある日学校に行くと、机に「ブス」と書かれた紙が貼られていた。
最初は状況がよく理解できなかったけれど、泣きながらお母さんにそのことを言うと、慰めの言葉の前に一瞬哀れむような顔を見せたのだ。
あの表情を忘れない。きっと母も気づいていたんだ。娘が恐ろしいほどブスであることに。そして、その日から私のブスとしての人生が始まったのだ。
華金。さっきの同僚たちは、すでにタイムカードを切ってオフィスを後にしている。オフィスに残っている人間たちもお互いに飲みに行こうと誘い合っている様子だ。
もちろん、私に誘いが来ることもないし、間も無く直で家に帰るつもりでいる。
いや、実はどこか期待しているのかもしれない。以前、一度だけ飲みに誘われたことがあったのだ。男だけで飲むことが嫌だったのか、一応女性である私を誘ってくれたのだ。
その時に、別段何があったわけでも特別楽しかったわけでもなかった。けれど、「誘われた」という出来事が私にちょっとした光を与えてくれたのだ。
その出来事以降、「もしかしたら」という言葉が頭の中にちらつく。しかし、それ以降その光が輝くこともなかった。
今日も結果は一緒だった。惨めな思いをしながら帰りの電車に乗って帰る。期待している自分が嫌になる。
世の中には2種類のブスが存在している。陽キャのブスと陰キャのブスである。
前者は、自分がブスと認識した瞬間から生き方を大幅に変更して社会に溶け込もうと必死になる。持っているプライドは全て捨て、どうしたらみんなを楽しませられるのかと考える。つまりある種のエンターテイナーになることができた存在だ。
一方で後者は、プライドを捨てることもできず社会に馴染むことができない存在だ。私は残念ながら後者だった。
前者の人たちは本当に尊敬する。そもそも、見た目で引けを取る存在が人並みにコミュニケーションを取れるはずがないのだ。その人自身のスキルも考え方もすごいわけだが、陽キャブスを作り出す周りのサポートも素晴らしいものがあったはずだ。
私が恵まれていないということを言いたいわけではないのだが、ブスの中でも勝ち組のブスとそうでないブスがいる。そして私は後者ということは知っておいてほしい。
なぜ負け組なのか。それは、圧倒的に不利な闘いをしないといけないからだ。社会は「不平等」だ。特に就職活動では痛感させられた。私には勉強しかないと思い必死に良い大学を卒業したが、結局、面接は顔で落とされることも多かった。今の会社でも仕事は私の方ができるのに、可愛いというだけで出世していく同期も多い。
そんな私に「思い込みが強いんじゃない?」と言ってくれる友達もいる。そんな綺麗事は逆に惨めな思いを与えていることを自覚しているのだろうか。いっそうのこと、「顔がひどいんだからもっと頑張らないと」と言ってくれた方が楽なのに。
私にとっては、社会の全員が敵に見えてきてしまう。顔が悪いと性格も悪くなってしまうのだと痛感することも増えてきた。
家に帰っても別段やることもない。早々にシャワーを浴びてベッドでスマホをいじってみる。
時計を見ても、20時を回ったところである。世の中の25歳はみんな外で楽しく飲んでいるんだろうな。そう考えると毎回悲しくなる。
そんなことを思った時、スクロールしていた指が止まる。
「美人マスク」と書かれた広告に目がついた。
こんなしょうもない広告が出てくることは日常茶飯事だった。きっと私の検索に応じて、私という人間は美に興味があると思われているのだろう。興味がないと言えば嘘になるが、もうそうしたアイテムを漁る日々は数年前に捨てている。
だけど、この記事には何かを感じさせるものがあった。
タップするだけならタダと思って、広告のサイトを軽く読んでいたが、最終的には購入ボタンをポチっていた。
月曜日になるとこの世界には憂鬱な空気が溢れている。満員電車を見渡してみると、全員が負のオーラを抱えている。
しかし、そんななか私だけは輝いていた。30分程度の通勤時間であったが、周りの男性からの強い視線を感じていた。
そう、あの日購入した「美人マスク」の効果を早速実感しているのだ。
このマスクを装着すると美人になったのだ。もはや自分でも本当に自分か分からないくらいだったのだ。
出社すると、もちろん誰も私が私であることを理解してくれず説明するのに時間がかかった。それから私の美人デビューから数日が経過して、ようやくオフィス内も私に慣れてくれたようで、日常の風景に戻った。
そして最初の華金で驚くことが起きたのだ。
これまで一切誘われたことのなかった、華金の合コンに誘われたのだ。
「人数合わせだと思って今日の合コン来てくれないかな!広告代理店のいいメンツを揃えられたから勝負なんだ!お願い。」
扱い方が一気に変わったことに怒りもあったが、それ以上に「嬉しい」という感情が勝った。私は、即答でOKを出した。
