第232話 神との邂逅

 瓦礫をさらうように、巨大な手が大地を払う。

 ゴーレムの掬い上げるような手を避ける男。

 土埃の中から柱のような足が飛び出す。

 人の大きさでは、どうしても避けきれない攻撃範囲だった。

「ぐがっ……くそっ、ここまでか……」

 男は神の宿ったゴーレムに蹴り飛ばされる。

 その衝撃に意識が薄れていく。


「うわぁ……すっげぇ飛んでったな」

「あれは痛そうだねぇ」

 そんな男を見て、暢気な感想しか出ない、トムイとカムラだった。

「アンタたち。集中!」

 そんな二人にシアの叱声が飛ぶ。


「おおっ、そうだった。任されちゃったからな」

「そうだったね。まぁ、ししょーは、あのくらいで死んだりしないしね」

 目の前の敵、教団代表モニカに集中する三人。

 彼等もエミールと同じように、男に幻想を抱いていた。


 遠く、高く飛んだ男は、落ちて地面に激突する衝撃に備えていた。

 だが、その衝撃は何時までも来ない。

 ふと気付くと、いつの間にか地に足が着いている。

 深い川で溺れるかと思っていたら、浅くて足が着いたような不思議な感覚。


「お久しぶりです。急に呼び出してしまって、すみません」

 いつの間にか、目の前に女性が立っていた。

 周りを見ると、何も見えない不思議な空間に居た。

 別に暗い訳でもなく、声を掛けて来た女性も見えるが、壁も床も見えない。


「お久しぶりです。今はちょっと忙しいのですが、急用なのでしょうねぇ」

 そんな不思議な空間へ呼び出されたのに、普通に挨拶を交わす男だった。

 その女性が普通ではないと知っていたから。

 以前にも、似た雰囲気の場所を知っていたから。


 迷宮を創った存在と出逢った不思議な場所。

 見た目は違うが、雰囲気は似ていた。

 そこで巫女とも言える女性に会い、状況をなんとなく察した男だった。

 女性はロレーナ。教会の大聖女だった。


「時間も無いので早速本題に入ります。この二柱ふたはしらを紹介させてください」

 と言った。

 人ではない存在という事か。

 少し身構える男の前に、二人の若い男が立つ。


 顔も姿かたちもはっきりとはしないが、若い男のような雰囲気を感じる。

 ぼやけているわけでもないのに、顔が認識できない不思議な感覚。

 それも男には覚えがある。


 こいつらも神か、それに準じる存在という事か。

 そう考えた男は二柱に声を掛けた。

「光の神と死の神……でしょうか」

「御存知でしたか」


「ただの勘ですよ。ご紹介をお願いします」

 驚いたロレーナに男が否定する。

「冴えてますねぇ。こちら、私たちが信仰している光の神様です」

 ロレーナが一方の人形ヒトガタに掌を向けて紹介する。

 今度は男が驚く事になった。


「いやぁ、急に呼んでごめんねぇ。君にしか出来ない事なんで仕方ないんだよ~」

 妙に軽い、子供のような声と話し方。

 予想外の事に、男も一瞬固まってしまう。

「あぁ、結構かる……え~フレンドリーな方なんですよ」

 ロレーナの必死なフォローが入る。


「今、軽いって言った」

「え、ええと、こちらが死の神様です」

 神に仕える聖女が、神の言葉を無視して別の神を紹介する。

「ど、どうも……死の神です。混乱とか……そういうのは撒いたりしません」

 こっちは違うキャラだった。


「死の神様は人々に怖がられて、ちょっとインky……内気な性格なんです」

 死の神が、じっと聖女を睨んでいる……気がする。

 顔も表情も見えないが、俯きながら恨めしそうに見上げる姿が見えるようだ。

「……で、今暴れているアレは、どうにかしてもらえないのでしょうか」

 面倒くさくなった男は、無理矢理はなしを進める。


「え、えと……む、無理……です。ごめんなさい」

「あれは彼の力の一部……みたいな感じなんだよねぇ。ちょっと漏れちゃった感じ」

 俯き謝る神と、軽く片付け笑う神。


 代わりにロレーナが説明する。

「死の神様は、別に死を振り撒いたりする神様ではなくてですね。死んだ魂を新たな器に送ったり、死んだ後の面倒を見てくれる神様なんですよ」

「でも死を恐れる人々は、邪神として遠ざけようとしたんだねぇ」

 そう言って、また笑う光の神。


 無邪気に、なんでも楽しそうな、こちらの方が邪神なのではないだろうか。

 そんな危険な思想を抱く男だったが、大人しく話を聞く。

「沢山の魂を使って、死の神様の力の一部を抜き出して、ゴーレムに宿したようです。あれは今、ただ破壊をもたらすだけの存在となってます」


「……で、どうしろと?」

「貴方のあの剣。あの巨大な剣なら、どうにかなります」

 男の野太刀なら、神の力を斬れると聖女が言う。

「あれはねぇ、今まで斬った魔物やら何やらの瘴気だとかが、なんやかんやしてね。まぁ、魔剣みたいな感じになっているのさ。アレなら繋がりを斬れるよ」

 光の神が、曖昧な説明を加える。


「ゴーレムの額、そこに嵌った大きな宝石を斬ってください」

「そうすればぁ、繋がりが切れて動かなくなるよぉ。たぶんね」

 たぶん。とか、神が笑いながら言っている。

 そもそも全長120mの巨体の額を斬れ。とか無茶な要求だ。

 どこかの無敵鋼人なんかと、どっこいなデカさだ。


「高い所は苦手なんですよねぇ」

 男も難色を示すが、神は、そんな事は気にしないようだ。

「頑張ってねぇ。失敗したら人の世が滅びるからね~」

 かるい邪神が笑う。


「あ、あの……その……すみません」

 何か言いたそうで、結局何も言えず、死の神は下を向いてしまう。

 少しイラっとするが、光の邪神よりは可愛い気もしてきた。


「では、後はお願いしますね。今、意識というか魂だけ呼んでしまったような、そんな状態なので、もうそろそろ身体からだに戻らないと不味いんです」

 何か聖女が、おかしなおっかない事を、さらっと言った気がする。

 そう思った瞬間、何か吸い出されるような感覚がして、周りが歪む。


 来た時と同じく、突然消えるように、慌ただしく戻って行く男。

 それを見送る聖女が、大事な事に気付いた。

「そういえば私、体ごと此方に来てしまいましたが、どうやって還るのでしょうか」


「……あっ」

「……えっ」

 大聖女ロレーナの素朴な疑問に、今頃気付いた二柱の神が絶句していた。

「あれ? 神様? 今『あっ』って言いました? あってなんですか?」

 男にそんなロレーナの声が、どこか遠くから聞こえ、消えて聞こえなくなった。

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