子供の頃の潔癖さでは認めたられなかった母の行為を見つめ直し、その生き方を大人になって肯定出来るようになった。そんな主人公の心の過程が理解出来る作品です。手紙という形式で、人間関係を見事に描いており、それでいて、母と娘の和解までもがさり気なく表現されています。
その一文から始まる手紙の差出人は、とある女の娘だった。文学の世界の住人のような語り口の差出人。彼女が語るのは、母親のこと、十歳のころのこと、父親のこと。恨みや憎しみは、いつかは消えるだろうか。見えなかったものが見えて、正体がわかるだけかもしれない。さみしいような、かなしいような、やさしいような終わり方に、「すべてさびしさと悲傷とを焚いて、人は透明な軌道をすすむ」この一文を、何となく思い出しました。
読んでいる最中に様々に想定していたどの結末とも違っていました。誰も知ることの無い悲劇や、語られることの無い想い、そういった口の端に上ることなく消えていく物語を、想像力で掬い取って物語る、それが物書きの使命であると強く感じました。短編とは思えない読み応えでした。素晴らしい体験でした。
筆致企画に参加の作品。手紙形式の斬新な初夏色ブルーノート。淡々と書き綴る手紙。もちろん指定要素をきっちり抑えていて、無理にひねったりもせず、ストレートにコンパクトに仕上げてあるのですが。……深い。書いてある以上の奥行を感じさせる作品です。こいつはすごいですぞ!!
今回の筆致企画の中ではかなり異色のこの物語。その発想は、一見奇をてらっているように映るかもしれない。しかし、答えはそこにはない。何故、手紙なのか。何故、書かなければならなかったのか。最後まで読むことで、その答えは見つかるだろう。