第234話 最終話 彷徨う者

 時は数分遡り、山から飛び降り、立ち上がるゴーレムの頭上。

 聳える岩山の中腹に、せり出す様に立つ塔。

 神殿の後ろに立つ高い塔は、代々の法王の霊廟であった。

 その塔の上に立ち、崩れる神殿を見下ろす男。


 あれは夢だったのか、二柱の神と会った。

 気付くと、何故かこの塔の上に立っていた。

 ゴーレムに蹴り飛ばされ、これまでの傷も開いていた。


 縫ったばかりの傷も開き、裂かれた腹からも血が溢れる。

 骨も何本折れているのか、体中が軋むようだ。

 もう、動けない筈なのに。

 それでも男の身体は足掻く。


 崩れた神殿跡にゴーレムが立ち上がる。

 男も黙って立ち上がる。

 その隣には、当たり前のように獣人の幼女がいた。

「下で待ってろ。片付けて来る」


 男が頭を撫でてやるが、リトは何も言わずに男を見上げていた。

 リトの背の刀に、男の手が伸びて柄を掴む。

 静かに引き抜いた男の中に殺意が広がる。

「ふぅぅ……高い所は苦手なんだがなぁ」

 沁みるように殺意が、男の身体を黒く染めていく。

 頭の中が黒く、純粋な殺意だけで埋め尽くされる。


 動けない筈の身体が、殺意に突き動かされる。

 塔の上から飛び出し、ゴーレムの巨体へ飛び乗った。

 男が落ちた先はゴーレムの左肩。

 肩の上に立ち、野太刀を脇に構える。

 目を閉じ、鼻から静かに息を吸う。


「……はぁぁぁ……」

 ゆっくりと息を吐いた男が、無言の気合と共に踏み込んだ。

 無音の殺意が野太刀を閃光にかえる。

 魔を斬り続け、鍛えられた日本刀が、依代の核へ吸い込まれた。


 一閃


 取り込まれた神の力。

 ほんの一端であっても、世界を滅ぼせるほどの力が溢れる。

「聞いてないぞ。これだから神なんてのは信用できないんだ」

 ぼやく男に若い女性の声が届く。

「大丈夫。私が抑えます」

 男の前には、いつの間にか聖女ロレーナがいた。

 ロレーナが、溢れ暴走する力を抑える。


 抑圧された力は時空を歪める。

「これ……不味いんじゃないか?」

 突如、目の前の空間が口を開け、二人を呑み込んだ。

 神と呼ばれる存在が、自分の次元を開き、力を取り込んでいく。

 神から漏れ出た力を抽出され、溢れた力に耐えきれずにゴーレムが崩れた。


 その足元では固まった司教に、カムラ達三人が襲い掛かっていた。

「そ、それでも……こっちは、異世界の力だ。舐めるなよぉ!」

 飛び掛かって来る子供達を前に、自分を取り戻した司教が叫ぶ。

 呪物が使えなくなった彼の、奥の手が発動する。


 迷宮から伝わった異世界の魔法。

 それを奇跡と魔法を使い、再現したアイテム。

 宝石を嵌めた丸い金属の珠。

 不思議な物を取り出した司教は、それをカムラへ向けた。


「カムラ! あれはヤバイよ。気合入れな!」

 シアがカムラに、怒鳴って気合を入れる。

 少女の命令は避けろ! ではなく、気合で受けろだった。


 受けろカムラ!

 その想いに、少年が応える。

「任せろ。フラクタム・ブレイカー!」

「気合でどうにかなるものか。くらえ、異世界の奇跡、れぇざぁびぃーむだぁ!」


 光速の四分の一程度の速度で、光の帯がまっすぐ放たれる。

 カムラの声に反応して、盾に仕込まれた魔法が起動する。

 二本の太い鉄杭が地面に深くささり、盾をその場に固定した。

「消し飛べ!」

「どんな攻撃も受け止める」

 カムラのライオットシールドが光線に呑まれた。

 迷宮から伝わった異世界の技術が交差する。


 その高熱にも耐えるジュラルミンの盾。

 レーザーの照射時間は長くない。

 光線が消えると共に、盾の後ろからトムイが飛び出す。

 鋼の糸が巻き付き、司教の右腕が肘から落ちた。


 切り落とされた痛みに叫ぶ間もなく、剣を抜いたカムラが迫る。

 左腕を斬り飛ばし、カムラが脇を駆け抜ける。

 そこへシアが飛び込んだ。

 体ごと突き出された槍が、司教の喉へ刺さる。

「とどめだ! ぜろぉ!」


 残っていた僅かな魔力を、槍の穂先に集中する。

「ばかな……世界に、平等な死を……」

 脆い槍の穂先が、シアの爆裂魔法で破裂した。

 残り少ない魔力で、たいした威力もないが、槍の鉄片が弾け飛ぶ。

 邪教徒をまとめていた教団の、教会の司教の首が千切れ飛んだ。



「取り敢えずは残党狩りですね」

「そうですな。一人も逃す訳にはいきません」

「東の国境は、我ら帝国が責任を持って封鎖しよう」

「邪教は、これで壊滅させなくてはならない」


 連合軍は法国首都に入り、掃討戦を始めた。

 邪教に関わった者、その疑いがある者。

 全て浚うように調べ、女子供も慈悲なく始末していった。

 西の帝国、南の皇国、最南の法国と、三つの国を滅ぼした教団が滅びた。


「まだ見つからないのですか?」

「どこにも……死体も見当たりません」

「獣に食べられた残骸すらないのですか」

「何も……装備も見つかっておりません」

「ん~……逃げたのか、神とやらの気まぐれなのか」

 エミールの指示で、神殿跡の調査が進められていた。


 ゴーレムと神殿の残骸から、二つの死体が見つかっていた。

 一つは法王マヌエル。

 もう一つは判別できないほど酷く潰れていたが、法国の者だった。

 その場にいた冒険者の情報では、ゴーレムを倒したのはあの男だと聞いていた。

 死んでいるとも思えないエミールは、消息の途絶えた男を捜索していた。

 それでも装備も遺体も、情報も痕跡すらもみつからなかった。


 共通の敵、脅威が去った大陸。

 空いた南部の広大な土地。

 当たり前の様に、人と人の争いは終わらない。

 共に手を取り、敵と戦った相手でも……昨日の友は今日は敵。

 各地に広がる戦乱。


 そんな世の大陸を、ひとり彷徨さまよう獣人の噂が各国にあった。

 自身よりも大きな荷物を背負う幼女。

 巨大な剣の鞘を背負う、ウサギの獣人が各地で見られていた。

 その手には、奴隷であることを示す紋様があるという。


 主人を見た者はなく、何よりも奴隷紋は澄んだ青だという。

 当てもなく彷徨っているという者もいれば、どこかに向かっているともいう。

 その姿を見た者は酒場で、戦場で、友に話し伝える。

 その目は、確かな何かを目指した、力強いものだったと……



御挨拶


 ここまでありがとうございました。

 名も無き男の物語は、一旦ここまでとなります。

 途中のストーリーとなる特別編や、スピンオフ的な外伝などもあります。

 ちょっとした時間の暇潰しにでも、御利用くださいませ。

 他の関連作をまとめたコレクションはこちらから……

https://kakuyomu.jp/users/koog/collections/16817330660216866594


 同じ世界の別の大陸の物語はこちら。

 時間は今作よりも少し、ほんの僅かに前となります。

https://kakuyomu.jp/works/16817330652851398156


 また次の作品も、気が向いたら覗いてみて下さいませ。


                          敬具

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る