美人になるとこんなにも世界が変わるんだ。
日常生活でもずっと感じていたが、この合コンでもそれを感じさせられた。陰キャということもあり、ほとんど喋ることはできなかったが、男性陣が勝手に質問をして勝手に盛り上がってくれる。本当に顔だけでうまくいくものなんだな。なんだかこの世界のルールに触れたような気がした。
結局、5人いた男性の中で一番のイケメンと2人で抜け出すことに成功した。
それからは絵に描いたようなシンデレラストーリーが待っていた。
全てが順調。イケメンの彼氏がいるし、仕事もトントン拍子。私は幸せだった。
そして今日は、彼と付き合って3年の記念日だ。彼が素敵なディナーに誘ってくれた。私はプレゼントとして時計をプレゼントした。彼が金属アレルギーということで木製のちょっと変わった腕時計にした。喜んでくれるかドキドキだったが、彼の名前のイニシャルも彫ってもらった特注品だ。きっと喜んでくれるはずだ。
同時に美人の私でも緊張することがあるんだなとたまに冷静になった。
楽しいディナーも間も無く終わりそうな雰囲気となり、ここぞというタイミングで私は緊張しながらプレゼントを彼に渡した。
彼は思いがけないプレゼントに全力で喜んでくれた。彼の嬉しそうな顔を見て、ホッとした私に対して、彼も小さな箱を渡してくれた。
そこには指輪が入っていた。そうプロポーズだった。
嬉しさとともにこれまでの人生が走馬灯のように頭に浮かんだ。数年前なんて結婚すらできないと思っていたのに、こんなイケメンと結婚ができるなんて。
そう考えると、自然と涙が流れてきた。私はその涙を拭ってプロポーズを快諾したのだ。
それから数日が経過しても私は幸せムード全開だったのだろう。二人で暮らすことを決めたため、今はこれまで住んできた部屋の掃除をしている最中だ。
と言っても私は過去を全て捨てた人間。ブスだった頃の物は以前に全て処分している。だから、荷造りがメインの仕事内容だった。
荷物をまとめていると、1枚の写真がこぼれ落ちたのに気がついた。
それは、学生時代に撮った家族写真だった。
実を言うと私は家族には絶交されている。結婚を報告しに数年ぶりに帰省した。もちろん、私の変わった姿を見せるのも初めて。ところが、喜んでくれると思っていたのに、私を娘とは認めてくれず結局は絶交となってしまったのだ。
最初は悲しかったがいつの間にか慣れてしまった。と思い込んでいたのだが、今ブス時代の写真を見るとなぜか涙が流れてきた。
私は色々なものを捨ててこの生活を手に入れたのだ。いや、それは覚悟していたことだった。それに加えてこれからの人生に急に自信がなくなってしまったのだ。人生が変わってから今日のこの日まで幸せではあったが、辛い日々でもあったのだ。
「美人」は全てが完璧でなくてはいけない。洋服だって全て買い換えておしゃれになった。食事だって雑多な居酒屋には行けない。彼に見合うようにメイクの勉強や体型維持、上品な喋り方の練習。仕事だって美人は完璧に遂行しないといけない。と挙げ出したらキリがないほど努力に塗れた数年間だったのだ。
これから死ぬまでこの人生が続くの・・・?
美人は大変だ。自分が美人になってやっと気づけたのだが、世の中の美人はこんなにも苦労をしているのか。
そのあと、彼に電話をしてプロポーズを断ったのと、数年ぶりにマスクを外してゴミ箱に投げ捨てた。
私はブスに戻った。けれど後悔はしていない。美人になることで私の全ては変わった。しかし、「私自身」も全てが変わってしまって、私が私じゃなくなってしまったようだった。
今は昔のように誰からも相手をされない日々に戻ったけれど、これが「私らしさ」なんだと思えるようになった。
誰からも誘われないいつもの華金。一人でバーで飲んでいた。
もともとバーは大好きだった。少し暗めの雰囲気が私の顔を隠してくれる。ここだけは私を認めてくれているような気がしたのだ。
何も喋らず何もせず、ただ華金を楽しむために飲み続けた。
すると、スーツ姿の男性が近づいてきて声をかけてくれた。どうやら一緒に飲みたいようだ。
私に声をかけるなんてどんな男性なんだろう。と思って彼の顔を見た。彼はびっくりするほどのブスだった。
あぁ、きっと私と同じような底辺の生活をしているんだろうな。ブスのせいで。
同じようなブス同士なら私らしく楽しめるかもしれない。
このバーでの初めての誘いを快諾した。
彼は喜んで隣に座ると、同じおしゃれなカクテルを注文後、一緒に乾杯した。乾杯した彼の腕には珍しい木製の時計がつけられていた。
私はクスッと笑って、カクテルを一気に飲み干した。
美人デビュー。 柊さんかく @machinonaka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます