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ぐるぐる変則的で三次元的な回転する漂流衛星の表面を歩く二人のマグネット・ブーツの足音だけが、スーツごしにヒロとヤンに聞こえる。
「こちら<ブルームスティック68>、状況を知らせてくれ」
とホセの声。
「少し手こずった。ヤンの献身的な手助けでどうにか目標に取り付いた」
とヒロ。
「ログ、こちら<ブルームスティック68>もうすぐ追いつく。線量、電磁波、各種有害物質をすべてチェックしてくれ」
「すでにチェック済み。線量、電磁波ともにEVA中から一切変化なし。有害物質そのものがこっちの手持ちのセンサーでは感知されていない。サーモも生命が生存可能な温度では反応なし。これから三発、、、、」
ヒロがただちにハッチをハンマーで三発叩いた。
全世界共通の電信通信のモールス信号以来のSOSもしくは救難シグナルだ。但しバクテリア程度の宇宙人に通用するかは不明。
理解するには数学的、数の概念が必須。
しばらく待って、ヤンが答える。
「反応なし」
「おい、有人用なのか」
「形状もしくは機能的にはそうらしい。気密用のハッチがある」
「ついでに言うなら、これ中国製だぜ」
ヤンがなぜか言及しなかったのでヒロが付け足した。
「これから、パスポートとビザなしで中国に入国する」
とヒロ。
「こちら<ブルームスティック68>、コピー。もう、そろそろミッションタイムをチェックしろよ。こっちの計算だとそっちの漂流衛星が地球の軌道を二週したところでこちらの<ブルームスティック68>とランデブーになる」
「こちらヒロ。ログ」
とヒロが返事をするとヤンがヒロの手を握った。
「無線の通話を<バックパッカー68>と<ブルームスティック68>のを切ってチェンネルを変えてくれ」
「いいよ、なんでだよ」
ヤンの返事がない。
「ヤン、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ」
「酸素を吸い過ぎたとか、二酸化炭素を少し混ぜて、、」
「そんなことはない」
「それより、このハッチ外から緊急用の手順で開放可能なのか?」
「ああ、可能だ」
いつも雄弁で正確なことしか言わないヤンの言葉数が少ない。
「開け方知ってるとか?」
「知ってる」
時速3万キロですっ飛ぶ小さな漂流衛星に立つヒロとヤンの二人の周りを地球と真空の宇宙と月と眩しすぎる太陽がぐるぐる回っている。
それと同時に無言と沈黙も二人の間をぐるぐる回っている。
これが宇宙空間なのだ。
「開けよう」
ヤンが言うとハッチの脇にしゃがみこんだ。。
ヒロも何も言わなかった。
ヤンは繁体文字で書かれたパネルを左手でぐっと押し、同時に浮き上がったきた取っ手を右手で回しだした。
後は、オートマティックだった。
勝手に取っ手が回っていく。
「下がってろ、気圧差で何が飛び出してくるか、わからないぞ」
ヒロがヤンに注意を
「大丈夫だ」
ハッチが開いた。
ハッチの裏側、漂流衛星内部に薄く漂着していた粒子が煙になり小さな氷が衛星外にパラパラと浮かび上がるようにゆっくり飛んだ。
衛星の回転運動の慣性運動だ。
中から、いずれにせよ、なにか出たということは、衛星内は完全な真空ではなかったということになる。
「中に入る」
「おい、ちょっと待てよ」
ヤンは真っ暗な衛星内に上半身を入れた。そしてスルスルっと衛星内に入っていく。いつもの真面目で慎重なヤンとは別人のようだ。
ヒロも続く。
ヒロは衛星内の暗さに目が慣れない。
宇宙空間は地球上のような一切の粒子がないため強烈に眩しいか真っ暗かどちらかだ。
中間がない。
若干衛星内の暗さに目が慣れてきたヒロが声を上げた。
「うわっ」
衛星内の反対側のシートに気密服を着た人間が座っていた。
メットのバイザーは閉じられ、黒い遮光用のバイザーが二重で掛かっている。
気密服といっても、
そして体型から判断して女性だ。
