Reset
棗颯介
リセット
【悪魔(あくま、英: The Devil、仏: Le Diable)は、タロットの大アルカナに属するカードの1枚】
【正位置の意味:裏切り、拘束、堕落、束縛、誘惑、悪循環、嗜虐的、破天荒、憎悪、嫉妬心、憎しみ、恨み、根に持つ、 憤怒、破滅】
【逆位置の意味:回復、覚醒、新たな出会い、リセット、生真面目】
「……幸先悪すぎだろ」
液晶に映し出された文字の羅列から目を背けるようにスマホの画面を切る。それはさながら運命から目を背ける往生際の悪い人間のようで。
生まれて初めてできた彼女とのデート当日に見つけてしまったそのカードが暗示する運命は、朝から俺を憂鬱な気分にさせるには十分すぎるものだった。
大学サークルの飲み会から一夜明けた今朝、酔いが若干残った頭で身支度をしていると、通学用の鞄の中に見覚えのない古びたカードを見つけた。占いには詳しくないが、それが世間でタロットカードと呼ばれるものだということは俺にもすぐ理解できたし、昨日はみんな飲み屋でいい具合に出来上がっていたから、誰かが間違って俺の鞄に入れてしまったのであろうことも容易に想像はできる。
「どうせならもっと縁起のいいカード入れてくれよな」
憂鬱な気分を振り払うかのように、俺はヘアバンドで前髪を上げ、冷たい水道水を顔に浴びせた。
***
「あ、———!」
「ごめん、待った?」
「いんや?あたしも今来たとこだからダイジョブよ~」
俺よりも先に待ち合わせ場所に到着していた彼女はそう言ってヘラヘラと笑う。しかし、いつ見ても服装がブレないな。今日も今日とて黒のレザージャケットに黒のミニスカート、耳や手首にはシルバーの装飾品がチャラチャラと。一見するとどこかのロックバンドのボーカルでもやっていそうな風体だが、彼女は歌手ではなくて———#$#%'$&"("$#"#"%%#"%')"(%))=&#$'$'&%$)=$&#$"#!
「———、どした~?」
「えっ?」
気付くと、目の前に彼女の顔が間近にあった。きめ細かく白い肌は至近距離で見ても美しい。たとえ化粧やメイクだったとしてもだ。
「いまボーっとしてたよー?」
「あ、あぁごめん、ちょっと考え事してた」
「はは~ん」
「なにその顔」
「ここからどうやってあたしをホテルに連れ込もうかっていう算段を立ててたのかにゃー?」
「は、はぁ!?昼間っから外で何言って……」
「にゃっはっは!」
彼女はあっけらかんとした顔で、大きな口を開けて無邪気に笑う。本当になんというか、ペースを掴みづらい人だ。まぁ、彼女のこういうところが、俺は気に入ったんだと思う。
「んで。これからどこ行く???」
「とりあえず、ショッピングモールとかどう?」
「ホテルじゃなくていいのかい?うりうり」
「もうそれはいいから」
「なっはは、んじゃ道案内よろしゅう」
そう言って彼女は俺に腕を絡ませてきた。自然、彼女の身体が俺に密着する形になる。その感触をなるべく意識しないよう、俺は高校時代に習った数学の因数分解の問題を頭の中で設定してその解答に集中することにした。だが感触とは別に彼女の良い香りが俺の鼻腔に漂ってきて、俺は早々に解答を放棄する羽目になる。
【悪魔】のカードの誘惑の暗示は、確かに当たっていたのかもしれない。でも、初めてのデートでそんな真似ができるような豪胆さはさすがの俺にもなかった。益体なしと思われてるのかもしれないけど。
***
「それでさ~、その友達、膝掛け取りに行きたいって言ってんのに周りのみんなが話しかけてくるからなかなか取りにいけなくってさ~。おかしくね?」
昼下がり。ショッピングモールのフードコートで小さなテーブルを囲む俺達は、数ある飲食店を吟味した末にいつも食べ慣れている大手のジャンクフードに舌鼓を打っていた。結局、普段から食べ慣れている物が一番美味しいんだ。美味しいから日常的に食べるわけだし。
「そういえば昨日大学のサークルの飲み会あったんだけどさ、どこかの誰かが間違って俺の鞄に古びたタロットカード入れちゃったらしいんだよね。俺も今朝起きて気付いたんだけど」
「タロット?占いで使うヤツ?」
「そうそう、しかもよりによってそのカードが【悪魔】とかいう暗示のカードらしくてさ。朝からテンション駄々下がったよね」
「ふ~ん、———ってさ」
こっちとしては笑い話のつもりだったのだが、思っていたより彼女のリアクションは芳しくなかった。
「そういう占いとか悪魔とか神様とか、信じる人?」
「俺?俺は信じないかな」
「どうして?」
「存在が確定してないから、かな?」
「じゃああたしたちが出会って付き合い始めたことも、そういう運命とか神様の力が働いてなかったと思う?」
「あー、それは確かに神様とか超常的な何かが働いてた気がするかも」
「都合いいな~。ところでさ~、———」
彼女が唐突に話題を変えた。
「初デート、楽しい?」
「当たり前じゃん、初めてできた彼女との初めてのデートなんだし」
