第八話  〜神子〜


未来予知。

その力は人によっては喉から手が出る望む能力だろう。得たいものは富か栄光か。

それは扱う人間による。


「まるで神様みたいな力だよね。だから神子…《神の子》。なのかも」


人は何故、未来なんて知りたがるのだろう。

先の事なんて分かっても仕方ない。私は富も栄光も何も要らない。普通の生活が出来ればそれで良い。


「〈神子〉の一族は凄く希少価値が高くてね。特に純血種…他の一族や〈凡〉と一切混じり合ってない純粋な〈神子〉の一族は、もう、君しか残ってないって僕等は教えられてきた」


純血。

人はこの世に生を与えられて、思う存分生きているだけでこの上ないくらい幸せだと思うのだが、しかし他人の考えはそうではないらしく。

…他の血を交えたら人の価値は無くなるのか?


「一族っていうのは基本プライドが高いから、混血は忌み嫌われやすい。考えが古いとは思うけど…。僕らの一族…というか村の人達は特に忌み嫌ってたな…。まぁ…確かに純血の方が一族の能力は強く発揮出来るとされてるからね…。一族の誇りを持つ人からしたら裏切り行為のように感じるのかも」

「…誇り、か」

「誇りを持つのは良い事だよ。…度が過ぎなければね。僕としてはーーークソ喰らえって感じだけど」


思わず、シャルの顔を見た。

普段のシャルとは思えない言動、言葉遣い、雰囲気を醸し出していたから。

レンも純血、混血の話が出てから何かを考えるような表情を浮かべている。


「あぁ、ごめんね。話が逸れたね、それで村の人達が君を崇め奉っていたのは君が純血種で希少種の〈神子〉の一族だから。君が力を制御して、能力である未来予知を使いこなせるようになるかどうかを常に見張っているんだよ。それと、〈神子〉の一族は身体能力も高いとされてるから、戦闘面でも戦力になる」

「…戦闘面でも…」

「………別にお前は弱くない、むしろ強くなれる。お前は剣を使うって言ってたな?なら、俺がとことん教える。俺も負けないように頑張らないとな」


ニッと笑いそう言ってくれるレンに、先程までのもやもやが少し晴れた気がした。

恐らく勘が鋭いのだろう、目敏く、人の表情や心情を本能的に見抜く何かがレンにはある。


(…今は、それに救われたな)


己の手を眺め握りしめる。


『別にお前は弱くない、むしろ強くなれる』


頭の中でレンの言葉を繰り返す。

守られるだけで収まるつもりは毛頭ない。


「強くなってみせるさ。私だってお前たちに頼られたいからな」


そう言って笑えば、レンは安心したように微笑んだ。

その表情を見て、やっぱり見透かされていたんだと気付く。シャルは目を瞬かせ私の顔をじっと見て、やがてフッと笑う。


「…十分頼らせてもらってるよ」

「ん?なにか言ったか?」

「何も、これから先のリナに期待させてもらおうかなって」

「ふふ、あぁ。期待してくれ」


空気が一気に和らいだ、そんな気がする。

こうやって、私達の十年の距離は埋めていくのだろう。そしてその道中で記憶を取り戻し、二人の知る私達の関係性になれるだろうか。 


「…でも、リナは今までで、その…未来予知をした事はあるの?」

「え?」

「昔も今も〈神子〉の一族について話されたことはあるけど、実際に未来を予知した姿を見たことなくて。それこそ僕等からしたら他の一族と対して変わらない…というか、所詮噂止まりというか…」


言われれば確かにそうだ。

未来予知…なんて大層な事、私は経験した事が無い。


「今の所は、そんな記憶は無いが…」

「うーん、何かしら切っ掛けがあるのかもね。そのうち一族として覚醒して、自分の力を扱えるようになるのかも……?」

「切っ掛けか…」

「未来予知なんて別に無くてもいいだろ。下手に能力なんて身につけてみろ。村の奴らは勿論それこそブローカーに目をつけられる原因だろうが」

「それもそうだね…。だけど、もし、少しでもリナの身に何かあったら直ぐに教えて。一族の力は制御出来る時と出来ない時がある。〈守護〉の一族は制御も何もないけど…、いや、人によっては更に硬度を増す人もいるか…。僕達はそれを上手く扱えないだけで…。とにかく疑問に思ったことは何でも話して」

