第九話  〜目覚め〜


チチチ………。


微かに聞こえる小鳥の囀り。

その音に釣られるように意識がふんわりと起き上がり瞼を押し上げる。

シパシパと目を瞬かせ完全に覚醒しきれない脳を動かし、辺りを見渡す。

左を見れば空白、右を見ても空白。

一人取り残された空間で、まともに働いてない脳はゆっくりと思考停止していき再び瞼を閉じようとしたが…。


「リナー?そろそろ起きないと」


ガバっと開かれるテントの戸。

一気に差し込む眩しい光が真ん中で寝ていた私の顔に見事なまでに直撃する。

思わず顔を顰め光から逃れようと身体を俯せにするが、私を起こしに来た張本人はそれを許すはずもなく。


「だから寝ないの。もう日は上りきってるよ」


やれやれとでも言いたげに近付き、身体を揺さぶられる。

それも結構激しく。


「うぐ…、わ、わかったわかったから…強い…!」


ガクガクと容赦無く身体を揺すぶられ嫌でも意識ははっきりしていく。私の言葉を聞き、起きたことを確認できたからかピタリと揺すぶる手は止まり離れていった。


「レンがご飯作ってくれてるからそれを食べて出発しようか。…髪、結ぶの大変そうだね。手伝おうか?」

「いや、大丈夫だ。何年この髪に付き合ってると思ってる。おかげで特技が髪を結うことになってしまったくらいさ」

「ふふ、女の子らしくて良いと思うよ」

「褒め言葉として受け取っておくよ…。だが…そうだな…。もし手伝うと言うなら髪を梳かしてくれないか?流石にここまで長いとな…」

「良いの?えーと…何だっけ…髪は女の命…とか言うらしいけど。リナだってそこまで伸ばしてるってことは思入れとかある…とか。まぁ、やって欲しいならやらせて頂くけどね」

「思入れか…さてな、だが…最初は邪魔だったし面倒だったが、次第と髪を結う事が私の安心する作業…のようなものになっていってな。下ろした時の自分と結った後の自分。何というのだろう…気持ちの違いがあるんだ。……と、今更だが紐はあるのに櫛はあっちに置いてきてしまったな。すまないが取りに行ってくる」

「良いよ気にしなくて、むしろ君が気にしないなら君のテントまでついて行ってそこで梳かしてあげるよ」

「ありがとう、そうしてくれ」


ふぁ…と欠伸を溢し両手を上に伸ばしたら幾分目が冴えて来た気がする。


「テントは後で回収するからそのまま出ておいで、準備とかあるだろうし焦らなくてもいいから、僕は外で待ってるよ。あぁ…でも。二度寝は駄目だよ?」


目を細めて笑い、そう言い残してテントを出て行くシャル。


(準備も何も…服はそのままだしな…。新しい街で何か…違う服を見繕うか…デザインはシンプルだが上品な素材な分目立ちやすいし動きにくい…)


己の今の服装を見て、決意した。

先を考えるのならもう少し動きやすく、尚且目立たないものを買おうと。

それに…。


(…しょっぴんぐ…というのも思ったら初めてできることだからな)


村にいた頃、村を出た時。

そして今。

状況は圧倒的に変わってる。頼れる人が側にいる。

それがどれだけ心の余裕になるのか…。

身にしみて分かった。

私は頬を軽く叩き気合を入れ紙紐を手にしてテントを潜る。

シャルは言った通りにテントのすぐ横で待っており私が出てきたことを確認したらニッコリと笑い手を振りながらこちらへ近づく。

少し目を外せばせっせとご飯を作るレンの姿が。

昨日の焚き火跡を再利用し調理しているらしい。

私に一目見たあと、何かを考えるようにし、すぐにまた目線をこちらへ戻しながらシャルと同じ様に軽く手を振りすぐに調理に戻る。


「さ、行こうか」


私がレンへと目を向けてるとそう声かけられシャルへと目を移す。


「そうだなこのままだと先にレンのご飯が先にできてしまいそうだ」

「確かに、待たせちゃいけないね。手っ取り早くやろうか」

「頼む」


自分の本来の寝床であったテントは昨日と何も変わらず捜し物もすぐに見つかった。


「リナも今度荷物を入れれる魔品を使うと良いよ。結構便利だし、使う時に取り出したい物を思い描くだけで取り出せるから」


物によってはいい値段しちゃうけどね、と言いながら私の手からヒョイと櫛を抜き去り、座って…と一言告げる。

言われた通りに私は膝を折り正座の形でシャルに背を向けた。

シャルは壊れ物を扱うかのようにそっと優しく触れ、指の間に髪を絡ませ梳く。


「…手入れされてるね、綺麗だ」


真っ直ぐな褒め言葉に身体が少し気恥ずかしくむず痒くなるのを感じた。

そんな私には気付いてないのかシャルは髪を少し持ち上げながら櫛を使う。


「これだったらあまり時間掛からないかもね」


手際良くするすると髪を梳かしていく。


「随分慣れてるんだな、もしかして彼女でもいたのか」


ほんの少しの悪戯心で茶化すように言えばシャルはクスクスと笑い、違うよと漏らす。


「そんなんじゃない、ただ髪の長い女性が身近にいて、ついで感覚でこうして髪を梳かす事がたまにあっただけ。そうだなぁ…例えば姉とかね」

「姉がいるのか」


正直彼等の兄弟は二人だけかと思っていたがそうでは無いらしい。

姉ということは一応この男も弟ということで…。


「それにしては、なんというかあまり弟らしくないな…。昔からしっかり者だったんだな」

「…うーん…、そうかもね」


少し濁しながら答えるシャル。

短い間でしか彼を知らないが、彼の言動や行動を考えるにあまり誰かに甘えたり、頼ったりするタイプには見えなかった。

レンに対しても傍から見て複雑なものを抱えながらも心配してるのがわかるくらいだ。

それくらいシャルは《兄》でレンは《弟》なんだ。


「ふむ…。なぁシャル」

「なぁに?」


優しい声を発しながら優しい手付きで私の髪を梳くシャル。

その姿も彼が面倒見の良い《兄》であった証か。

だが、だったらこの男は誰を頼ることが出来るのだろうか。

レンには多分、いや絶対弱みを見せようとしないだろう。彼が《弟》な限り。

しかし、だからこそ、シャルが心配になる。

なら…。


「私を頼ってもいいんだぞ」


するりとその言葉が口から出た。

そしてシャルの手がピタリと止まる。

不思議に思い振り返ろうとしたが、シャルの手がそれを制す。


「ーーー何でもないよ」


少しの間といつも通りのシャルの声。

言葉の通り、何事も無かったかのように手を動かし始め髪を梳かしていく。

絹に触れるかのように丁寧に触れられ…そしてふわりと頭に彼の手が置かれた。


「シャル?」


私の問に答えることなく、シャルはその手を動かし、優しく私の頭を撫でる。

突然の行動にどうしていいか分からず、振り返ることも出来ずにそわそわしてしまう自分がいる。


「…うん、綺麗に梳かせた…かな。自分でも確かめてみて?大丈夫かな」


撫でていた手がスルリと髪を撫で去っていく。

言われたまま、今度は自分の手で己の髪を触り感触を確かめる。

人に梳かされた効果か何時もよりも滑らかに指の隙間を流れていく、文句無し…いやそれ以上の成果だ。


「大丈夫だ、ありがとう」


そこでようやくシャルの顔を見ることが出来たが、そこに映るのはいつもと変わらない優しく私に微笑む姿しか見えなかった。


「なら良かった、僕で良かったらいつでも言って、手伝える事があるなら力になるから。後は何か準備することあるかな?」

「いや…得にない」

「そっか…あぁ、ならこれあげるから手荷物とかは入れると良いよ」


四角いキューブのようなものが彼の手から渡される。


「これは?」

「さっき言った物を収納できる魔品、予備に持ってたのを思い出してね、安物だから収納数も少ないけど…大体8つくらいかな。でも今の所荷物も少なそうだから大丈夫だと思うけど…。次の街でもっと良いの買うのもありかもね。無くさないようにだけ気をつけて」

「…わかったが…どうやって使うんだ…?」

「簡単だよ、これを持って、このキューブの中心になる小さなボタンを押した後に、自分の魔力を込め、収納したい物に触れさせるだけ、最初に魔力を込めた人にしか物は取り出せないし、物も入れられない。収納し終わったらまたボタンを押すだけ、次からは魔力を込めなくてもボタンを押すだけで収納モードになるから。そして取り出したいときは長押しして収納したものを思い浮かべる」

「…一回一回どのキューブに何を入れたかとか覚えてなくないか?」

「それはそうだね。だから結構管理能力の高い人とか記憶力が高い人が使ってるかな。取り出す物を覚えてなくても大丈夫ではあるけど…。大抵の人はこの魔品を使うよりも魔法で物を取り出したり入れたりするから、僕はその魔法を頻繁に使う程魔力に余裕があるかと言われたら微妙だしこっちのほうが個人的に管理しやすいし最初に魔力を込めるだけで使えるから便利なんだよね」

