第3話 

 「一体、どうなってんだ!何なんだよこれはッ……!」


 爆炎の連鎖が地面を―建物を―人を次々に飲み込んでゆくのが目に映る。

それはまるで、地獄の中心に迷い込んだ様な、ドス黒く歪な感覚だった。

 ――これじゃまるで……


 「――キャァァァッ……!」


 そう遠くないところで悲鳴が響き渡る。少しハスキーがかったと少女の声で。そのトーンからまだ幾分と幼いことが伺える。

 ……くそっ、最悪な事態だ。今は一刻も早くマヒルを探さなければならないのに。――考えている暇はなさそうだな。

 

 そうさ、こんな時マヒルならどうするか――考えるまでもなく分かりきっている。

 

 気づけば、俺は走っていた。声が聞こえた方角へ。時おり建物の残骸が体に伸し掛かってきそうになるが――避ける、避ける、避ける……

 そして、数百メートルほど全力疾走すると崩れかけた小屋の下で、俯いて泣いている少女を発見した。……この子だな、良かった間に合って。

 

 すると、少女の方も視線に気が付いたのか、体を一度ビクッと震わせながら、俺の方を見上げた。――瞬間、少女を守っていた小屋の天井が崩壊し、瓦礫がし彼女の頭上に降り注いだ。


「なっ?――危ない……ッ!」


 少女目掛けて全力で駆ける。くそっ頼む間に合ってくれ!


「――う……らぁぁぁッ……!」

 

 少女を抱きかかえるように掴み、そのまま進行方向前方にダイブ。直後、虚空を瓦礫の雨が貫いた。――正に間一髪だった。

 

 いてぇ。どうやら体を地面に擦り付けた反動で、腕が擦り傷まみれになっているらしい。そうだ、彼女は?……良かった無事のようだ。


  隣で倒れ込んでいる少女に目をやる。気絶しているが、外傷は擦り傷が見られるも、命に別状はなさそうだ。よくよく見ると、少女は不思議な衣服に身を包んでいた。  

 

 ライトブルーのレオタードスーツ、頭に装着している動物の耳を模したような不思議な髪飾りからは奇妙な電子音が流れている。背格好からして初等部の学生だろうか。にしては中々奇抜な服装をしている。おそらく地上の旅行者の子供だろう。地下の人間の恰好じゃないのはまず間違いない。まぁ、地上の人間にしてもちと前衛的な気がするが。

 

 ――にしてもこの女の子、何処かで見たような気がするのは……気のせいだろうか。


 「あっぶねぇ……なんとか助かったな。――って安堵している場合じゃねぇ!この子を起こさないと」

 

 少女の体を揺さぶると、閉じられた瞼がゆっくりと開いた。両目を二回ほど、ぱちくり瞬きさせると、あまり状況が飲み込めていないような様子で辺りを見渡した。無理もない。

 

 俺でさえまだ信じられないんだこの地獄のような状況が。とりあえず、この場所から離れたほうがいいのは間違いなさそうだけど。

 

 そうだ、ひとまず人が集まっている場所を探そう。もしかしたら、そこにマヒルがいるかもしれないしな。


 「なぁキミ、どこか痛むところはないか?……おっと、自己紹介がまだだったな。俺はケイト。キミの名前は?」


 「――ルミ……です。さっきは……ありがとう……ございました」


 「そっか、ルミ――ちゃんね。 一人で逃げてきたのか? お父さん、お母さんはどうしたんだ?」


 「……いないの」


 俺の質問に少女は悲痛な表情を浮かべると、顔を俯かせその場に座り込んだ。その様子を見て察してしまった俺は思わず頭を掻きむしる。くそっ、なんだってんだよこれは。


 「――そっか。……なぁ、ここは危険だ。安全はところまで逃げよう。立てるか?」


 掛ける言葉を見失った俺は、無理やり留美を立たせると、その手を引き走り出した。


      ――『…………フム。ここまでは……及第点……』——


 誰かが、ボソリと何かを呟く様な声が聞こえた気がしたが、俺の耳に届くことはなかった。


 走り出してから数分。俺たちは避難民が集まる大きな建物に到着した。老若男女いろんな人がそこにいたが、皆同様に苦悶の表情を浮かべていた。中には酷い怪我をした人もいたが、俺はなるべく目を合わせないようにした。


  ――一歩、間違えれば俺も同じ目に遭っていたかもしれない。


  思わずそんなことを考えそうになっていた。駄目だ。弱気になっている場合じゃない。今は俺一人じゃない。ルミちゃんだっているんだ。不安にさせる訳にはいかない。しっかりしろ俺。

 

 「ルミちゃん。ここなら安全だ。――ルミちゃん?あれ、おい何処行ったんだ?」

 

 彼女を安心させるために後ろに目をやると、先ほどまで俺の裾を掴んでいた少女の姿はそこにはなかった。もしかして家族を見つけたのだろうか。

 それならいい。少し心配だが、この建物から出ることはないだろう。それよりも俺にはするべきことがある。――マヒルの探索だ。


 (――何処にいるんだよマヒル。この建物の中にいると思っていたのにどうしていないんだよ……っ!)

 

 避難所で支給された携帯食料を少量持ち、俺は避難所を後にした。思いつく限りマヒルがいそうな場所は一つしかなかった。


 『アガルダ中央広場・大時計台前』。おそらく彼女はそこにいる。今も俺を待っているはずだ。


 俺は駆け出した。力の限り全力で。

 思えばこの決断が全ての始まりだったのかもしれない。 



 ***


 

 大時計台前への道のりは困難を極めた。地面はガラスや黒焦げになった木材など瓦礫で埋もれている。点在する建物からは火柱が立ち、辺りを波打つかの様に炎が広がっている。体が焼き爛れたり損傷した人々の悲鳴や呻き声が常に俺の耳を劈く。

 

 それは……とても先ほどまで祭りをしていた場所とは思えない程凄惨だった。

 まさに地獄絵図とも言える光景が俺の眼前に広がっていた。


 「――なんだよ……これ。ふざけんなよ!どうしてこんなことになってるんだよ!」


 遂に堪えきれなくなった俺は大声で叫んだ。そうでもしないと精神を保っていられる自信がなかった。間違いなく俺の心は疲弊していた。


 「マヒル。頼むから無事でいてくれ……!」

 

 

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渇望のアニムス ガミル @gami-syo

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