「あぁ、分かった…」


純粋な心配が伝わってくる。

その様子を見て村にいた人間を思い出す。


『リナ様お身体の方は大丈夫でしょうか。何か変わった事はありませんでしたか』

『変化がありましたらすぐにお申し付け下さい』

『我らを導いてくださる希望の光』


同じことの繰り返し。

前はどうしてここまで私に尽くしてくれるのか分からなかったが、二人の説明を受けてやっと理解する。


(結局、自分達の都合の良い、利用出来る存在が欲しかっただけ。その言葉には彼らの様な心配なんてものは存在していなかったな)


ふぅ…と息を吐き、天を仰ぐ。

雲一つない無数の煌めきが空全体に散らばっていて、素直に綺麗だと感じだ。


「空はこんなにも澄んでいて綺麗なのに、どうして人は欲深くなるのだろうな」


掴めもしない空に手を伸ばし、星を捕まえるようにギュッと拳を握る。

二人は何も言わない。

言えないのか分からないが、どちらかと言うとどう返すべきか分からないように感じる。

それもそうだ。


「しかし、それが《人》と言う生き物なんだろうな」


問いかけておきながら己で完結する。

欲深く、自分勝手。

私だってそうだ、だからこの旅が始まったのだから。


「…リナは、村の人達をどう思ってるの?自分を閉じ込めていたことに対して憎んでる?」


シャルの問に私は、微かに笑う。

それに対して私が答えられるのは唯一つ。


「まさか、思惑はどうであれ私をここまで大切に囲って育てていたんだ。自分で言うのもあれだが世間知らずになってしまった事は残念だが、感謝してるよ。あそこにいたから今の私は不自由なく生きていられる。ーーー恩を仇で返す形になってしまってるがな。後悔はしてない」


自分で言ってて酷いやつだと苦笑してしまう。

きっとこれからもこの考えは変わらないだろうなと思いながら二人へと目を向ける。


「二人のおかげで外の世界には危険が多いとわかった。そして同じ位興味もある。私は案外好奇心が強いらしい、これから会う人間が、環境がどんなものなのか気になって仕方ない。言うのが早いかもしれないが…この旅を始めて、君たち二人に会えて良かったよ」


