サスリカ編
クリューが建てた屋敷には、『縁側』が設けられていた。シアのリクエストだった。家の中に居ながら、庭との境界が曖昧なのである。彼女は足を投げ出して、それを眺めていた。
「……ふぅ」
シュン、と妙な音が鳴った。庭に立つクリューの手には銃が握られており、その直線上には丸い的が立てられている。
「凄いな。『サイレンサー』か。音がしない銃とは、怖いな」
「……やっぱかっこ良いなあ。ウチの旦那さん」
新商品である、静音銃。その試し撃ちをしていた。ラビアは戦争していないとは言え、平時に軍備を増強することは重要だ。つまりクリュー率いるスタルース商会は、政府や国軍との繋がりまで手に入れていた。
『……ソラ様』
「え?」
シアの背後から、合成音声がした。振り向くと、予想通りサスリカが立っていた。盆の上にお茶を用意して。
「私はシアだよ」
『! …………申し訳ありません。シア様』
深く深く、サスリカは頭を下げた。シアは怒るというより、心配になった。
「……もしかして、もう、危ないのかな」
『…………ハイ。替えの利かない回路まで、劣化が進んでいます』
このところ、サスリカは不調だ。そしてそれは、どうしようもない。誰にも彼女を直せないのだから。
「どうした」
そこへ、クリューもやって来る。
「サスリカが、また私をソラ様って」
「……そうか。確か前のマスターの名だったな」
『ハイ。申し訳ありません』
「まあ、仕方無い部分もあるだろう。バルセスの峰から復活した時点で、あちこちボロボロだった。寧ろよくここまでもってくれた」
「…………バルセス」
キューンと、申し訳なさそうな駆動音を鳴らすサスリカ。クリューの言葉に、シアは顎を撫でながら何か考えていた。
「ねえ、もうすぐオルヴァさん達帰ってくるよね」
「……ああ。新大陸遠征は1年と言っていたな。大勢のハンターを動員しているから、あまり長く自国を空けられない訳だ」
「今さ、私思い付いたんだけど」
「?」
その、数日後に。オルヴァリオとリディが新大陸から帰ってきた。彼らの予定ではまた新大陸へ2度目の遠征計画があるらしいが。
「ねえ。皆」
「?」
揃っての食事の際にシアが、手を挙げた。
「その、私とサスリカが眠ってたって言うバルセスの遺跡にさ。修理できるような道具とか部品、て無いかな」
「!」
その提案に、リディが答えた。
「……可能性はあるわ。掘り尽くされたとは言え、サスリカのあった部屋は手付かずだったし。あんた達の案内があるならさらに奥へ進めるかもしれない」
『……確かに、ワタシがスリープ状態をキープできていた環境は残っていると考えられます。心配なのは電力ですが、そこはワタシがなんとかできます』
サスリカも頷いた。
「よし。なら行こう」
「でも危険、だよね」
だがサスリカは、修理できないという理由で冒険をやめたのだ。これからバルセスに行くということは、それは冒険である。道中、危険な猛獣も出る。シアも付いていくなら、危険度は上がる。
「……じっとしていてもサスリカの容態は良くならない。オルヴァ、どうだ?」
「ああ。シアとサスリカを守りながらバルセス登頂か。……まあ、今の俺達ならできるだろ」
「そうね。なんてったって特級だし。でも、新大陸は良いの?」
「馬鹿野郎」
リディがおどけてオルヴァリオへ確認したが、彼は力強くこう言った。
「新大陸なんざいつでも行ける。サスリカが元気になるかもしれないんだろ? それが最優先だ。なあクリュー」
「ああ。行こう。シア。大丈夫だ。サスリカ。安心しろ。俺と、現役特級ハンターが居る」
『…………ハイ。よろしくお願いします』
「……うん」
決まった。
今度は、改めて。皆で冒険である。
「そういえば、氷解かしたら行くって言ってたもんねあんた」
「そうだな。まああの男はネヴァンだったからもう居ないだろうが。シアも行きたいんじゃないか?」
「うん。サスリカも大事だし、また皆で冒険したいし。それに、私が眠ってた所にも興味あるし」
5人はさっそく準備に取り掛かった。彼らが最初に冒険した、バルセスの峰へ。
「じゃあ出発だ」
「ああ」
「ええ」
『ハイ』
「うん」
次の冒険へ。
――
――
GLACIER番外短編集 弓チョコ @archerychocolate
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