十八(2/2)
「死んだ人間なんてどこにでもいる」
それを聞いた私は、道端の石ころでも飲み込んだかのような息苦しさを感じた。
それでも怖いもの見たさというか知りたさというか、今後の危機回避のための情報収集というのか、私の理性は最終的に好奇心に軍配を上げてしまう。
「じゃあ、この公園内には何人いるんですか?」
すると彼は公園内に視線を巡らせ、きちんと背後まで見回した後、それでも些末事のように結論を口にした。
「園内には一人、この公園に面した通りに四人」
それが真実だったかはわからないけれど、少なくとも私の背筋を凍らせるには十分な返答だった。
「ちなみに園内にいる奴はあんたの真後ろにいる」
「っ!!」
反射的に視界が背中側に切り替わる。
が、もちろんそこには誰もいない。
いないように見える。
身をすくませる私の耳に、隣から僅かにおどけたような声。
「うっそー」
「…………」
真顔で、本当に要らないそんな茶目っ気を見せた彼を、私は全力で睨み付けた。
なんだろう、生まれて初めて自分の意思で他人に殺意を抱いたかもしれない。あの三○二号室で最大級の恐怖に見舞われたあのときと違って。
その上、その対象がすでに死んでいる人間だというのだから、なお始末に困る。ジレンマだ。
しかも嘘だと言われても、本当に嘘なのかも判断がつかない。
「もしもまた今回みたいな霊に出くわしたら、私はどうすれば……」
「どうすればも何も、死んだ人間のことなんて生きてる人間には関係ない。もう自身の生活空間にそれが現れるわけじゃないんだから、外で遭遇する分には視えないフリして全力で無視すればいい。スルースキルを全力で発揮しろ」
「あのお守りは……」
「もうねぇよ。っていうか、信用できないから捨てたんじゃないの?」
「だって、そりゃあ、知らない女の人の髪の毛なんか入ってるから……」
「中身見るか普通……」
「って言われましても、見たの私じゃないですし」
私が法草寺でのことを明かすと、彼は呆れたように深い溜め息を吐いた。
……いや、もう呼吸なんてしていないのだろうから、それはただの
「そういえば、法草寺で貰ったあのお札って、何の効果もないっていうことになるんでしょうか」
「全くないことはないけど、あのレベルの怨霊が相手だとほとんど効果はないな」
「あのお守りは……」
二度目の懇願にも、男の態度は素っ気なかった。
「JK霊能者の髪の毛にビビって明け渡しちまう最終判断を下したのはあんただろ」
「それはまぁ…………はい」
この場合、女子高生霊能者の髪だなんて知らなかった、なんていうのは言い訳にしかならないだろう。
あのお守りと、目の前のこの男の人を信じきれなかったのは確かなのだから。
「ま、基本的にはさっき言った通り、視えないフリして関わらないようにしてれば問題ないから」
にも関わらず、こうやって私の今後の身の振り方を提示してくれているところを見ると、思ったよりも心は広い人なのかもしれない。
改めて、今回は本当に信じられない体験をしたものだと思う。
夏になるとよくテレビ番組なんかで特集されているような世界が現実にあるということと、死者であるこの人が、同じく死者である同類を除霊しているという不思議な感覚に、閉口せざるを得ない。
「っていうか、不動産業者の曰く付き物件の告知義務って何なんですかね……」
母が言うには、あの部屋の契約時には何も告知されなかったという。
振り返ってみると、そもそもあれが原因なのだ。
あそこで不動産屋さんがきちんと伝えるべきことを伝えておいてくれれば、今回こんなことにはならなかった。
「あー、あれね、俺はあの部屋で起きた一連の事件を詳しくは知らないから何とも言えないけど、聞いた話では色々と抜け道みたいなのはあるらしいな」
「抜け道?」
「たとえば死人が発見されたのが部屋の中じゃなく、玄関外の共用通路だった場合は告知義務はないとか、告知義務があるのは死亡者が出た次に入居する契約者までで、そいつが部屋を引き払ってその次に入居しようとしてる人間には告知義務はないとか」
「…………」
っていうことは、その話を鵜呑みにするなら、私たちの前にあの部屋を生きて出ていった人がいるっていうことになる。
きっと、あの数々の怪奇現象に耐えられなくなって手遅れになる前に引き払ったんだろう。
そしてその次に入居することになった私たちには、あの部屋が曰く付きであることを告知する義務はなくなった、と。
なんて
そんな条件をつけてもその部屋が本当に安全がどうかなんてわからないのに……。
一体どういう理由からかは全然わからないけれど、その怠慢のせいで、今回背筋が凍る思いをするハメになったのだと思うと、本当にもう色々とやるせなくなってくる。
過去に犠牲になった女性たちの中にも、そこさえきちんとしてくれていれば死なずに済んだ人もいたかもしれないのに。
なんかもう色々とやるせなくなって、辺りにはどこか倦怠的な空気が漂い始めてきた。
そんなときだった。
「終わった?」
淀んだ空気を一蹴するかのような声が割って入ってきた。
声がしたほう、公園の入り口辺りに視線を振ると、私を待っている先輩の近くに一人の女の人が立っていた。
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