第233話 呪い

「俺達は俺達の仕事をするぞ」

 男に任された仕事、カムラ達は司教モニカと相対する。

「舐めるなよ子供に何が出来る」

 モニカは懐から小さな肉片を取り出した。


「奴は呪物を隠し持ってるよ。厄介なもんだから気を付けて」

 嫌な気配に、シアがカムラの後ろに隠れて注意する。

「気を付けろったって……」

 物理攻撃しか防げないカムラが狼狽える。


「この世に平等なんてありませんよ」

「何?」

 トムイがカムラの陰から、司教モニカへ声を掛ける。

「神になんて、選ばれていないんですよ、カルロさん」


「小僧! 何故その名を」

「村が襲われたのは、運が悪かったから。貴方だけが生き残ったのは、ちょっと運が良かったから。それだけのこと。神の奇跡なんかじゃないんですよ」

「う、煩い! 俺は選ばれたんだ。あの時、神に選ばれたんだ」

 不意に捨てた名と過去に触れられ、明らかに動揺するモニカ。

 いや、捨てた過去の名はカルロ。

 この法国の小さな村で産まれ、各地を渡り歩いた傭兵だった。


「ちょびっとだけ、人よりも運が良いだけ。そんな貴方が神の奇跡もなく、呪物なんて使ったらどうなるか。貴方に特別な力なんてないんですよ」

「神は……俺を選んだんだ。見ろ! あの姿を。神は俺の声に応えてくれた」

 背後に立つ、聳え立つゴーレムを指し示すカルロ。

「あれは神なんてものじゃないでしょ。貴方の声は何処にも届きはしませんよ」

「あれが俺の力だ! 誰も、人が手を出せない神の力だ!」


 そんな彼の信じる神の化身が、突如、音を立てて崩れた。

 頭から崩壊して、崩れ落ちるゴーレムを、唖然と見上げるカルロ。

「ほ、ほら……ね? 人の手で滅びる程度で、神は名乗れませんねぇ」

 まさか崩れ落ちる、とは思っていなかったトムイも、顔が引き攣っていた。


「あれ、ししょうだよな」

「あんなの、どうにか出来る人なんて、他にいないでしょ」

「……だよな。他にもいたら、世界がヤバイよな」

 こそこそと囁くように、言葉を交わすカムラとシア。


 予定通りではあったが、本当に倒せるとは、思ってもいなかったトムイも慌てる。

「ほら、しっかりしなさい」

「あうっ」

 シアが後ろから囁き、トムイの背をはたく。


「ばかなぁ……」

 カルロは大きく口を開けたまま立ち直れない。

「神の力なんてなかった。今までちょろっと運が良かっただけの貴方には、何も成し得ないし、世界を平等にしたりは出来ません」


「ま、まだだっ。呪いを、そうだ、まだ呪いの力がある」

「貴方にそんな力はありません。そんな呪物を神の助けもなく発動したらどうなるか。アレを見て分かったでしょう。貴方は特別じゃないんですよ」

「ば、ばかな……そんな……神は、選んだんじゃないのか……」

「貴方の行為は、ただの八つ当たりです」


「お、おい。何したんだ? 今のがししょうに言われた仕事か?」

 カルロは懐に手を入れたまま、動けなくなってしまった。

 何が起きているのか理解できないカムラが、背後のトムイに声を掛ける。

「う~ん。ぼくも良く分かってないんだけどね。『しゅ』だってさ」

「何だよそれ。なんか魔法なのか?」

「シショーがそう言ってただけだもん。これで厄介な力を制限できるんだってさ」


 黒幕の一人と予想して、エミールが調べさせていた司教モニカ。

 その過去と為人ひととなり

 トムイは男からそのレポートを渡され、言いくるめろと指示を出されていた。

「たぶん呪いのことね。言葉で呪いをかけたんだよ。たぶん」

 一人『しゅ』を、なんとなくでも、理解できたのはシアだけだった。


「トムイって呪術も使えたのか」

「使えないよ」

 まだ理解していないカムラが、トムイの特別な力かと驚いた。

 トムイが静かに否定して、シアが仕方なく説明を足してやる。


「魔法もだけど、イメージってのが大事なのよ」

「そっか、神に選ばれたって信念が揺らいだから」

「そうね、一瞬でも疑ってしまった。彼はもう、呪物は使えない」

 絶対の自信を持っていたゴーレムが崩れ、空いた心にトムイの言葉が入り込んだ。

 トムイの説得いいくるめで神を、選ばれた自分の力を疑ってしまった。

 その一瞬、司教が自分を見失った一瞬に、三人は飛び出していた。



「ねぇ……」

「なぁにぃ」

「暇ねぇ」

「そうねぇ」

「なんでだろうねぇ」

「なんでだろうねぇ」


「ねぇ……」

「なぁにぃ」

「あーしらさぁ、奴隷だよねぇ」

「そうねぇ、犯罪奴隷だねぇ」

「なんで暇なんだろう」

「なんでだろうねぇ」


「普通さ、殺されてるよね」

「そうねぇ」

「愛玩用の奴隷って、なんか違うよね」

「そうねぇ。普通は性的に玩具にされるか、痛い思いをするかだろうねぇ」

「たいした罪でもなかった獣人がさ、死ぬまで切り刻まれたってさ」

「獣人の奴隷なんて普通はそんなもんでしょ」


「撫でられるだけって、どういう事なの?」

「初めて聞いたよね」

「外にも出られるよね」

「繋がれてないし、見張りもいないしね」

「何これ? 奴隷?」

「さぁ? なんだろうね」


「マスターが死んだら、あーしらって、どうなるのかな」

「またどこかの誰かに、奴隷として売られてくんじゃない?」

「運が悪ければ殺処分かな。いや、運が良ければ……かな」

「だろうねぇ」

「だよねぇ」


「あんま変な事言わないでくれる? 不吉なのは見た目だけにしてよ」

「甘ったれてんなって思ってたけど、今度からは優しくしようかと思って」

「誰に?」

「孤児の気持ちが分る気がしてきたの」

「あぁ……もう、裏路地では生きられないよね」


「跡継ぎの子供でもいてくれたら、安心できるのになぁ」

「産んでみる?」

「サイズ的に人の子は産めないなぁ。アンタ産んでよ」

「リトさんに殺されるから無理」

「あーね」


「むしろリトさんが産んでくれたら済むのにね」

「まだイケるかなぁ」

「まだ産めるでしょ。ウサギの獣人なんだし」

「そっかぁ」

「そうよ」


「早く帰ってこないかなぁ」

「もうすぐ帰ってくるんじゃな~い?」

「また、怪我してるかなぁ」

「してるだろうねぇ」


「でも、肉球触ったら治るよね」

「なんでよ」

「マスターが、そう言ってたぁ」

「じゃあ治るね」

「あーね」

「暇だね~」


 主人の帰りを待つ、奴隷の獣人が二人。

 人でいえば元死刑囚、人権を剥奪され奴隷にされた筈の二人。

 庭のひだまりでのんびりと、優雅なティータイムを過ごすエルザとレイネだった。

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