お父さん、異世界でバイクに乗る~その後~

さとう

お父さん、お母さん、娘、もう一人の娘

宿屋『武内亭』の酒場は、今日も大忙しだった。


「アンナちゃん! こっちに『モツニ』追加!」

「こっちも!」「こっちは『エダマメ』追加で!」

「はいはーい! ああもうめんどい! お母さん、できたらカウンター並べて!」

「はーい。ふふっ」


 調理場では、杏奈の母である深雪が調理をしている。

 調理場と酒場はドアで隔てらているが、杏奈の魔法『通信』で、脳内に直接声を届けているのだ。なので、深雪とは脳内で会話、オーダーを届けている。

 そもそも、なぜ冒険者の杏奈が接客しているのかというと……冒険者家業を休業しているからである。

 理由は簡単。休業する理由があるから。


「お、おーい!! 深雪、深雪!! おしめ、おしめどこだ!? あー、おしめの巻き方も!!」

「もう。まだ覚えてないの? ここには紙おむつなんてないんだから、布おむつの巻き方くらいちゃんと───……」


 と、脳内に声が。

 どうやら、猛が宿屋の離れから慌ててきたようだ。

 さらに、杏奈の脳内には。


「ふぇぇぇぇ~~~んっ!!」

「あわわわっ!! お、落ち着け優菜!! ぱぱですよぉ~♪」

「ぎゃぁぁぁぁん!!」

「おおお……そんなに泣かれると悲しいぞ」

「もう!! 猛、貸して。枝豆を皿に盛って、モツ煮をよそってて」

「は、はい……」


 優菜。

 猛と杏奈の娘。杏奈の妹である。

 まだ1歳になったばかり。おむつは必要だし、お喋りもできない。

 でも、生まれたばかりに比べると体重も増えてくる。この重さが猛にはたまらなく心地よい。

 深雪は、優菜を連れて母屋へ。


「ふふふ……優菜、可愛いなぁ」

「お父さん!!!!!! 枝豆、モツ煮!!!!!!」

「は、はいっ!!」


 のろけた父の脳内に、杏奈の声が響き渡った。


 ◇◇◇◇◇◇


 宿屋の夕食が終わり、酒場も営業が終わった。

 猛、杏奈、深雪。そして優菜は、母屋のリビングでお茶を飲んでいた。


「いやー……忙しいな」

「そうねぇ。ねぇ猛、アルバイトだけど……」

「うーん。募集は出してるんだが」


 武内亭は、忙しかった。

 宿泊はそうでもないが、夜になると開かれる酒場に客が殺到するのだ。

 理由は、深雪の料理だ。

 異世界で作る日本料理は、異世界人にとって新鮮らしい。天ぷら、枝豆、モツ煮、おでん……どれも大人気なのだ。

 優菜が生まれ、猛が宿屋の主人として慣れ、生活も落ち着いてはきたのだが……やはり、忙しい。

 猛としては、もう少し家族の時間が欲しかった。


『ぴゅるるる……』

「おっと……悪いな、最近構ってやれなくて」

『ぴゅるる』


 リビングにある止まり木にいた大きなグリフォンことクウガが、猛の肩に止った。

 最近、忙しくて構ってやれていない。だが、クウガは『気にするな』というように猛に頭を擦り付けた。

 杏奈は、少し考えていた。


「あのさー……アルバイトだけど、ちょっと心当たりある」

「「え」」


 杏奈は、深雪の淹れたカフェオレを飲みながら言う。


「あたしの冒険者仲間。あたし、シルファとパーティー組んでるんだけど、そこそこ仲良いい子が何人かいるのよ。頼めば手伝ってくれるかも」

「うーん……」


 アルバイトは募集してる。

 だが、現状誰も来ていない。

 今は猫の手も借りたい。


「……わかった。杏奈、アルバイトの件は任せる」

「ん、じゃあ明日にでも連れてくる」

「明日!? いいのか?」

「うん。たぶんね」


 驚く猛。

 深雪は、優菜を抱っこする。すると、クウガが猛の肩から飛び、深雪の肩に止る。

 クウガを見た優菜は、キャッキャしながら手を伸ばした。


 ◇◇◇◇◇◇

 