「ふむ…魔法でも同じことができるんだな…」

「リナなら使えると思うよ、この魔法は案外簡単らしいから。そもそもこの魔品にも同じような魔法がかけられてるわけだしね。簡易的な転移魔法が」

「転移魔法…」

「魔品に込められてるのは簡単なものだから物しか通さないけど、上級魔法に行けば人も転移出来るから便利だよね」

「…私にはそこまでの魔法は扱えないからな。だが、下級の転移魔法なら使えるだろう。だからそれを覚えるまでの間だけこれは借りよう」

「分かった、返すのはいつでもいいから」

「あぁ。それじゃ使い方も分かったことだ、先にご飯にしようか、その後にでも収納作業に移るとするさ」

「了解、じゃあ行こうか」


テントの戸を潜りその戸を抑えながら私を待つシャルに甘え私達二人はテントから出る。


香るのは食欲を擽られる匂いとパチパチという火花散る音。

それらを発してる張本人は仏頂面で座りこちらを見据えていた。


「おはよう、レン。凄いな…これを一人で作ったのか?材料とかどうしたんだ」


レンの表情に少し疑問を抱いたが、特に気にすることもなく私はレンへと声を掛ける。レンは相変わらずの仏頂面で私達を一瞥して溜息をつく。


「…凄いか…?これくらい誰だって作れるだろ簡単なものしか作ってないからな。食料自体は元々持ち歩いてるものを使った」


そう言いながら木製の皿に盛り付けるレン。

そして目の前に置かれるご飯と汁物。

目玉焼きにポテトサラダ、味噌汁と白米。


「そうか…簡単なのか…。私は料理というものをしたことが無いからな…」

「あー、まぁそうか…。でも案外やれば簡単だぞ」

「レンは料理出来る部類なんだな、意外だ」

「そりゃ一人でいることが多かったからな自炊くらいできたほうが良いだろ。…ほら、冷めないうちに食え」

「ああ、頂きます」


箸を手にレンの作ったご飯を眺め、まず先に目玉焼きの黄身を割る。

とろりと薄皮から流れ出る黄身が皿に広がっていく。

割った目玉焼きを食べやすい大きさに分けて白米の上へ持っていき、一緒に口に運ぶ。

卵の滑らかさと僅かに感じる塩っぱさにホカホカのご飯が合わさり箸が進む。

ポテトサラダもしっかり味付けがしてあり美味しい。

一通り箸を進めたあとは味噌汁を一口含み飲み込む。

体中に染み込むような落ち着く味に自然と体から力が抜け安心する。


「…凄いな、村で食べていたご飯より断然美味しい」

「褒めるほどでもないけどな」


レンも同じように箸を進めながらそう言うが、褒められ満更でもない様子にくすりと笑みがこぼれた。


「なんだか落ち着く味だね、久々に食べたかもこういうのは…楽しいね」


目を細めふわりと笑うシャル。


「僕は料理は出来ないからなぁ…」

「出来ない?シャルがか?」

「そう、意外?」

「そいつは根っからの料理音痴だぞ」

「料理音痴?」

「なんでか分からないけど鍋が燃えたり、爆発したりしちゃうから…いやぁ…子供の頃に母さんの手伝いをしようとしてちょっとした大騒ぎになったのは今でも思い出せるよ」

「…あぁ…あれか………」


おかしいよねぇ…と、あっけらかんと話すシャルと対象的に当時の事を思い出したのかげんなりと表情を暗くするレン。


「なるほど…今後シャルには料理とかは任せない方が良いということだな…分かった」

「理解が早くて助かる…。料理ならこれから俺が担当するから気にしなくていい」

「そういうわけにも…。私にできることなら手伝うさ」

「やった事ねぇやつに包丁握らせるわけにもいかないだろ…。出来てもサラダ作りくらいだな。レタスとか千切るくらいの」

「…上達してレンより美味しいもの作ってみせるさ楽しみにしておくんだな」

「リナの手作り?…そりゃ楽しみだな」

「何か食べたいものを言ってくれたら率先して練習してやろう!何が良い?」

「…なら卵焼き」

「卵焼き?」

「初心者向けではあるけど、しっかりキレイに上手く作るにはそれなりのテクニックが求められるからな。初めに作るならもってこいだろ」

「…なるほど。シャルは?」

「僕?僕は良いよ。卵焼きに専念してあげて、レンの言うとおり卵焼きって難しいから」

「…シャルの言葉は信用していいものなのか…?…まぁ、良い。分かった、それじゃとびっきり美味しい卵焼きを二人に食べさせてみせよう。楽しみにしててくれ!」


胸を張り宣言すれば、二人は優しく私に微笑みかけくれた。そして早く食べろとレンは笑みを消し私に促すので私は素直に美味しいご飯たちを次々と口の中へと放り込んでいった。

味噌汁の落ち着く味がまた、私の身体に染み渡る。









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