十八(1/2)
「じゃあ、あなたは、このアパートの大家さんに依頼されてやってきた霊能者、っていうことですか?」
幽霊なのに霊能者、というのも、なんだかちぐはぐな感じもするけれど、あの黒い悪霊を除霊した男人はそんなようなことを明かした。
すっかり陽の落ちた、いつものアパート前の公園だった。
この男の人と言葉を交わすのはこの場所だと、なんだかもう暗黙の了解で決まっているような感じだった。……別になにも意識してはいないんだけど、あの後、自然と足がここに向いたのだった。
そう、あの後。
この男の人が私の部屋で鎖を振るった後。
たぶんそこでやるべきことはすべて終えたのか、至極当然のように何も言わず三○二号室を後にしようとしたこのニート男を、私は引き留めた。
色々と説明と、後はお墨付きが欲しかったからだ。
あの部屋はもう安全なのだと。
「その代理ね。依頼を受けた当人はまだ女子高生だから、おれが代わりに来たわけ。ほら、学生の本分は勉強だろ?」
「まぁ、確かに」
周囲からは夕食時のささやかな団欒の気配と食事の芳しい香りが漂ってくる中、ここには私たちの囁くような話し声だけが互いの間を行き交っている。
「いや、だったらどうしてその人は霊能者なんてやってるんですか……」
こちらとしてはそのおかげで今回命拾いしたみたいなところがあるので強くは言えないけど。
「本人は趣味だとか言ってたな。
それはなんだか、妙に的を射た例えのように思えた。すごく腑に落ちる。
そしてもう一つ腑に落ちたものもあった。
「じゃあ、あのお守りに入っていた女の人の髪の毛は……」
「あぁ、うん、そいつのものだな」
あぁ、良かった。
ずっと疑問だったのだ。この男の人からもらったお守りにどうして女の人の毛髪が入っていたのか。
それがあの部屋で被害に遭った女の人のものでなくて、本当に良かった。
私の胸中にはずっとその恐怖心が燻っていたのだ。
でも、疑問や不満はまだまだ残っている。
「でも、あなたは私がここに越してくる前からここにいましたよね」
「? うん、まぁあんたが越してくる少し前くらいからかな」
「だったらもっと早く除霊しておくことはできなかったんですか?」
私がその疑問を指摘すると、男は少しだけばつの悪そうな顔を見せた。
「できなかったんだよ。怨霊っていうのは、特定の条件を満たさないと姿を見せないのがちょいちょいいるから」
「条件って?」
「今回のストーカーの場合は『怨霊の標的となり得る若い女があの部屋に入居する』ことかな。推測だけど。でもなかなか尻尾を掴ませてくれなかったから『生前にあの部屋に住んでいた女を殺害する』までのフェーズをあそこまで進めないといけないっていうのもあったかもしれない。……悪いな、あんなギリギリになって」
最後は素直に謝罪され、私は目を丸くした。これまでの印象として、彼がこんなに素直に謝る人間には思えなかったから。
「……いえ、結果的には助けてもらったんですから」
こちらがいくら礼を言っても足りないくらいだ。
「じゃあ、女の人たちの霊は?」
私には視ることができなかったけれど、先輩が言うにはあのとき、あの部屋には何人もの女の人の霊がいたらしい。
「あれはたぶん『ストーカーの霊がいなくなること』だと思う。元々あの男のストーカー行為に怯えさせられていた奴らだろうしな」
なるほど、と合点がいく。
「それじゃあ、私にはあなたのことが視えていたのに、先輩には視えていなかったのはどうしてなんですか?」
しかし私がこの質問を向けた途端、彼の態度はどこか素っ気ないものへと変貌した。
あまつさえ目を逸らして、
「……あんたとは偶然波長が遭ったんだろ」
と、どこか投げやりでぶっきらぼうなその答え方からは、本当のことを打ち明けていないようにも感じられた。
「だったら、途中から先輩にもあなたのことが視えていたのは?」
「波長っていうのは体調や精神状態で変化するものみたいだからな。そういうこともある」
公園内の、少し離れたところに先輩の姿はある。
けれど、部屋を出てから先輩にはめっきりこの男の人の姿が視えなくなったようで、戸惑いを露にしていた。
今も不審そうに、心配そうにこちらを見守るように注視してくれている。
波長というものが変化するものだとすれば納得はできる状況だ。
でも、だとしたら、私にずっと視えている理由は?
……まぁいいか。
たぶん、この手の疑問をぶつけても嘘か本当かわからないような答えを返されるだけのような気がする。
そして私には、その真偽を確かめる方法がない。
それでも、この世の陰に潜むモノの存在を知ってしまった中で、私は生きていかなければならない。
「ああいった霊って、この世にどれくらいいるんですか……?」
この十日ほどで私が体験したことは、思い出す度に震え上がる。二度とこんな目には遭いたくない。
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