歳は私と同じくらい。

 けれど私と違って堂々とした、自信に満ちあふれた佇まいでもってそこにいた。

 この人が、あの髪の毛の主、かな。

 彼女がコートのように着崩して前をはだけさせている着物、その裏地にびっしりと書き殴られたお経のようなものからは、そうとしか思えなかった。 

 そんな奇怪な服装を差し引いても、私には見覚えのない女の子。

 だから、その問いを向けられたのはきっと――。

 私のその推測を裏付けるように、隣にいる男が疑問に応える。


「なんでお前がここにいるんだ」

「そろそろ依頼された仕事も終わる頃かと思って」

「エスパーかお前は……。まぁ、ついさっき終わったよ」


 そして私に向き直った。


「まだ何か訊きたいことある? 迎えも来たし、そろそろ行くけど」


 驚くほどさっぱりした言い種。

 私には少なからず別れを惜しむ気持ちもあるというのに、どうやら彼にはその欠片もないようだった。


「あの、名前」


 訊きたいことといえば、あとはこれくらいだった。

 第一印象が良くなかったせいで、これまであえて知ろうとも思わなかったけれど、命を助けてもらうほどの恩を受けておいて知らないわけにはいかない。

 最後くらいは、きちんと名前を呼んでお礼を言いたい。


「名前、なんていうんですか?」


 彼はしばらく私のことをもの珍しげな視線で眺めた後、渋々といった様子で名乗った。


黄泉坂終よみさかしゅう

 

 耳で聞いただけの私にはそれがどんな字を充てるのかわからなかったけれど、呼び方さえわかれば十分だった。

 その名前を呼んで、私は改めてお礼を口にした。


「黄泉坂さん、今回は、本当にありがとうございました」

 

 それで、ここでの用件は本当に済んだと判断したんだろう、彼はおもむろに迎えの女の人のほうへ体を向けて、心の底からどうでも良さそうに、


「別にいいよ、仕事だからやっただけだし」


 と、着飾ることを知らないそんな正直な返答に、私の口からは思わず苦笑が漏れる。

 そして。


「んじゃ」


 素っ気なくそう言い残して、こちらに手を振ることもせず呆気なく私に背を向けた。

 そして迎えの女の人と並んで歩き出す。

 まるでそうすることが当たり前のように。

 やがて二人が完全に姿を消すと、団地の夕食時の団欒に取り残されたかのように侘しさが公園に戻ってくる。

 そこに取り残された、私と先輩。

 私がそちらに目を向けて視線を交えると、先輩は言葉にならない呻きを漏らして気まずそうに視線を背けた。

 さっき少し話を聞いたけれど、どうやら自分が連れていったあのお寺のお札が何の効果も発揮されなかったこととか、それでいて自分自身何もできなかったこととか、色々隠していたことなど、自責の念すら抱いているようだった。

 ……そんなこと、と私の口元は思わず緩んでしまう。

 普通に考えて、全部しょうがないことだろう。

 玄関が開かなかったのは何か霊的な力が働いていたとしか思えないし、法草寺で貰ったお札が効果を発揮しなかったのも、そもそもあれに頼る他に選択肢はなかったし、何もできなかったのも先輩が霊能者でもない普通の人間だからだし、色々隠していたことなんてそもそも先輩の身の上なんだから、私に打ち明ける義務なんてない。

 今回私たちが見舞われたのは、未知で未体験で未曾有の、この世ならざる恐怖だったのだから。

 いわば数十年に一度の大きな天災に遭ったようなもの。

 そんなものにどう対処すればいいかなんて、一般人の私たちにわかるわけがない。

 そんなので、私は先輩を批難したりなんてしない。私を見くびらないで欲しいものだ。

 それに先輩は、いつも私のことを考えてくれていた。

 今回の心霊現象に憔悴しきっていた私を必死に元気付けてくれたし、一緒になって解決策を考えてくれた。

 それは黄泉坂さんがしてはくれなかったことだ。

 あの人は私を助けてはくれたけど、それは仕事だったからで、たぶん、私のことなんて何も考えていなかった。

 元気付けてくれることも、一緒に頭を悩ませてくれることもなく、ただ勝手に動いて勝手に解決していっただけ。

 だから私は、先輩にこう言おうと思う。


「今度、どこか一緒に遊びに行きませんか」


 先輩は優しいけれど、強くはない。

 でも、それは私も同じだ。

 黄泉坂さんは強いかもしれないけれど、優しくはない。

 優しさなんていうものを求める私は、甘いのかもしれない。

 だから、あの人の隣を平然と歩いていたあの女の人は、相当強いんだと思う。

 だけど私たちは『私たち』で、あの人たちは『あの人たち』だ。

 私たちはこれから二人で、一緒に強くなっていけばいい。



 数日後、一つのお守りが私の家に送られてきた。

 差出人の名前は書かれていなかったけれど、中身を見るまでもなく察しはついた。

 やっぱりというべきか、お守りの表面には『合格祈願』などというズレた四字熟語が書かれていて、中には女性のものと思われる髪の毛が入っていた。

 ……合格祈願、ね。

 不動産関係の仕事って、大学行かなきゃけないのかな。




 ~ 完 ~

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