第2話 

 「すっごーい!もう結構、人集まってるね」

 

 広場に近づくにつれ、マヒルはボルテージが上がったのか、腕をブンブン振り回して雄たけびを上げている。全く相変わらずリアクションが大袈裟な奴だ。一緒に歩いている俺の身にもなれって言いたいところだが、まぁいいか、今日ぐらいは。それよりも、俺には優先すべきことがある。

 

  「あのさマヒル。ちょっと寄りたいところあるから、先行っててくれないか?すぐ戻ってくるからさ」

 

  「うん、どしたの?……あ、もしかしてお腹壊した?やれやれ食べ過ぎるからだよー?」


  「……どの口がいうか。そうじゃなくて、ちょっと見たいものがあったんだよ」


  こんなにも、「お前にだけは言われたくない」って台詞、他にあるだろうか。いやないな。ていうかむしろ俺はお前の胃袋の方が心配なんだが。


  「見たいもの?珍しいね、物欲が極端に薄いことで有名なケイちゃんが何か欲しがるなんてさ。何?誰かにプレゼントでも上げたりするの?――あっもしかして」


  「あー……あれだ。母さんに頼まれたんだよ。饅頭焼きと芋ぼうろ買ってきてくれってな。ほんと、めんどくさい話だよな、うん」


  マヒルの話を掻き消す様に早口で喋る。だって仕方ないだろ?その先の言葉を聞いてしまったら、きっと俺は立ち止まってしまうから。――にしても、誤魔化すの下手だよなぁ俺。


  「――ふーん。なんだよ、てっきりケイちゃんにカワイイ彼女さんでも出来たのかなと思ったのに。くぅ、わたしのワクワクを返せ!」


  思わず、お前にだよ!って叫びそうになる衝動を抑え、ポカポカと俺の胸を叩くマヒルを「はいはい」と軽くあしらう。

 

 「――んじゃ、また後でな。なるべく表彰式には間に合うようにするから」


 「全くしょうがないなぁ。わたしの華麗な表彰台への登上を見れなくて後で吠えずらかくなよー」


 「何言ってんのか全くわかんねーけど、とりあえずむかつくから必ず間に合わせてやる!」


  お互いに捨て台詞を吐いてその場を後にする。ま、俺達らしいっちゃ俺達らしいか。

 ……さぁて、探さないとな、プレゼント。だけど本命はそこじゃない。


  彼女は――マヒルはおそらく『昇格者』に選ばれるだろう。だからその前には勝負を付けたいところだ。


 ――俺、ケイト・ナユタは今日、マヒル・キリズハに告白する。……どんな結果になろうと後悔だけはしないために。




***




 目当ての物を見つけるために、俺は大通りを駆け巡っていた。時計の短針はもうすぐ10を差そうとしている。時間がないな。だが、さっきあいつと歩いていた時にある程度目星は付けている。

 

 確か串焼きの店の前の道を右に曲がって、その正面だったはずだ……ほらあった。うん?誰かいるな?……マズイぞ、『アレ』は確か一点物だったはず。俺が買いたかったものを買われてしまったら一巻の終わりだ。急がなくては!


 更に接近すると、その人物のシルエットが明らかになっていった。どうやら自分とそう年の離れていない少女のようだ。どうやら淡い水色の浴衣を着ているようだ。髪はイルカの髪留めでサイドポニーに括っている。あれ?なんかどっかで見た様な後ろ姿だぞ……?

 

 俺が訝しんでいると、その視線が背中越しに分かったのか、その少女は俺の方を振り返った。


 「あれー!?ケイトじゃん。どうしたのさこんなところで」


  「やっぱりチヅハか。浴衣着てるから一瞬分からなかったぞ」

 

 サイドポニーの浴衣少女――チヅハ・クナンは、無邪気な笑顔を浮かべたまま俺を指さす。なんだかなー。これで俺より一歳年上ってんだから世の中は不思議だ。


 ちなみに彼女は、俺の母親の姉の娘――つまり俺のいとこだったりもする。

兄弟のいない俺にとっては、姉みたいなものなんだが、彼女のその性格も相まって、時折実は妹なんじゃないかと疑うこともある。悲しいことに。


 「……それで。チヅハはなんでここに?なんか欲しいものでもあったのか?」

 

 「それ、先にあたしが聞いたんだけど。まぁいいか。あたしは、ただ見てただけだよ。……でもアンタがここに来るってことはさ、もしかして好きな子でもできた?――あ、分かった、マヒルちゃんでしょ」


  くぅ、こういう時に限って鋭いんだよなぁ、チヅハ。いや俺が分かりやすいだけか。しょうがない、あまり気が乗らないが正直に白状しよう。


 「……そうだよ。マヒルのやつ買いに来たんだ。――もう会えないかもしれないからな」


  「ふーん、あっそ。――意地でも『好き』だとは言わないんだ。まぁいいけどね。……あーあ、折角お姉さんがマヒルちゃんが欲しがりそうなやつ教えてあげようと思ったのになー。素直じゃない奴には教えらんないなー」


 底意地が悪そうな顔で俺を上目遣いで見つめるチヅハ。ちくしょう、なんて女だ。そんなこと言われたら、答えざるを得ないじゃねぇか!


 「――が好きだ」

 「んー?聞こえないぞー?」

 「マヒルが好きだってんだよ!これで文句ないだろ!?」


 くそっ、思わず叫んでしまった。通行人の視線が俺に集まる。――最悪だ。


 「あっはっは、よろしいよろしい。んじゃこのチヅ姉さまが恋に迷える子羊君に必勝を授けようっ!」


 俺が恥ずかしさのあまり手で顔を覆っているのを尻目に、チヅハは腰に手を当てながら一しきり高笑いした後、店先に置いてあった髪飾りを一つ俺の掌に置いた。


 ――美しい蝶の飾りが付いた翡翠色の髪飾り。俺が目を付けていたものだ。


 「……これ、俺が買おうと思っていたやつだ」


 「へぇ。以外にセンスいいじゃん。あの子にはこの色が映えるからね。……それじゃケイト、上手くやりなよ。成功するよう半分くらい祈っててあげるから」


 そう言うと、チヅハは踵を返して去っていった。結局あいつは何でここにいたんだろう。後、余計なお世話だ。


 無事買い物終えた俺は、髪飾りが包まれた袋を、その形が歪まないよう慎重にズボンの右ポケットにしまった。渡す直前までマヒルにバレる訳にはいかないため、隠すのも大変だ。


 時計の針はもうすぐ30を差そうとしている。マズイ、『表彰式』が始まってしまう。急がなければ――


 俺が、走り出そうとした瞬間。突然、都市の天井部が真っ赤に染まったかと思うと、程なくして辺りに轟音が鳴り響いた。――そして街は爆炎に包まれた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る