「は、初めまして!! オレ、アーサーって言います! よろしくお願いします! お父さん!」

「……………………よろしく」


 杏奈が連れてきたのは、『男』……いや、青年だった。

 歳は十八くらいだろうか。サラサラの金髪に青い眼、体格もよく、腰には剣を差している。

 杏奈は、アーサーの背中をパンパン叩きながら言う。


「アーサー、こう見えて聖王国で五指に入る剣士なんだって。お家はおっきな商会で、そこの三男坊でさ、お兄ちゃんたちが商会を継ぐから家を出たんだって。あ、お兄ちゃんとは仲良しだから安心して。ちゃんと支援してもらってるくらいだし」

「…………ふぅん」

「こら猛。そんな顔しないの」


 アーサーは、杏奈に背中を叩かれ苦笑……というか、照れていた。

 深雪にはすぐわかった。アーサーは杏奈に惚れている。

 深雪は、にっこり笑う。


「アーサーくん。ここでの仕事、剣を使うことは無縁だけど……大丈夫?」

「は、はい!! その、アンナの手助けになれば何でも構いません!!」

「あはは、ありがとね、アーサー」

「あ、ああ」


 杏奈はにっこり笑う……深雪そっくりの笑顔で。

 猛は、腕を組んだまま何とか笑った。


「ごほん。えー、ではアーサーくん。さっそく仕事を教えようか」

「はい!!」

「……お母さん、お父さんなんか不機嫌?」

「杏奈。あなた、気付いてないの?」


 アーサーは、猛に向かって思いきり頭を下げた。


 ◇◇◇◇◇◇


 最初に教えたのは、宿屋での仕事だ。

 部屋の掃除、帳簿の付け方、挨拶の仕方……だが。


「ありがとうございました。またのお越しを」

「お父さん、この計算ですが……」

「お掃除終わりました! チェックお願いします!」


 完璧だった。

 猛は、杏奈の人選が間違っていなかったことに感心するが、内心は複雑だった。

 宿屋の仕事を一通り終え、少し一服する。

 猛は、アーサーにお茶を淹れた。


「さ、どうぞ」

「ありがとうございます!」

「あー……アーサーくん。きみ、剣士だっけ? それにしては、だいぶ接客慣れしているというか」

「はい。家が商会でしたので……十五歳くらいまで、実家の手伝いをしていました。計算や文字は習いましたし、客商売でしたので礼節も。それと、実家が使用人の雇用を嫌ったので、身の回りの掃除や世話なんかも自分で」

「…………」


 完璧だった。

 ちなみに、歳は十八歳。十五歳で冒険者になったことから、たった三年ほどで聖王国の五指に入る剣士になったということだ。

 

「えっと。剣は我流で……商会の護衛なんかもオレがやってました。先輩冒険者が言うには、才能だって……あはは」

「あ、あはは……」


 猛は、曖昧に笑うしかなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


 午後は、深雪の手伝いをするアーサー。

 野菜の皮むきや下ごしらえを手伝わせている。


「アーサーくん、皮むき上手ねぇ」

「小さい頃から料理は得意で……というか、趣味が料理なので」


 いくつかレシピを教えると、アーサーはあっさりものにした。

 これなら、深雪と一緒に料理人として厨房に立てるだろう。


「へぇ~……ふふ、助かるわ」

「いえ。あの……ミユキさん、アンナのお姉さん、ですよね?」

「あー……まぁ、そうね」

「それで、タケシさんの奥さん? アンナはお姉さんのこと、お母さんって……? あれ?」

「あ、あはは。まぁ気にしないで」


 一家が異世界転生、転移したなど信じてもらえない。そもそも、言うつもりもない。一応、この世界で深雪は初婚だ。杏奈は転生する前に産んだ子で母親なのだが……今の深雪は二十七歳。歳が合わない。なんともややこしい一家だった。

