先輩はもう死んでいる

原多岐人

 

――今更ながらこんな形で連絡をして申し訳ない。奥様にバレると多分君の立場が危うくなりそうなので、偽名で送ります。SNSのアカウント名だからわかってくれ笑。なんだかんだで心配と迷惑ばかりかけていたから、その謝罪とお礼をかねて一筆。今までありがとう。さようなら――


 その手紙を受け取ってから5年が経った。差出人は大学の先輩、というか元彼女だ。付き合ってくださいと言ったのも、別れたいと言ったのも僕の方からだった。でも、いまだに誕生日にはメッセージを送ってしまう。スマホはすでに解約されているので、最近は放置されていたSNSのDMを使っている。

 忘れられないのではなく、ほっとけない。急に休学してワーキングホリデーで海外に行ったり、俳優になると言い出して養成所のために50万円をポンと払って結局3回しか通わなかったり、小説のナントカ賞に応募するために1週間近く徹夜したり、良くも悪くもずば抜けた行動力がある上、思い切りが良すぎる。この人はいつか必ず何かやらかす。そんな不安と期待に振り回されている感覚が楽しかった。僕は自分が平凡な人間だという自覚があったので、そんな彼女−先輩が羨ましかった。自分がけして出来ないし、やろうとも思わない事をやってのける姿が眩しかった。そして、その眩しさと激しさと、周囲から浮いているのに普通を装おうと取り繕う先輩を見ているのに疲れたから別れを告げた。

 でも、それでも僕は先輩から離れられなかった。先輩の抱える不安定さはそのまま人間関係の不和に繋がり、おそらく友達はごく少数、1人か2人くらいしかいなかったように思う。僕は先輩を至近距離で見つめるのに疲れただけであって、嫌いになって別れたわけじゃない。だから友人でいることは許されると思い込むことにした。先輩もそれは否定しなかった。その後に付き合ったのが今の妻だけど、先輩と連絡を取り続けている事は伝えていない。

 妻は僕が浮気をするような度胸のある人間だと思っていないし、異性の友人を否定するほど過敏でもない。僕自身も先輩に恋愛感情はもう無かった。この関係に嘘はないから、やましくもない。先輩が就職して、僕も就職してからは年始の挨拶と誕生日以外に連絡を取ることもなくなっていた。もはや友人と言えるのかもわからないような関係だったけど、完全に音信不通には出来なかった。

 多分、先輩もそれを知っていたから自ら死を選んだ。それでもほっとけない。今年、僕は先輩の35回目の誕生日を祝う。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

先輩はもう死んでいる 原多岐人 @skullcnf0x0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