最終話 未練がましい敗者ほど哀れなものはない

「正直に言わせてもらうと、なんで今までこの手を誰も思いつかなかったのか、不思議なぐらいだ」

 植民惑星から自治領に昇格させられたエンデラは、バララト本国からの支援を大幅削減された上、外交軍事以外は自力でなんとかしなくてはならない――というのは、あくまでエンデラの住民ならではの解釈だ。

 自治領昇格の意義はむしろ、外交軍事以外は自分たちで全て決めて良い、裁量の拡大を認められた点にある。

 これまでバララト本国の支援に頼りきり――というよりたかり続けてきたエンデラの住民にとって、自治領昇格とはなんの旨味もない嫌がらせ以外の何ものでもなかった。エンデラに来てまだ日が浅いソリオだからこそ、本来の意義に思い至ることが出来たというべきか。

「あんた方だけじゃなくタヴァネズ総督まで、俺に言われるまで思いもよらなかったって顔してたからな」

 ソリオがナラの農場から逃げ出したのは、正規ルートを使ってローベンダール相手に取引するという提案を、ゲンプシーやタヴァネズに説いて回るためであった。突拍子もない提案を呑ませるには、直接相手の目を見ながらに限る――それは数々の女性を口説いてきたソリオが、身をもって体得した経験則だ。

「一回当たりの利ざやが減るのは仕方がない。でもその代わりにいつポシャるかわからない密貿易と比べれば、はるかに安定した収入を得られる。十年二十年先の見通しが立てば、そいつを担保に農場を広げるための金や人も調達出来るだろう」

 ソリオは未だ不信が拭えないエムデバにそう力説すると、今度はゲンプシーに向けて手を伸ばした。

「ゲンプシー商会だってローベンダールと表立って取引が出来るなら、今まで以上に事業を拡大出来る。例えば今までエンデラの住民相手しか買い手がなかったカエンムギも、正規ルートならローベンダールに正々堂々と売ることが出来る」

 ゲンプシーがカエンムギの買取額を割り増したのは、ローベンダールに売り込む算段が立ったからである。バララト国内のカエンムギ市場に新規参入はかなわずとも、これまで培ってきた彼のコネを使えば、ローベンダールに新たにカエンムギを卸すことは難しいことではなかった。

「それにローベンダール相手の正規取引が増えれば、総督府も宇宙港の使用料収入が桁違いに増えて、ぼろぼろの軌道エレベーター塔もメンテナンス出来る。そりゃ本国からは目をつけられるだろうが、軌道エレベーター塔が使えなくなるよかまし・・さ。法的には問題ないんだから、堂々としてりゃいい」 

「何から何までいいことずくめで、かえってペテン師の言い草にしか思えねえな」

 ベープの水蒸気煙を吐き出しながら、エムデバの目には未だソリオを胡散臭いものでも見るような表情が浮かんでいる。だがその口調は、先ほどまでの不信に満ちたものではなかった。

 本音ではソリオの言い分に納得したい。だがそこに至る、最後のひと押しを望んでいる。エムデバのそんな心情を見透かして、ソリオはむしろその想いに頷いてみせた。

「ここの住民は皆が非合法な生業で食ってきたから、そう聞こえるのも無理はない。でもまあ、俺の言うことは要するに――」

 そこでソリオはひと呼吸置いて、やや芝居がかった仕草でエムデバと、次いでゲンプシーの顔を、順に見比べた。

「そろそろ堅気になろうぜってことさ。自治領になっちまったからには、これからは非合法なやり方こそ割に合わない。エムデバの爺さん、ゲンプシー会長、それにタヴァネズ総督が率先すれば、ほかの連中も渋々でもついてくるだろう」

 ソリオの長口上を聞き終えて、エムデバはなおも難しい顔でベープを燻らせていたが、やがてその目は正面に座るゲンプシーに向けられた。

「おい、ゲンプシー。俺はこいつの口車に乗っちまっていいのか。言ってることは理に適っている気もするが、どうにも信用しきれねえ」

 するとゲンプシーは額にハンカチを当てながら、深々と首を縦に振った。

「それは私も同じだ。だがほかの手も思いつかん。このままだとお前たちの農園も私の事業も、遠からず破綻する」

 そんなに信用されないようなことをしてきたかと、ソリオはこれまでの己の所業を振り返ってみて、確かに信用されないのもやむなしと納得する。だがそんなエムデバとゲンプシーだからこそ、この取引のメリットデメリットをとことんまで推し量ることが出来るはずだ。