 というか、杏奈がめんどうくさがり、人前でも深雪のことを『お母さん』と呼ぶのだ……深雪はため息を吐いた。

 深雪は、話題を変えた。


「ところでアーサーくん。杏奈のこと、どう思ってる?」

「え、えぇぇぇぇっ!? あ、いや、その……」

「ふふ。大丈夫大丈夫。杏奈には言わないから」

「うぅ……その、いい子だと思います。太陽みたいに明るくて、月みたいに綺麗で……あの笑顔をずっと見ていたい。そんな気にさせる子です」

「そっか……愛してるのねぇ」

「あ、愛……」


 アーサーは、耳まで真っ赤になる。

 誤魔化すように、ジャガイモの皮むきをする。

 

「アーサーくん。私は応援してるわ」

「え……」

「あの子。誰に似たのか鈍感だからねぇ……押して押して押しまくっちゃいなさい!」

「え、えぇぇぇぇっ!?」


 アーサーは、包丁をポロリと落とし、危うく足に突き刺すところだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 猛は、母屋の裏でのんびりしていた。

 優菜を抱っこし、ベンチに座っている。

 そして、シートをかぶせてある大きな鉄の塊に視線を移す。


「ふぁ~ぁ……アーサーくんのおかげで、少しは休憩できるようになったな」

「あぁぅ」

「ん、どうした?」

「あー、あー!」


 優菜が、シートを指さす。

 猛は苦笑し、シートをめくる。

 そこには、一台の大型バイクが、太陽の光を浴びてキラキラ輝いていた。


「───……」

「どうだ? 綺麗だろ?」

「あー! あうぅ!」


 優菜は、手をパタパタさせて喜んだ。

 すると、庭の中心に白い光が現れ、杏奈とシルファが転移してきた。


「あ、お父さん。ちょうどよかった、シルファも酒場手伝ってくれるって!」

「い、いきなりだな……久しぶりだな、シルファ」

「ああ。タケシ殿、そしてユウナ、久しぶりだ」

『はいはーい! わたしもいるよー』


 風エルフのシルファ、そして妖精のプリマヴェーラも一緒だ。

 シルファは、優菜に近づきそっと握手。

 そして、バイクを見た。


「タケシ殿。乗るのか?」

「いや、優菜が見たがってな」

「そうか。時間があるなら乗ればいい。私が酒場を手伝えば、乗る時間くらいあるだろう?」

「んー……確かに」

「アンナに聞いたぞ? 最近、時間が足りないそうだな」

「まぁな」

 

 すると、杏奈が二人に割り込む。


「はいはーい! お父さん、あたしは家族旅行を提案します!」

「……は?」

「家族旅行っていうか、一日だけ家族四人でお出かけしよ! あたしの魔法なら一瞬で行けるし、行先は湖の町! もう少しでお祭り始まるんだって!」

「湖の町……ああ、あそこか」

「うん! お父さん、お母さんとデートしたいでしょ? 優菜だってお出かけしたいもんねー?」

「あぅあ!」


 杏奈は、優菜の頭をなでなでする。

 確かに。一日くらいなら、アーサーとシルファに宿を任せてもいいかもしれない。

 

「よし。深雪と話してみよう」

「やった!」

「ふふ、タケシ殿。楽しそうな顔になってきたな」


 こうして、武内家の一泊旅行が決定した。


 ◇◇◇◇◇◇


 宿屋『武内亭』

 アルバイトのアーサー、シルファを加え、経営は順調だった。

 交代制にすることで、猛や深雪も休みを取れるようになり、よく町でデートしている姿が目撃されるようになったという。


 杏奈は、アーサーと一緒に宿屋の看板娘として働いていた。冒険者家業は廃業ではなく、あくまで休業らしい。

 アーサーと仲良く買い出ししている姿が、町でよく見られるようになったとか……この二人がどうなるのか、未来はまだわからない。


 シルファも、武内亭で働くうちに、『とりあえず、百年ほど働かせてくれ』と言い、正式に雇うことになった。エルフにとって百年はそう長い時間ではないようだ。杏奈と一緒に看板娘として有名になったとか。


 最近の優菜は、クウガとバイクがお気に入り。

 バイクをジーっと眺めたり、クウガを抱きしめたりと幸せいっぱいだ。

 いつか、優菜が成長したら、このバイクの乗り方を教えるのもいいかもしれない。

 

 宿屋『武内亭』は、これからも幸せな日常を過ごしていく。


 ─完─

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