笑ってそう告げれば、二人はぽかんとした後、レンは顔を少し赤らめて目をそらし、シャルは凄く優しい顔を私に向けた。  


「君からしたらまだ会ったばかりなのにそんなこと言うなんて…嬉しいよ。素直に」

「…別に、たまたま…偶然が重なっただけで…そこまで言われるようなことはしてない…」

「そうだよ。でも…まるで運命的だよね。形はどうであれ、また三人がこうして巡り合うなんて。…運命なんて信じてなかったけど」

「…ふむ、予知ではないが…こうして会えたことは何か意味があるのかもな。お互いの人生に関わるくらいの。だから運命…というよりも必然だったのかもしれないな」

「運命…必然…」

「まぁ、どう表しても今この現実は変わらないよね」


シャルの言葉に静かに頷く。

偶然だろうが運命だろうが必然だろうが、きっと何だっていい。

こうして三人この場所に揃っている。

例え記憶が無くとも、長い時離れ離れになっていたとしても、二人となら少しずつ埋めていける気がする。


そう私達の中で、私とシャルの中で完結させていた。

三人の中で一人、レンだけが何かを思うような、考え込むような暗い表情をしていたのに、私は気付いていなかった。


「それにしても予知…か。どういう風に見えるのだろうか…」

「うーん…それに関しては何もわからないからなぁ。村の書庫とか軽く漁ってみたけどこれと言って手掛かりは無かったし…」

「?村にいたのかシャルは」


首を傾げ聞けば、シャルはあぁ…と零したあと、困った様に笑って返す。


「常に居た訳じゃないけどね。それに…昔とはいえ結構仲良かった二人を会わせたくなかったんだと思うよ。変な考えが思い浮かばないようにね」


まぁ、会わなくてもこうしてリナは抜け出してきてるわけだけど。


何となく皮肉めいた声で付け足される言葉。

シャルは続いて告げる。


「リナの存在は知ってたよ。でも僕の村での立ち位置はあまり良い方じゃなくてね。僕から会いに行くことも出来ないし、僕は僕で村からの命令があるから」

「…命令?」

「それについては話せない。掟だからね…。でも一つだけ言えるのはリナに関してじゃないよ」

「初対面で連れ帰ろうとしたのに?」

「それに関してはごめんね。リナが抜け出してるなんて知らなかったし…村にいたほうが、リナは安全に過ごせると思ってたから。だから連れ戻そうとした。結局は根負けしちゃったけどね」


戯けるような動作をして茶化すシャル。

その動作も今までのシャルとはまたかけ離れた仕草だった為少しだけ目を丸くする。

私のそれに気付いたのだろう、シャルはクスリ…と笑い首を少し傾げ口角を片方上げて意地悪く問う。


「リナって結構僕の事、聖人みたいに思ってたりする?だとしたら今すぐじゃなくても考えを改めた方がいいよ。僕はそこまで良い人じゃない、良い人であろうとはしてるけど」


何かを言い含めるようにだけど踏み込ませない《何か》が確かにあった。

そうされてしまっては私は口を閉ざす事しかできない。

レンをチラリと一瞥すれば、レンはそんなシャルをジッと見ているだけ。

私の視線に気付いたのかこちらに一度目をやり眉をしかめる。


「…実際良い人なんてそんなにいないだろ。俺だって、リナが思う人間なんかじゃない」


言葉を選びながら告げられたレンの言葉。

それもそうだ。私はまだ二人を何も知らないのだから。思い返せばレンもこの数時間で意外な表情を浮かべたりしている。


「…確かにな、私は全然二人を知らないんだなぁ」


また、空を見上げる。

しかしすぐに前へ向き直りニッと笑ってみせる。


「だが、これからだろう。今は知らずともこれから知る機会なんて沢山ある。出会いとはそういうものだろう?《良い人》の判断は後任せにするさ」


我ながら楽観的だと感じるがこういう事は悩んでいても仕方ない。

二人の事は信頼している。

私を護りたいと言ってくれた二人を信じてる。

その決断を後悔するかしないかは未来の私に任せてみよう。

今後悔しないなら何だっていい。

目の前の二人は呆れ顔と苦笑の二つの表情を浮かべていたがそれに対しても私は笑ってみせる。


「…変わってない…けど、何ていうか…面倒な方向に強くなってるな」

「ね、会わないうちに更に手強くなってるみたい」

「そうなのか?しかし強くなってるなら何も悪いことではないだろう。…さて、結構話し込んだな。そろそろ寝るとしようか」

「前向きだな…」

「ふふ、流石リナ。話したい事はある程度話したし、色んな細かい事とか疑問とかはまた今度にしよう。特にリナは一日の情報量が多くて疲れたでしょう?ゆっくり休もう」


言葉にされると一気に眠気が襲ってくる。

ふわ…と欠伸を一つ零せば身体を巡る疲労感。


「明日から歩くから体力は回復させておこう」

「そういえば、明日は何処に行くんだ?私の旅には特に目的地…なんてものはないぞ」

「…まずは資源回収じゃないか?ここからなら…北に行ってアセプトラルに行くのが手っ取り早いな」

「アセプトラル?」

「このアセプトラル領で一番大きな街だよ。世界地図を見たらわかるんだけど…とほら見て。今いるのがここ。あの村はこれでアセプトラルはここ。言ってもそこまで遠くないよ」


