5.
ご身分よろしく黒塗りの高級車から降り立った中也は、この雨では暑そうにしか感じない黒い帽子のツバを上げて彼女と、それから私を確認し、ものすごーく顰めた面をしてみせた。
今や大粒になった雨がこれでもかと私や彼女を打ち、中也が持つ臙脂の傘だけが雨に濡れることに抗い雫を跳ね飛ばしている。
「何してやがる。太宰」
「さて? なんだろうね」
これはおどけたわけではなく素直に出てきた言葉だ。
本当、何してるんだろうね、私は。
全身ずぶ濡れで、会いたくない顔には遭遇するし、ホント、散々な日だ。
それきり無言の中也と私の間で視線がぶつかる。
が、私らに構わずフラッとした動きで公園を出て行こうとする彼女に中也が先に視線を外した。一つ舌打ちして濡れそぼった病院着の腕を掴む。
「帰るぞ」
苦々しい顔と声は中也に似合わない思慮深さを感じさせた。
何かしらの事情があって彼女の面倒をポートマフィアが診ている。幹部直々に回収に来るくらいには彼女は気にかけられている。
その彼女はといえば、ぼやっとした顔で中也のことを見返すだけ。イエスともノーとも言わない。
濡れ鼠の彼女に自分のコートを被せた中也が顎をしゃくると、高級車から出てきたスーツ姿の男たちが彼女のことを車内に押し込み始める。そこだけ見ると誘拐現場か、みたいなシーンだ。「あじさい……」名残惜しそうに公園の植え込みを指す彼女に中也がまた苦い顔をする。
「紫陽花なら部屋に用意してる。勝手に外に出るな」
「あじさい」
「だから……」
中也が苦い顔のままポケットの携帯を取り出して画面を見せると、車内でもぞもぞしていた彼女が大人しくなる。
はぁ、と溜息を吐いた中也が傘を閉じて車に乗り込み……そこでまた私と目を合わせると、なんだか偉そうにこう言うのだ。「傘はくれてやる」臙脂色の傘がぽいっと放られ、ドアが閉まり、車は走り去って行った。
強い雨が生む靄の向こうに車の姿が消えていく。
(訊けなかったな)
そんなことを思いながら放られた傘を広げて、もう全身ずぶ濡れなんだから意味がないだろう、と中也の阿呆に毒づくのだった。
紫陽花パビナール アリス・アザレア @aliceazalea
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます