第235話 おまけ 帰還者たち

 あの悪夢のような世界から還って来て、ようやく元の生活に慣れて来た。

 剣も魔法も、魔物も魔獣も居ない世界。

 ちょっと平和すぎる気はするけれど、安全に暮らせる世界。

 人類の共通の敵も居ないけれど、人同士で殺し合う事も少ない安全な国。

 まぁ、世界では殺し合いが続く国も、あったりはするけれど。


 あの世界で『ギフト』の代償となった記憶は戻りはしなかった。

 それでも実家には帰れたし、両親にも会えた。

 名前は思い出せなかったが、偶然にも『弘人ひろと』だった。

 向こうで名乗っていた『ヒロ』のまま、こっちでも仲間には、そう呼ばれている。

 僕らは偶に『もぐら』の仲間で逢っている。

 今日もその約束だったけど、みんな仕事や学校が抜けられないらしい。

 今日来れるのは美澄だけだ。

 二人だけなのは久しぶりだ。

 こちらに来て、山城さんにも再開できた。

 彼女も名前は思い出せなかったけれど、本当の名は『山野辺やまのべ 美澄みすみ』だった。


「ヒロ、おまたせ」

「……うん」

 待ち合わせの駅前で、通りのガードレールに寄りかかっていた。

 そこへ美澄が駅から出て来て、僕に声を掛ける。

 笑顔だった彼女の顔が曇り、首を傾げてぼくを見る。

 何も言えずに目を伏せるぼくを見ている。

 自分の姿を見なくても分かる。


 今、ぼくの耳は真っ赤になっている。

 火を噴きそうな程、顔が熱い。

 迷宮で魔物モンスターの群れに囲まれた時より鼓動が激しい。

「ちょっとぉ、どうしたのぉ? 遅くなって怒ったの?」

「い、いや……怒ってない。その……今日も、かわいいな……って」

 今日の淡い水色の薄いワンピースも、良く似あってて可愛い。

 ちょっとスマートに誉められなかったけど、素直な感想を伝えた。

「そ……そう……あ、ありがと」

 せっかく二人で逢えたのに、もじもじするだけな僕らって。


 けたたましい車のクラクションが鳴り響く。

(喧はあて字です。他にも魂消けたたましい等がありますが、お気になさらずに)

 僕らのすぐ横に黒塗りの車が停まった。

 如何にも……な感じの高級外車だ。

 そんなにならさなくてもいいじゃないか。

 そんなに邪魔になってもいないだろうに。

 でも、少し助かったかも知れないけれども。

「昼間っから青春だなぁ。えぇ? ヒロよぉ」

 なんと車の後部座席から出て来たのは健太さんだった。


「健太さん! こっちに帰ってたんですね!」

「け、健太さん……お、お久、です」

 二人きりの所を見られたのと、思いがけない再会とで必要以上に大きな声が出る。

 美澄もめったに見られない程、おどおどしている。

 健太さんは見た事ないくらいニコニコ……いや、ニヤニヤしている。

「いやぁ、いいなぁ若者だなぁ」

「いや、今日は皆の都合が悪かっただけで……」

 何故か言い訳が口から漏れる。

 別に悪い事をしている訳でもないのに。


「はっはっはっは。まぁ、いいさ。もぐらは皆、会えたのか?」

「あ、はい。全員会えました」

「そうかそうか。うちも全員生きてたよ。組の親父も生きてたしな」

「よかったですねぇ。他にも何人か会いましたよ。光の翼の人とか」

「ありがとよ。そうか翼といやぁ、サブのあいつ、聞いたか」

「あ、恵さんですか、ニュースで見ました。戻った初日に捕まったとか」

「六本木で全裸はないよな。でもな、出所してすぐに、また捕まったんだよ」

(再逮捕の経緯いきさつは、外伝を覗いてみてくださいませ)

 何故か、あの人だけ全裸で戻されたらしい。

「何かしたんですか? そんなに悪い人ではなさそうですが」

「あぁ、同じ罪だな。ギフトの所為か、脱がずにはいられなくなったみたいだな」

 また街中で脱いで捕まったらしい。

 戦争から還った兵士が、普通の暮らしに戻れないとか、あんな感じだろうか。


「大変そうですね……あっ、タリーさんもテレビで見ましたよ」

「あぁ、デザイナーだってな。相変わらずしてたな」

 タリーさんは、迷宮で服飾職人として衣服なんかを世話してくれていた。

 こっちに戻って、デザイナーとして成功したようだ。

 こっちに馴染んで、普通に暮らせる人も多くいるようだ。


「源三さんとか見かけたか?」

「いいえ。何処かで店でも、やってるといいですねぇ」

「そうだなぁ。あの飯、また喰いたいなぁ。見かけたら俺にも教えてくれよ」

 源三さんは足の怪我から攻略を諦め、酒場で食事を作ってくれていた。

 今でも、ふと食べたくなる事がある。

「ラキスさんも一緒でしょうか。二人で定食屋でもやってるかもしれませんね」

「あの人はなぁ……悪い人じゃないんだが、こっちでは生き辛そうだよなぁ」


 ラキスさんも、源三さんや小林さんと、同じグループで迷宮に潜っていた。

 怪我をした二人と一緒に引退して、宿と酒場を手伝ってくれていた人だ。

 体格が……立派で、顔が……ちょっと、女性にしては……いかつい? 女性だ。

 いい人なんだけど。良い人なんだけれども、顔が恐い。

 シャルルさんだっけかな、『長靴をはいた猫』に出て来そうな顔だった。

 子供を攫って食べてしまう、オーガのような顔の女性だった。

 伝承に残る名の無い大男に、『オーガ』と名がついたのがあの作品らしい。

 そんな事を充が言ってたのを、ふと思い出した。


「……でよ。おっさんはどうだ? あのおっさんは見かけたか?」

 奴隷の少女だけを連れ、たった一人で攻略していた人がいた。

 瀕死のぼくを助けてくれた人。

 あの時、最後の戦いでも、ぼくらの傷を治してくれた。

 生きて戻れたのだろうか。


 ぼくは黙って首を振る。

「そうか……まぁ、還って来てても、どうせ戦場とかに居そうだしな」

「そういえば、結局あの人の名前、分からないままでしたね」

 あの人もギフトで、名前を失くしていたのだろう。

 それでも他のぼくらのように、取り敢えずの名前を名乗ったりはしなかった。

「まぁ、あんな奴は『おっさん』でいいのさ」

「ははっ、そうですね」


叔父貴おじき、そろそろ行かねぇと……」

 健太さんの車の運転席から、ゴツイ顔の人が声を掛ける。

「おう、そうだな。すまねぇなヒロ、ちと時間がなくてな」

「いえ、逢えて嬉しかったです」

「今度ゆっくり飯でも食おうや。事務所にも顔出してくれよ」

「えっ……食事はいいけど、事務所は怖いから嫌ですよ」

「はっはっは! お前とヤれるような奴はいねぇよ。迷宮あそこと比べたら天国さ」


 笑って、健太さんは車に乗り込んだ。

 若い人が車のドアを閉める。

 健太さんって、結構えらい人だったみたいだ。

 後部シートの窓が開いて、健太さんが顔を出す。

「二人のとこ邪魔して悪かったな」

「やめて下さいよ」

「またな。あいつらにもよろしくな」

「はい。また、誰かに会えたら教えてくださいね」

「派手に暴れて捕まらないでくださいね」

 美澄がぺこりと頭を下げ挨拶しながら、とんでもない別れの言葉をかける。

「はっはっは。気を付けよう。じゃあな」


「はぁ……びっくりしたねぇ」

 迷宮で美澄たちと出逢う前、挫けそうな時に励まして貰った。

 健太さんが元気で居たのは、素直に嬉しい。

「ふふっ、やっぱり本物だったんだねぇ。そうとしか見えなかったもんね」

「ははっ、そうだねぇ。でも逢えて嬉しかった」

「そうね……あっ。見て見て、あの女の子」

「ん?」


 美澄の視線の先には、一人の少女が……いや、幼女が歩いていた。

 向こう側の歩道を歩いていく後ろ姿が見えた。

「うわ、でっかいねぇ。でも……」

 小さな女の子の肩には、大きな黒猫が乗っていた。

 ちょっと見た事がない程大きな猫だ。

 だが、それよりも気になる後ろ姿だった。

「ね……ウサギ耳がついてたら、あのみたいだよね」

「……うん。あの子は、どうしてるんだろう」


 あの人が連れていた、ウサギの獣人の女の子。

 自分の身体よりも大きな荷物を背負っていた奴隷の幼女。

 鉄塊のような野太刀を背負っていた小さな奴隷の獣人。

 たしか名前は……リト。

 充が割と仲良かったな。

「あの人が還ってきたら、また奴隷として売られるのかなぁ」

「どうかなぁ。もしかしたら、彼女もこっちに来てたりしてね」

「そうだね。それもいいなぁ」


 肩の黒猫と会話でもしているように、何か話しかけながら歩いていく幼女。

 ちらっと見えた横顔は、あのにも似ていた。

 違うところといえば、黒猫と話す女の子は弾けるような笑顔だった。

 笑うことのない、奴隷だった幼女と重なって見える。

 あの子も、あんなふうに笑えたのだろうか。

 遠ざかっていく幼女は、とても幸せそうに笑っていた。

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