それぞれの道 ③
美影の家に遊びに行ってから三人が揃う機会はなくて、俺はバイトで美影は一人暮らしの準備、絢も家の手伝いなどで予定が合わなかった。
もちろん絢とは週ニでデートに行ったし、毎日メッセージでやり取りをしていた。美影も何度かバイト先の喫茶店にやって来て話をすることが出来た。その度に大仏がからかってきてすごく面倒くさかったが、美影の顔を見ることが出来て嬉しかった。
そして気が付けばあっという間に時間が過ぎて三月が終わろうとしていた。今日は、美影が地元を離れる日だ。俺と絢は美影を見送る為に空港に来ている。
「……絢、もう会えなくなる訳じゃないんだからね」
「う、うん……分かってるよ……」
絢は空港に着いて美影に会ってからずっとしくしく泣いている。
「そうだよ、あーちゃん! 夏休みにはちゃんと帰ってくるよ」
見送られはずの美影が絢を元気付けようとしている状況だ。一緒にここに絢と来たのが、美影に会うまでは全然普通だった。
「ごめんな、美影……来る時は笑顔で見送ろうねって言っていたのに……」
「ふふふ、あーちゃんらしいね」
俺が絢の頭に軽く手を置くと、美影はちょっと困ったような顔で微笑んでいる。まだ出発まで時間があるので、とりあえず近くにあったベンチに移動した。
泣いていた絢は美影の隣に座ってやっと落ち着いたみたいだ。
「みーちゃん、ごめんね……」
「もう、あーちゃん目が腫れてるよ」
美影が絢の顔を覗き込んで心配そうな表情をしている。あれだけ泣いていれば目が腫れても仕方がない。見送りをした後、腫れた目で帰り道はどうすればいいのかと小さくため息が出てしまいそうになる。
「よしくん! あーちゃんのことをお願いね!」
「えっ、な、なに、突然……どうしたの?」
「近くに私がいないからあーちゃんをしっかりと引っ張ってあげてよ、彼氏としてね!」
「な、なんだよ、それ……」
「ふふふ、よしくん頼んだよ」
美影はにっこりと笑って、俺の目をジッと見つめられて、二人だけの空間になる。最近はあまり美影から見つめられることがなかったので思わず照れてしまう。ちょっとからかっているのかと目線を逸らそうとしたが、美影の目は意外と本気だった。二人の間に沈黙した空気が流れる。
「……あぁ、分かっているよ」
「ふぅ……よかった。これで安心して出発出来るわ」
俺の答えに満足したみたいで微笑むと俺も美影の優しさにほっと気持ちが和らいだ。それと同時にもっとしっかりしないといけないと心の中で思った。
「むぅ〜、なに、二人して見つめ合って、なんなのーー!」
二人のただならぬ雰囲気で美影の隣に座っていた絢がムスッと頬を膨らませて、俺に冷たい視線を浴びせる。ついさっきまで泣いていたのに切り替えの早いことだ。俺は呆れたように小さくため息を吐くと美影がクスッと笑っていた。
「えっ、なっ、なに?」
予想外だったのか俺と美影の反応を見て絢は呆気にとられたような表情になった。絢は自分の事を話していたとは思いもよらないのだろう。
「もうちょっとあーちゃん、しっかりしようね!」
美影が絢に向かって言い聞かせるように微笑むと何かを察したのか絢は恥ずかしそうに小さく頷いていた。絢と美影はやっぱり仲が良い、俺が間に入る必要はないみたいだ。そのままここで三人でこれからの予定などを話して楽しい時間をすごしていると搭乗の案内が流れた。
「あーちゃん、よしくん、それじゃ、行くね!」
美影はスッと立ち上がり小さな鞄を持った。楽しく会話をした後だったので、寂しそうな表情を一瞬見せたがすぐに元のクールな顔に戻った。美影らしくあっさりとした別れになった。もちろんまた夏には会う事が出来るからだろう。
俺は別れ際にこれまで思い出が頭の中を過って少しだけ涙が出そうになったが、散々泣いていた絢も最後は笑顔で見送ることが出来た。
美影を見送って一週間後、大学の入学式で一人で学校に来ている。
俺の高校から数十人ほど合格しているのだが、あまり仲の良い友達はいないので一人ぼっちみたな感じだ。
