チャイルド・ビュー

こばや

子供だからこそ、成長できる事


 これは、とある会社へ向かう電車の中での出来事。


「ねぇねぇ、お姉さんのそれ、何?」

「ん?これの事?」

「そー!お母さんはつけてない!!」


 珍しく土曜日出勤をしていると、目の前に座っていた男の子から声を掛けられた。

 小さな体でちょこんと椅子に座る様から、この男の子は小学校に入ったばかりの子と推測した。

 その証拠に男の子に膝の上にはランドセルが置かれていた。

 そんな彼に私は目線を合わせるようにして腰を屈める。さいわい電車内は混み合っておらず、なんの抵抗もなく行えた。

「これはね、メガネって言うんだよ」

「メガネ?どうしてメガネつけてるの?」

「お姉さんね、少し目が悪いんだ。だからこのメガネで見やすくしてるの」

「そうなんだ〜」


 男の子の疑問に、私はなるべく分かりやすく短い言葉で答えていった。

 その甲斐あってか、男の子は私の言葉に納得したように大きく頷く。


 そんな時だった。

「じゃあ、お姉さんは可哀想だね」

 純粋な眼で、彼は私にそう告げたのは。

「か、可哀想……!?」

 突然の言葉に私は驚きを隠せなかった。

 少なくとも私が今まで生きてきて、出会ったばかりの人に『可哀想』と言われた事が無かったからだ。たとえ、どんなに小さな子供にでもだ。


 だからこそ、私は知りたくなってしまった。目の前の男の子がどうして私を『可哀想』と思ったのかを。

「ね、お姉さんにどうしてそう思ったのか教えてくれる?」

「え、だってそれをつけてないと見えないんだよね?それって可哀想だよ」

「あははははは〜なるほどそうきたか〜」

 私は笑いを抑えるのは出来なかった。決して男の子の発言をバカにしているわけではない。

 けれど、男の子にとって私は突然笑い出す変な人にしか見えていないだろう。

「……?どうして笑うの?」

 怯えたような目と、絞り出したかのような声がそれを物語っている。

 だから私は、今自分が思っている事をそのまま口に出すことにした。

「キミの新鮮な考え方に、お姉さん感動しちゃったんだよ」

 と。

「感動……?お姉さんの言ってる事よくわからないよ……」

「あーごめんごめん。一人で納得しちゃってた。えっとそうだなぁ……」


 確かに、よく知らない人が突然笑い出して『感動した』と言っても、私だってわけが分からない。

 理由が分からないうちには、特に。


 だからこそ、私は分かりやすい例えを必死に考えた。子供にも理解しやすい例えを。


 そしてそれは意外にも早く閃き、そのまま少年に問いかける事にした。

「キミはさ、一つと二つ、どっちがいい?」

「そんなの二つがいいに決まってるじゃん!いっぱいあった方が嬉しい!」

「そうだよね、うん。お姉さんもそう思う」


 よかった。この子が純粋な子で。



 私は心の底から安堵した。目の前の子が純粋である事に。そして、求めていた答えが返ってきた事に。

「でもそれがどうしたの?」

 少年は再び純粋な眼で私を見つめる。


 そんな純粋な子を心優しい子供にしてあげるのが大人の役目だと私は思っている。それが例え、赤の他人であってもだ。



「お姉さんはね、二つの世界が見えるの」

「二つの、世界?」

「一つはこうやってメガネ越しで見えるみんなと同じ世界。もう一つはメガネを外して見えるボヤけた世界」

 メガネの縁をカチリと弄りながら、私は穏やかな口調で自論を語った。


 私の話を真剣に聞いていた男の子の目は次第に変わっていった。

「なんか、カッコいいね!」

「でしょ?それでも可哀想って思う?」

「全然思わない!!」

「うんうん、物分かりのいい子でお姉さん嬉しいよ」

 初めこそ、可哀想なものを見る目だった少年は、今では尊敬の眼差しを私に向けている。

 そんな彼に私は満足気にはにかむ。


「あの、さっきはごめんなさい。可哀想なんて言って」

「いいのよ、だってキミはちゃんと理解してくれたじゃない。なら、それでいいの」

 自分の過ちを認めて、すぐに謝れる。誰にでも出来ることではないし、むしろ私はそれにこそ感動している。


「キミがそのまま純粋なまま成長してくれれば、それで」


 まもなくして、会社の最寄り駅に着き、私はそのまま電車を降りた。



 その後、その男の子がどうなったのかは私には知る術は無かったが、きっと素敵な大人に成長するのだろう。

 願わくば、人を正しい道へと導いてくれる大人へと───。



 そう思いながら、私は改札階段を登っていった。

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