第6話 よう、爺さん その節は迷惑かけたね

 龍爪草タツメグサの一番葉が詰まった袋を荷台に積み込んで、トビーとデミルの車が走り去っていく。その後ろ姿が遠くに小さくなるまで見届けてから、ナラは自らの農場へとひとり引き返した。

 残った葉の選別は、今日中には済ませておきたい。それが終わったら今度は二番葉の摘み取りが待っている。二番葉は機械摘みだから一番葉に比べれば楽だし、マッカーナはおそらく機械の扱いも心得ているだろうから、任せてしまっても良いかもしれない。

 それにしてもマッカーナに比べて、ソリオという男にはがっかりだ。見た目はいいから最初は惑わされたが、いざ農作業をやらせてみたらマッカーナに勝るところがひとつもない。デミルの前ではいるだけまし・・とは言ったものの、実際のところは足を引っ張ってくれるなという程度である。

 エムデバの手配だから大目に見てるが、そうでなければとっくにお払い箱にしている。人は見かけで判断するものではないと、いい勉強になったと思うしかないのだろう。そんなことを考えながら家屋の前まで戻ると、庭先にいるのは選別作業に勤しむマッカーナただひとりであった。

「あれ、ソリオは?」

 首を傾げるナラに、マッカーナが訝しげな顔を上げる。

「何言ってんだ。あの野郎が、積み込みぐらいはてめえひとりで十分とかほざくから、俺だけ先に帰ったんだろう。あんたと一緒だったんじゃねえのか」

 ソリオが殊勝にもそんなことを申し出るから、ナラも効率を考えてマッカーナを先に選別作業へと戻らせたのは、その通りだ。

「でも、積み込みが終わってから姿が見えないし。私がデミルと話し込んでる内にてっきり戻ったのかと」

「ここには来てねえぞ」

 そんな馬鹿な、とナラは背後を振り返る。だが目に入るのは、間もなく傾こうという陽の光を浴びて、青々と繁る龍爪草タツメグサばかり。ソリオどころか、人っ子ひとり見当たらない。

「逃げたな」

 赤鼻に皺を寄せたマッカーナが、顎を擦りながらぼそりと呟いた言葉に、ナラは驚いて目を丸くする。

「まさか――」

「車の荷台にでも潜り込んだんじゃねえか。一番葉が詰まった袋なんて、どんなに積み込んだとしても、人ひとり隠れる隙間ぐらいこじ開けられるだろう。あの野郎が自分から仕事しますとか、道理でおかしいと思ったぜ」

 ぽかんと口を開けて呆然としたままのナラに比べて、マッカーナの唇はむしろ端が上がり、押し殺したような笑い声を漏らしていた。

「こんなことして本当に逃げ切れると思ってるのか。ゲンプシー会長の顔にも泥を塗るような真似して、いよいよあの野郎も身の破滅だな」


 ◆◆◆


 農園を仕切るエムデバの屋敷をゲンプシーが訪れたのは、ソリオが姿をくらましてから一週間後のことである。予告無しの訪問をエムデバは不審がったが、ゲンプシーの背後に見覚えのある顔を見つけると、その表情は途端に不快げに歪んだ。

「お前、トンズラこいておきながら、よくまたここに顔を出せたもんだな」

「よう、爺さん。その節は迷惑かけたね」

 ゲンプシーの一歩後ろに立つのは、ぱりっとしたスーツに身を包み、見るからに爽やかな笑顔を浮かべるソリオであった。その態度があまりにも臆面がないので、エムデバはこめかみに青筋を浮かべて腕まくりを始める。

 するとソリオは慌てて両掌を見せて、押し止めるような仕草を取った。

「待った、待った。爺さんが怒るのは無理もないけど、まずはその前に、ゲンプシー会長の話を聞いてくれよ」

「話だと?」

 聞く耳持たぬと言わんばかりにソリオの胸倉を掴み上げていた手を止めて、エムデバはゲンプシーの顔を見返した。恰幅の良いゲンプシーには農園の暑気は堪えるらしく、手にしたハンカチで額に浮いた汗をしきりに拭っている。常なら無駄に大物ぶった余裕を湛えたちょび髭面が、今日はどことなく仏頂面だ。

