第3話 少女は侵略者
目が覚めると俺は知らない場所にいた。
なんてことはなく、そこは自分の部屋だった。広さは畳六畳で角には学習机。壁の一面には漫画やラノベがびっしりと並べられた本棚が連なっている。
大したものも何もない、ごく普通の部屋だ。
障子をすり抜けて部屋に差し込む日差しに目を細め、俺はゆっくりと布団から起き上がる。そしてもう一度周りを見回し、居場所の確認。だがやはり変化はなく、そこは見慣れた自分の部屋だった。
その安心感と目覚めた時から張り付いていた緊張が解けたせいで、魂も一緒に抜け出てしまいそうな大きなため息が口から零れる。
「……それにしてもやけにリアルな夢だったな」
一体どこからどこまでが本当だったのかさえ分からない。夢だというのにまだ鮮明に覚えており、記憶の中から抜け落ちてくれない。まるで俺の頭の中に留まり続けようとしているみたいだ。
だが結局はあくまで夢なので考え過ぎても仕方ないのだろう。
そう割り切り、俺はリビングへと足を動かした。
俺の家は木造の平屋建てで、だいだいこの
母子家庭で母親しかおらず、その母もここ数年は仕事の都合で都会の方に暮らしているため滅多に帰って来ない。つまるところほぼ一人暮らしのようなものだ。幼い頃は皐月ちゃんに度々面倒を見てもらう事もあったが、成長した今ではそれもほとんどなくなった。自然にという訳ではなく、俺の方から断りを入れたからである。
そういう訳で現在この家に住んでいるのは俺一人しかいない。
「……そう言えばまだカップ麺って残ってたっけ?」
今日の朝食はどうしようかと考えながら廊下を渡り、そしてリビングへの扉を開ける。
だがそれから三歩ほど進んだところで俺の足は止まった。
なぜかって? それは簡単な話だ。だって――
「…………」
冷蔵庫の前で見知らぬ少女が盗み食いを働いていたのだから。
唖然だった。呆気にとられるとはまさにこういう状況を指すのだろう。
頭の中は真っ白。口から何も言葉が出ず、能が一時的に機能を停止する。
そうしてそのまま一分ほどが経過したところで俺はようやく我に返った。
「っておい、お前人の家で何してんだ⁉」
座り込んで何かを食べているその後ろ姿に俺は大声を上げる。
その声でようやく気付いたのか少女は立ち上がり、顔をこちらへと向けた。
端正な顔立ちに、透き通るような青い瞳。背中まで伸びるストーレートのブロンドヘアーが首の動きにつられてふわりとなびく。
外見からするに中学生くらいだろうか。そんな可愛らしい姿に一瞬胸が少しドキッとしてしまうが、その感情は彼女の格好を見た途端霧散するかのように消え去った。
まるでどこか自分とは違う世界の住人かと思わせるような服装。和服とも軍服ともつかぬ軽装に白いケープを羽織っており、へそや太ももなどところどころ露出していてそこから白い肌が覗いている。
……コスプレ?
彼女に漂う明らかな場違い感。これで銃の一つや二つ握らせでもしたらかなりの絵となること間違いなしだ。
……ってそんなことどうでもよくて。
今重要なのはなぜ俺の家に勝手に少女が上がり込んでいるかだ。その訳を聞き出そうと俺は少女に優しく問いかける。
しかしそこで俺の視線は少女の後ろ――開けっ放しのままの冷凍庫へと釘付けになった。
「おい、まさか……⁉」
嫌な予感がする。
少女を押しのけ俺は冷凍庫の中を覗いた。だが案の定中は空っぽで、あったのは幾つものアイスの袋と棒だけだった。俺がもしもの時の為に貯めておいた多種多様のアイスたち。数で言えば三十本はくだらかったはずだ。
「ここにあったアイス、全部食ったのか⁉」
「ああ、全部食べたよ」
「結構な数あっただろ⁉」
「ああ、結構な数食べたよ」
「やってくれたな……」
「どういたしまして」
「べつに褒めてねーよ!」
ぺこりと頭を下げる少女。
俺が大事に取って置いたアイスの数々が一夜にして失われ、いや、略奪された。
こんなどこの誰かも分からないたった一人の少女によって。
「……というかそれ以前にお前は一体誰なんだよ⁉」
そんな俺の問いに対し、少女は仁王立ちで胸を張りながらこう答えるのだった。
「ボクの名はソア。この地を侵略しにやって来た侵略者だ!」
「…………侵略者?」
それはこんなあどけない少女には似ても似つかない随分と物騒な言葉だった。
そうして俺はしばらくの間、その少女——ソアの話に耳を傾けた。
侵略はすでに始まっている 鷹無雪 @takasetu
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