 そしてちっぽけな星とはいえ、曲りなりにもエンデラの実力者を張るふたりだから、判断を誤ることもないだろう。

 やがてふたりが取引に合意するのにそれほどの時間を要しなかったところまで、ソリオにはまったくの読み通りであった。


 ◆◆◆


「そういうわけだ、ナラ。七掛けは厳しいだろうが、カエンムギの分も合わせれば、なんとか畑を続けるこたあ出来るだろう」

 エムデバの屋敷に呼び出されたナラは、その場にソリオがいることにまず驚き、次いでエムデバから切り出された話を聞いてさらに驚愕していた。

 それはナラと共に現れたマッカーナも、また同じであった。

「こそこそと逃げ出したかと思ったら、そんな絵図を仕掛けてやがったのか」

 悔しげに歯噛みするマッカーナに、ソリオは待ちに待ったと言わんばかりに勝ち誇ってみせる。

「俺には俺の、得意分野ってもんがあるんだよ。さてさて、俺とあんたでどっちに軍配が上がるかな?」

 これまで以上に赤鼻に皺を寄せるマッカーナと、己のこめかみを指先で突きながら挑発するソリオ。

 ふたりの睨み合いを見て、エムデバが口を挟む。

「なんだ、お前らのどっちが上かって? そんなもん決まってるだろう」

 そう言ってエムデバがナラを振り返る。するとナラは当たり前のようにマッカーナの手首を掴み、その手を持ち上げてみせた。

「それはもう、マッカーナの圧勝さ!」

「えええええ!」

 ソリオが大口を開けて、抗議とも悲鳴ともつかない声を上げる。マッカーナは最初戸惑ったような表情で、だが絶望に染まるソリオの顔を目にして、今度は彼が勝ち誇る番であった。

「どうやらそういうことらしい。残念だったな」

「いやいやいや、待ってくれよ、爺さん!」

 判定に納得のいかないソリオは、エムデバに食ってかかった。

「俺が今回の取引を思いつかなかったら、この農園はどん詰まりだったんだぜ!」

「お前は頭ん中で考えただけだろうが。農作業するのは俺たちだし、商品を売り捌くのはゲンプシー商会だ。どっちが上かなんて、ガキでもわかる」

 にべもないエムデバに、ソリオは今度こそ情けない顔で、だがなおも食い下がる。

「いや、でも、これってエンデラを立て直す、結構画期的な……」

「ぐだぐだうるせえ野郎だな。お前みたいな面と口先だけの男が、ナラの面倒見れるわけねだろうが」

「……ナラの面倒?」

 肩を落としかけたソリオは、エムデバの最後の台詞に引っ掛かって、その言葉を繰り返した。それはどうやらマッカーナも同様で、眉をひそめてエムデバの顔を見返している。

 するとエムデバは太い腕を腰に当て、しばらくふたりの顔を見比べて後におもむろに告げた。

「お前らの働きぶりをゲンプシーに報告云々言ったのは、ありゃお前らに発破をかけるための方便だ」

 唖然とするソリオとマッカーナを見て、エムデバがにやりと笑みを浮かべる。

「俺は今回ゲンプシーに、ナラの婿になれそうな男を何人か寄越せ、と頼んだんだよ」

「む、婿?」

「そこで来たのがお前らだ。ふたりの内、ナラと一緒にやっていけるのはどっちかなんて、聞くまでもねえだろう」

 エムデバが言い終えると同時に、ソリオの耳にくつくつという忍び笑いが飛び込む。振り返ると声の主は、ちょび髭を手元で隠しながら腹を抱えるゲンプシーであった。

 つまりゲンプシーはナラの婿選びという目的を隠して、ソリオたちをこの農園に送り込んだのだ。これがゲンプシーの意趣返しだとしたら、ソリオはまんまと彼の思惑通りに踊らされ、必要以上に奔走させられたことになる。

「……そうかあ、そういうことなら仕方ないな、うん」

 ゲンプシーにしてやられてしまったとしても、ソリオはこの場でそう言うしかなかった。

 なぜなら彼の目の前では、未だ状況が呑み込みきれないマッカーナが、表情を固まらせていたままだったからだ。

「わかった、ここは俺の負けだ。敗者は潔く引き下がるとしよう」

「いや、え、え?」

「マッカーナ、ナラ、ふたりともお幸せにな」

 いつの間にかマッカーナの右手に両腕を絡ませていたナラが、感心したようにソリオを見返す。

「意外と男らしいこと言うじゃない。その態度に免じて、式には呼んでやるよ」

「楽しみにしてるぜ。そのときには存分に祝福させてくれ」

 心持ち残念そうに眉根を下げてみせながら、ソリオはことさらさりげなくゲンプシーに声をかける。

「さあ、ゲンプシー会長。取引も無事成立したことだし、我々はそろそろお暇しましょう。若いふたりを呼び立てて、いつまでも邪魔するのは野暮ってもんです」

 なおも笑いを堪えるゲンプシーが、促されるままにのそりと立ち上がった。その後に当然のようにソリオが続く。

 ふたりの後ろ姿を見送るマッカーナは、果たしてどんな表情を浮かべているのだろう。きっとナラとの新しい生活を前にして、幸せに満ちた顔をしているに違いない。だから背後を振り返ろうとは思わない。未練がましい敗者ほど、哀れなものはないからだ。

 もしかしたらエムデバとナラに挟まれたマッカーナが、引き攣った泣き笑いを浮かべているかもしれない、などということはあるはずもない。

 そう思い込むことに決めて、ソリオはそそくさと――ともすれば早足駆け足になりそうな足取りを辛うじて取り繕いながら、農園を後にする。

 二度とこんなところに来るものかという決意を胸に秘めながらであることは、言うまでもない。


(了)

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