ヒロがヤンを探す。
「ヤン!」
ヤンは衛星内のパネルを調べたり、なにか操作しようとしていた。
「まだ電力がバッテリーに若干だが残ってる」
とヤン。
「嘘だろ」
ヤンがパネルをいくつか弄るとボンヤリした明るさが衛星内に戻った。
ヒロはシートに座った女性が気になって仕方がない。
女性のメットの正面バイザーになにか貼られてあること気づいた。
紙だ。
しかも、なにか書かれている。漢字?いや繁体字か?。
ヤンがつけた灯りで、文字が読めた。
『封神』
「神に
ヤンが言った。
「彼女は宇宙開発の為に人柱となり神になったのだ。いやされた。というほうが正解かな」
ヤンが続ける。
ヒロには答える言葉がない。
「宇宙開発が死屍累々なのは、ヒロも知っているだろう?それに、今の人類の科学力と工業力では宇宙開発は全くペイしない。大金をかけて開発することにのみ意味を見出す宗教だと呼んでも良い」
「そんな宇宙開発の大義はいい、それより彼女は志願してと言うか承諾したのか?」
ヒロが叫んだ。
「そういう問題ではない。中国には宇宙開発企業が既に二百社近くもある。こういった会社があっても不思議ではない。君たち日本、韓国のような儒教国家より一神教の国の生贄の思想に近いのかもしれない」
「中国での儒教の扱いは知らないが、中国の辺境であった韓国や日本の儒教思想は為政者によって歪められていて、、、」
「ヒロ、君と儒教について議論する気はないよ、僕も儒教にはあまり詳しくない」
間を置いてヤンが言った。
「それにもうあまり時間がない。EVAスーツのアーム・パネルを見ろ。実はお願いがあるんだ」
ヤンは更に間を置く。
「僕とこの神の封ぜられた、
「ヤン、君はこの女性と知り合いなのか?」
「婚約者だ。英語的に文法にしたがって言うと過去形のだったかな。実はこの漂流衛星をデブリとしてISSから発見したのも偶然ではない。ずっとトレースしていた」
「仏教の弔い方って」
「火葬だよ」
二人に短い沈黙があった。
ヒロは思わず
「それだけはやめてくれ」
ヤンの厳しい言葉が帰ってきてヒロは炎に触れたかのように手を縮めた。
「宇宙開発ならびに宇宙空間でのミッションの私的利用は一切禁じられている。こんな心中には協力できないと言ったら」
言い返すようにヒロが言った。
「残念ながら、さっきパネルで確認したがこの人工衛生には若干の電力と推進剤が残っている。こうするしかないな、、」
ヤンはそう言い終わるより先に、衛星のハッチ付近に居たヒロの胸を力強く押した。
それは決別の意を表明するかの如く力強かった。
虚をつかれたこともあったが、ヒロは咄嗟のことで反応できなかった。
ヒロは無重力の中、ハッチの縁にも引っかからずに衛星の外に変な円運動が付随したまま押し出されてしまった。
「ヤン!」
後ろに漂いながらヒロが叫んだが、漂流衛星のハッチはゆっくり閉じられた。
ヤンの声が小さくメットに響く。
「
「
ヒロも小さな声で返した。もしかしたらあの世でヤンに会えるかもしれない。
ヒロが最後に見たのは、衛星が地球に向かって直角に推進剤を一気に噴射するところだった。
あの大きさの衛星なら大気との摩擦で一気に燃え上がり残骸は残らないだろう。
**************
真空の宇宙空間に音声データの載った電波が走る。
「こちら<バックパッカー68>、<ブルーム・スティック64>応答せよ、どうぞ」
「こちら、<ブルームスティック68>主任のホセ・コスタナだ。デブリは処理したが事故発生。繰り替えす、クルーの生命に関わる重大な事故発生」
「こちら、コマンダー・ジェニングス。何があった?」
「無線では少し説明しにくい<バックパック64>戻り直接説明したい。ミッションタイムもギリギリだ。許可を得られたし、以上」
ジェニングスは深いため息をつくと答えた。
「了解」
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