「ふーん、そかそか」
彼女は満足げに笑みを浮かべる。彼女が喜んでくれていることが、俺も嬉しい。
「そういえば、そっちは今まで彼氏とかいたこと、あるの?」
「お?なになに~?ヤキモチかい?」
「べっ、別にそんなことないけど、参考までに?」
「そうだね~、じゃちょい耳貸して」
彼女に言われるがまま、俺は左耳を彼女の顔に向ける。
「…………ヒ・ミ・ツ♪」
「あ、ずっりぃ!」
「にゃはははっ!」
耳元で囁かれたその言葉に、正直胸が高鳴ったのは言うまでもない。
本当に小悪魔的というか、秘密が多い彼女だ。思えば付き合う前も———'$&"&$"='%(%(|)&($%"#$"#$#$$&'()"#$%|&#"%
「お~い、青年~?」
「えっ?」
「ソース、垂れてるよん?」
「え、おおっとと!」
「世話がかかるね~」
そう言って彼女は俺の手の甲に零れ落ちたソースを指で掬い、自分の口元に運ぶ。明らかにソースを舌で舐め切っているはずなのに、舐め終わった後も彼女はしばらく自分の指を艶めかしく舌先で弄んでいた。挑発するようにこちらを見ながら。
***
「いやー、買った買った」
「思ってたより荷物が多くなっちゃったね」
夕暮れ時。ショッピングモールを一日物色した俺達は、両手に沢山の紙袋を持って茜色に染まった道を歩いていた。彼女が買っていたのは今日着ているのとどこが違うのか分からないくらいよく似た、黒のレザーだのアクセサリーだのばかりだったけれど。
「しっかし、背中に穴が開いた服っていうのはやっぱりなかなかないもんだな~」
「ん?背中に穴?」
「あーいやこっちの話。それよりもさ、———」
彼女は徐に立ち止まり、そのまま前に進もうとしていた俺の片足に自分の足を軽く引っかけた。転ばない程度のその行為を止まれというサインだと俺は受け取り、お望み通り立ち止まって彼女を振り返った。
「この後……どうする?」
「え、あー、夕飯とか?昼はファストフードだったし夜はちょっと豪勢に―――」
「そうじゃなくて」
彼女は俺の言葉を遮り、自分の顔を無駄のない動きで俺の顔に寄せる。悪戯っぽく、それでいてどこかトロンとしたその目に、俺は彼女の女の部分を垣間見た気がした。
「あたし達、もう恋人だよ……?」
彼女が両手に持っていた荷物をその場に落とし、宙ぶらりんになったその手をゆっくりと俺の身体に這わせてくる。
「女に、恥かかせる気……?」
耳元で囁かれたその言葉で、俺の心が何かに奪われたような気がした。
一時停止。
「はい、そこまでですよ。Yさん」
「え、ちょっと、なんでアンタがいるわけ?」
「僕がここにいて悪いんですか?」
「悪いとかじゃなくてさ、いや悪いわ。今イイところなんだから」
「遊び半分で関係ない人間の記憶を改竄して堕落させるのは、さすがに少々目に余ります」
「えーだって面白いじゃん?いいじゃんあたし悪魔なんだし。悪魔なんて人を騙して唆して誘惑してなんぼでしょ?」
「ダメです。Yさんが例の駄女神とやらと好き勝手に過ごすのは結構ですが、限度があります」
「あーもうわかったわかった。この人間の記憶リセットしてMと一緒に大人しくしてりゃーいんでしょ?」
「あと、外で飲食をしたときゴミはきちんと持ち帰ってゴミ箱に捨ててください」
「は?何のこと?」
「返事は?」
「へーへー」
***
頭が痛い。昨日のサークルの飲み会で少し飲みすぎてしまったらしい。重い頭を右手で支えながら洗面台で顔を洗う。顔だけでは気分が晴れず、そのまま頭を洗面台に突っ込んで頭から蛇口の水をかけてみた。
「あー、なんかスッキリした気がする」
タオルで雑に頭を拭き、リビングに戻ってスマホの画面を起動させた。迷惑メールの件名や友人からのLINE通知とは別に、俺の中で目を引く文字の羅列があった。
「ん?今日って、○日じゃないのか?だって飲み会があったのは昨日の×日で……もしかして、俺二十四時間ぶっ通しで寝てたのか!?」
にわかには信じがたいが、文明の利器スマートフォンが嘘をついているとも思えない。記憶の糸を辿っても、やっぱり最後に覚えているのはサークルのみんなで行った飲み屋の光景だけだ。
「そんなに深酒したっけか俺……?ん、なんだこれ」
疑問に思いながら丸一日放置していたスマホの通知を処理していると、日付とは別に引っかかるものが液晶に映し出された。
それはネットで検索したらしいフリー百科事典のWebページだった。
【悪魔(あくま、英: The Devil、仏: Le Diable)は、タロットの大アルカナに属するカードの1枚】
「なんでこんなもの検索したんだ俺?」
酔っていたにしてももう少し縁起のいいワードを検索してくれ。
そう思いながら、俺はページのタブをスライドして消去した。
Reset 棗颯介 @rainaon
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