第231話 依代(うつわ)

 刀の手入れを済ませ、傷の手当てをした男が神殿に辿り着く。

「うわぁ……厄介な事になってそうだなぁ」

 神殿を貫くように立ち昇る力の奔流。


 はっきりとは見えないが、何かが山の上に向かっているのは感じる。

 面倒な事になっているのを察し、男は帰りたくなってきた。

「あっーしっしょー!」

 さらに面倒な声が響く。


 聳える山を見上げる男に、駆け寄る三人の少年少女。

「おや……生き残ってましたか」

 祭祀を相手にして、三人共生き残っている事に、男は正直驚いていた。

 カムラ、トムイ、シアの三人が男とリトを囲む。


「まにあったぁー」

「いよいよ教団と直接対決ですね」

 トムイとカムラは、どこか暢気に話しかける。

 一人、シアだけは難しい顔で山を見上げていた。

「ほぉ……魔力かなんかですか? 何か視えますか」

「前に見たのと似てます。あの悪魔と同じようなが山に……」

 何かが視えるようなシアに、男が訊ねた所で山の上のナニカが動く。


「不味いか?」

 山を見上げる男が呟く。

「やばっ……」

 それを見上げたカムラも声を漏らす。

 トムイとシアは、無言で逃げ出していた。


 山の上から何かが降って来る。

 黒い影が神殿に向かって降って来た。

 それは手足をもち、人型ではあった。

 途轍もなく巨大ではあるが、人の形を模したものであった。


 太古の魔法文明が生み出した動く人形、ゴーレム。

 皇国の騒ぎの時、男も出会ったゴーレム。

 全長120mの巨体が、山から降って来た。


「あれに悪魔が入ったってのか」

 流石に剣でどうにかなる大きさではない。

「ししょー! 邪神ですよーきっとー! なんか入ってますぅー!」

 素早く避難したシアが、離れた場所から叫ぶ。


 教団が、モニカが、邪神の器として選んだのはゴーレムだった。

 法国の王城である神殿を破壊し、崩壊させながらゴーレムが降臨する。

 崩れる城を背後に嗤う司教が一人。

「はーっはっはははっ! いいぞ! 城も国も全てに平等な死を、破壊を」

 いつの間にか地下から抜け出し、生き残っていたモニカが嗤う。


「面倒なことを……」

 あきれる男にモニカが嗤い、楽しそうにしゃべりだした。

「もう、辿り着いていたか。だが遅い! 死の神は降臨された!」


「うわぁ……神だってさ」

「やばいかな? やばいよね?」

「それでもやるしかないでしょ」

 冒険を繰り返し、生き残って鍛えられた子供たち。

 相手の強さ、怖さを感じながらも、出来る事を探し行動しようとしていた。

 そんな子供達を見て、男も覚悟を決める。


「仕方がないか……奴が邪教のボスだろう。アレを任せるぞ」

「え? 師匠の獲物じゃないの?」

 男の言葉にカムラが疑問を投げる。

「そのつもりだったけどな、お前達にくれてやる。俺はあっちをる」

 男は崩れる神殿の瓦礫から、立ち上がる巨体を見上げた。


「うわぁ……どうにかなるんだぁ……」

「こっちは責任もって、逃がさないようにしないとね」

「うぅ~、さっき魔力を使い過ぎちゃった」

 施設の破壊の時、無駄に魔力を使ったシアは、力が残っていなかった。

「調子に乗って、やりすぎたからなぁ」

「うっさい!」

 余計な一言をこぼすカムラに、シアの槍が振り下ろされた。


「神の依代……ねぇ。どうすっかなぁ」

 余りの巨体に攻めあぐねる男だが、廃墟となった神殿へ向かって駆けだした。

 ゴーレムの足へ、腰の二代目国貞を抜き打つ。

 そこにしか攻撃が届かないのだから仕方がない。


 しかし、その足は何で出来ているのか、神の力が宿った所為なのか。

 それは日本刀の一撃に、傷一つつかない。

「かってぇな、くそっ。こりゃ斬れないな」

 すぐに斬る事は諦め、何処か弱点でもないかと巨体を見上げる。


「あれが神か……」

「あれは大陸を徘徊していたゴーレムですねぇ」

「やはり依代を用意した訳か」

「そうですね。予定通り、という事でしょうか」

「最悪の予想だったがな」

「そうですねぇ。予定通り、対抗手段がありませんね。どうしましょうか」

 司教ラファエルを丸め込み、神殿近くまで進軍してきた連合軍。

 山から降って来たゴーレムが見えて、攻めあぐねていた。


 巨大な姿を見て、王国のエミールと帝国のヨシュアが悩んでいた。

「あれが暴れ出したという事は、あの人も其処に居るという事でしょう」

 エミールは男が既に、辿り着いていると思い込んでいた。

 はずれてはいないが、あの男ならゴーレムでも神でも斬れると思っていた。


「銀龍を倒したというアレか。神が相手でも戦えるのか?」

 流石に帝国の将軍は、いくらか情報を持っていた。

「ふふ……黒龍も倒していますよ。北では神も斬ったと聞いています」

「あれも斬れるというわけか」

 龍でも神でも斬れるような者が、人間だと言えるのだろうか。

 本当にそんな力があるのならば、人に従い、人の世で暮らすものだろうか。


 そんな男に丸投げな、連合軍に気付いた死の神が動く。

 ゴーレムの額に嵌った碧い宝石から光が溢れる。

 光の奔流は光線となり、連合軍を焼き払った。

 部隊の中央を薙ぎ払うように、なめていく太い光線。

 その熱線は兵士を鎧ごと焼き、一瞬で炭化させていく。


「凄まじい威力だな」

「これは不味いな」

 帝国の将軍も評議国の首長も、その威力に呆れ返る。

 人の無力さを見せつけられながら、逃げられない現実も理解していた。


「ですが、退く訳にはいきません」

 普段は覇気を感じさせないエミールでも、ここは退けないと解っていた。

 あの男がどうにかする。

 きっとアレも斬ってくれると、勝手な思い込みでエミールは踏みとどまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る