校門から入って移動しながら一人で気楽と言えば気楽だがちょっとばかり寂しい……辺りを見ると数人の友達同士でいるグループや何故か彼氏彼女みたいな二人組もいる。さすがに羨ましい……春休みは絢と二人の時間が多かったので余計に虚しくなって気分が落ち込む。絢も同じ日が入学式で一人で行くんだよと言っていたのを思い出した。
(初めからこんな気分じゃダメだ……学校内で絢がいないのは高校と同じで想定内のことだ)
絢だって一人なんだからこんなことではいけないと気持ちを切り替えて、入学式がある講堂に向かった。
受付を済ませて、中に入るとまた同じように友達同士連んでいたり、カップルみたいなのがいる。大きめなため息を吐いてあまり周りを見るとまたヘコみそうになるなで気にしないようにした。
「……ん!?」
気にしないようにしたのだが、今度は妙な視線を感じる。入り口辺りから感じるのだが、人が多くてよく分からないし、親しい友達はいないはずだ。
(入学式早々に変な奴に絡まれるのはゴメンだ……意識しないようにしよう)
俺は視線をそちらに向かないように違う入り口を目指して移動し始めた。
離れた入り口に近づきこれで大丈夫だろうと少し気を抜いていると、突然後ろに人の気配を感じるとぎゅっと抱きつかれる。全く状況が掴めず、動きが止めたが、抱きつかれた感触というか癖みたいなのがよく知っている人の雰囲気に似ている。
「えっ!? ま、まさかーー」
あり得ないと思いながらクルリと体を反転させて抱きついた女の子の肩をぎゅっと握る。よく覚えのある感触と空気で顔を確認しなくても分かる。
「えへへーー」
これまでに見た事がないくらいの嬉しそうな笑顔いっぱいの絢だった。俺は頭の中が疑問符でいっぱいになって、声が出てこない。幻を見ているのかと思うが、間違いなく絢本人だ。
「な、な、な、なんで、こ、こ、ここにいるの?」
やっと声が出たがめちゃくちゃ動揺して上手く話せない状態だ。絢はそんな俺を見て微笑んでいて、ちゃんとスーツを着て手には俺が受付で貰った同じ大学の名前が入った封筒を持っている。
「もうーー、そんなに驚かなくてもいいでしょう!」
「だ、だって、ここ、違うじゃない? 絢が言っていたところと……」
「えへへ、内緒にしてたの、よしくんと同じ大学を受験したことをね」
絢が下をぺろっと出して可愛く笑っている。俺はまだ状況がよく掴めていなくて混乱したままだ。
「で、でもこの大学は絢が希望して学部はなかったはずだけど?」
「今年から新しく出来たんだよ〜、私が希望していた学部がね。でもちょっと合格する自信がなかったから黙っていたの」
絢は受験したことを伝えていなかった理由が分かって、だんだんと整理出来た。俺は頭の中でいろいろと大学の情報を探すと、そんな話題があったことを思い出した。でも自分が受験する学部とは全く関係がないから気にもしていなかった。
「あっ、あぁ、そう言えばあったな……」
「ふふふ、だ、か、ら、これから四年間、一緒だよ!」
絢は満面の笑みをすると、今度は左腕にギュッと絡みつくように抱きついた。やっと俺は理解出来て一気に気持ちが高まってくる。
(嘘じゃない……現実だよな)
はしゃいで飛び跳ねたいぐらいの気分だが、絢の手前もあるし、周りの目があるのでぐっと堪えた。でもきっと顔は嬉しさでいっぱいにやけていたかもしれない。
「あ、あの、こ、これから、よ、よろ、よろしくおねがいします」
「ど、どうしたの? 変な返事をして?」
格好つけて落ち着いた雰囲気で答えようとしたが無理があったのかおかしな言葉使いになった。絢はちょっと驚いて首を傾げて引き気味に俺の顔を見ている。
「も、もう、いいから、行くよ!」
「ふふふ、うん、分かったわ」
ここまで動揺したのはあまり経験がないので、恥ずかしさを誤魔化すように歩き始めた。絢も笑顔のまま俺の腕をぎゅっと握ったまま一緒に歩き出す。
これで心の底にあって不安だった絢との大学生活が一気に晴れたような気分になり、ワクワクが止まらなくなりそうになった。これから始まる四年間が堪らなく楽しい時間になると確信した。
ヘタレ野郎とバスケットボール 高校編 第三部 束子みのり @yoppy0904
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