「今さらなんの話があるってんだ。まさか考えを改めて、龍爪草タツメグサの買い取りを続ける気にでもなったってんなら……」

「そのまさかだ」

 ちょび髭の下から放たれた台詞は、巨漢の老農夫を驚かせるのに十分だった。

 エムデバはソリオとゲンプシーの顔を何度か見比べてから、やがてソリオごと片腕をぶんと振り回した。そのまま勢いよく地面に放り出されたソリオに目もくれず、エムデバの巨体が踵を返す。

「入れ。続きは中で聞く」

 エムデバはさすが農園の顔役だけあって、彼の屋敷は造りも相応に立派だ。ゲンプシーとソリオが通された応接室も、総督の執務室の倍はありそうな広さである。ふたりがけのソファに、ゲンプシーが重たげな身体を埋める。続いてソリオが腰を下ろそうとすると、「お前は座るな。そこで立ってろ」とエムデバに睨まれて、やむなく所在なげに立ち尽くす。

龍爪草タツメグサの買い取り縮小を思い直してくれるというなら、俺たちにとっちゃ朗報だ。だがゲンプシー、お前の事情は俺も承知しているつもりだぜ」

 一人掛けのソファにどっかと巨体を下ろしたエムデバは、ベープ管を咥えながらゲンプシーの顔に鋭い目つきを向けた。

「廃鉱のシャトル発着場は、あの龍追い人ドラゴン・チェイサーに吹っ飛ばされちまった。シャトル無しでどうやって龍爪草タツメグサを運ぶつもりだ」

「輸送手段には、目処がついた」

 エムデバの当然の問いかけに、ゲンプシーはなぜか忌々しげな表情ながら、短い言葉で言い切った。その断定口調にエムデバは再び目を見開いて、半開きになった口からも白い煙が漏れる。

 その手段について尋ねようと口を開きかけたエムデバに、ゲンプシーのだみ声が先んじた。

「ただし買い取り価格はそのままというわけにはいかん。龍爪草タツメグサは以前の七掛け、それであれば全て買い取らせてもらおう」

「七掛けだと」

 ゲンプシーが提示した買値に、エムデバが顔をしかめる。従来に比べれば随分な買い叩きだ。だがゲンプシーが提示する条件には続きがあった。

「もちろんそれだけとは言わん。代わりにカエンムギは、二割増しで買おう」

「カエンムギは二割増し……」

 エムデバが唸りながら、そのまま黙り込む。ゲンプシーも彼の決断を急かそうとはしない。しばしの沈黙をやがて打ち破ったのは、ふたりの傍らで退屈そうに佇んでいたソリオの声であった。

「爺さん、ゲンプシー商会もこれで結構譲歩してるんだ。断る手はないぜ」

 赤毛頭を右手で掻きながら見下ろしてくるソリオに、エムデバがどすの利いた声を返した。

「うるせえぞ、トンズラ野郎。なんでてめえにそんなことがわかる」

「そりゃ、会長に今回の取引を提案したのは、この俺だからさ」

 人差し指でこめかみを叩きながら、ソリオが自慢げな笑みを浮かべる。対照的にゲンプシーの顔がむすりとしているのは、ソリオの提案を承諾せざるを得なかったことに納得がいってないのだろう。

「さっき爺さんも驚いていた、輸送手段ね。あれはつまり、軌道エレベーターから宇宙港を経由して、正規のルートで運び出すだけさ」

「正規ルートだあ?」

 ソリオの言葉に、エムデバが三度目を丸くする。

「宇宙港の使用料が馬鹿にならないから、どうしても龍爪草タツメグサの買値は落とすしかないんだよ」

「待て。じゃあ売り捌く相手はローベンダールじゃねえのか。ゲンプシー、お前、バララト国内にそんな伝手があったのか」

「いや、売り先は今までと変わらずローベンダールだ」

 ゲンプシーの回答に、エムデバは意味がわからないというように太い首を振る。

「正規ルートでローベンダールと取引とか、お前ら頭が湧いてるのか。そんなことしたらバララト本国に取り締まられるだけ――」

「それが問題ないんだよ、爺さん」

 そう言うとソリオは顔の前に人差し指を一本立てて、白い歯を覗かせてみせた。

「俺たちはバララト本国にお伺いを立てることなく、自由に他国と交易出来る。なにしろエンデラは植民惑星じゃない、自治領なんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る