地図を広げられ見ると確かにここからそこまで遠くは無いように感じた。


「とりあえず大きな街に行ったほうが良いだろうし、明日はここ目指そうか」

「こっちの、セグドュ…?領に行くのは?」

「そこを行くには大きな橋を渡らないとだめだからね…それに夢幻の森があるから」

「夢幻の森…?」

「いつかは通ることになるからそんときにでも話してやるよ。今はセグドュ領に行く必要はあまり無いしな」

「そうだね、とりあえず明日はアセプトラルに行こう。ここ…ドロイアからなら明日中には着くよ。ドロイアはさっきまで居た町の名前ね」


いそいそと地図をしまい、明かりを消すシャル。

続くようにレンも立ち上がりテントへと向かう。


「明日から歩くしフィールドの魔物とも戦うだろうから、体力温存。ゆっくり休もう」

「お前はそっちのテントな」


そうして二人は消えていく。

言われた通りに私はもう一つ用意されたテントへ入れば、寝床やランプ、最低限のものが用意されており、素直にすごいと感じる。

括っていた長い髪を解けば、チリンと音が鳴る。

知らない事から身に着けていたのだろう少し錆びた鈴と紫のリボン。

それを脇に置きボスンと寝床へ身を預け数秒天井を見つめ、目を閉じる。

感じるのは静寂。

何も聞こえない、何も見えない。

私は衝動に身を任せガバっと身を起こし、テントを抜け出した。

一緒に持ち出した鈴がまた、チリンと響く。


もう一つのテントの前に立ち、念の為ノックをするが、コツコツという音は当然鳴らず、カスと何も言えない音が耳に届く…。

だが、それで充分だった。


「…リナ?どうした」

「早く寝ないと明日に響くよ?」


前が開き、覗くは赤と青の瞳と優しい声。

私はいつの間にか強張ってた肩の力をストンと落とし、鈴を握り締め…二人を見つめる。


「…寂しくて、な。悪いとは思うんだが、一緒に寝てもいいだろうか?」


さっきまで話していた、《私》を知る二人の声。

楽しい空間。

私を見てくれる、優しい空間。

それを知ってしまったから。


「…〜〜…っ仕方ねぇな…」


レンは顔を少し赤らめ、何かを言いたげに口をパクつかせたが、私の心境を察してか妥協した。


「うーん、僕達だからまだ良いけど…あまり男の人に対しては使わない方がいいよ?…ほらおいで」


苦言を漏らしながら手招きするシャル。

二人の言葉に甘えるように、私はその空間に飛び込んだ。

チリンというと音と二人の驚いた声。


「わ…!…危ないだろ!?」

「ふふ、案外お転婆だからねリナは」

「すまないな。こういうのは初めてで少し楽しい」

「そうかよ…ていうか…その鈴」

「昔から持っていたんだ。何となく肌見放さず持っていないと…と思っててな大切に使わせてもらってる」


そう告げれば、二人は顔を見合わせ、嬉しそうに笑った。


「?どうした」

「だってそれ…」

「あぁ」

「?」


首を傾げていると、レンとシャルは息を合わせた様に。


「「俺(僕)達が贈った物だから」」


私は驚いて手の中の鈴を見て、二人の顔を見る。


「長持ちだな」

「そうだね、今でも使ってくれてるの、嬉しいよ」

「…なぜ…どういう経緯でこれをくれたんだ?」

「それはまぁ…頑張って思い出してよ」

「だな。どうしても思い出せなかった時話すさ」


さ、寝るぞーとレンが声を掛け、二人は私を挟んで横になる。


「寂しいなら手でも繋ぐ?」


優しさ半分意地悪半分の感じでシャルが告げた提案に、私は返す間もなく二人の手を握った。


「な…!?り、りな…?」

「…まさかほんとに繋ぐなんて…」

「いいじゃないか、こういう夜があっても」


ふふ…と笑って私は目を閉じた。

手から伝わる熱。

少し慌ててる様子のレンを少し笑うシャル。


(もう、寂しくないな)


最後にそう思い、ゆっくりと意識が落ちていく。



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