第87話 第二章エピローグ

 俺はクラウディア様の屋敷を後にして、教会へ向かった。

 華怜さんは、ライサさんが近くにいるので大丈夫だと思う。


 教会は、変わりなかった。シスターさんが出て来たので、お布施を渡して、また一人にして貰う。

 女神像……、ヒストリア様の像の前でため息が出た。


「神託は来なかったけど、今日は会えるのかな……」


 考えても時間の無駄だ。

 俺は片膝をついて敬礼し、瞼を閉じた。





 目を開けると、一面白い世界だった。良かった、今日は神託ありか……。


「おつかれさまでした。良く魔剣を回収してくれました。それと、華怜を導いてくれた事に感謝します。これで、あの娘も活躍できるでしょう。でも、もう少し華怜と行動を共にして欲しいですね」


「……少し希望を口にしても良いですか?」


「聞くだけなら」


「華怜さんは、神託者に向いていませんよ。俺に移して頂けませんか?」


「……ダメですね。そもそも、何様のつもりですか? 華怜だからこそ、私は"神の寵愛"を授けたのですよ?」


 ため息しか出ない。


「神託者は、一人だけという決まりはありますか? また俺ではダメな理由を教えてください」


「……私はあなたにそこまで期待していないと言っているのです」


 期待……?


「どうすれば、神託者になれますか?」


「……何を焦っているのですか? スマホもあるし、あなたに"神の寵愛"は不要でしょう?」


 ダメか……。

 そして、俺は焦っているのか。

 息を吐き出して、筋肉を弛緩させる。


「……任せられないというのが本音ですね。

 華怜さんは、俺よりもはるかに強いのでしょうけど、リーダーというか指揮官には向いていない。

 この世界の誰よりも情報を持っているみたいですけど、パーティーが5人程度になった時点で統率が取れなくなるでしょう。

 俺の経験則からですが、個人の能力と指揮官としての資質は異なります。華怜さんは、指示を受けて始めてその力を発揮するタイプだと思います」


「……随分と変わりましたね」


 なんだ? 意外なことを言われた。

 驚いて、ヒストリア様を見る。

 とてもいい笑顔だ。


「俺……、変わっていますか?」


「何時もこの空間に来たときは、母親と妹のことを始めに聞いて来ましたよ?

 でも今日は、華怜の心配事でしたね~」


「……」


 そうだった。この数十日間は忙しすぎて、スマホの送金額しか見ていなかった。

 なにをしてんだか……。

 項垂れてしまった。


「いい傾向だと思いますよ?

 過去に捕らわれていたあなたが、前を見始めたということです」


「"前"ですか……。俺は進めているのかな……」


「華怜を紹介した甲斐がありました。

 自覚していないかもしれませんけど、表情も大分豊かになっていますよ。この世界に来たときは、死んだ魚のような眼をしていたのにね。

 クスクス。あなたも華怜も良い方向に進んでいると神が明言します」


 良い方向ね……。


「俺は、これからも華怜さんと行動を共にすれば、いいのですよね?」


「う~ん。ここまででもいいですよ? 華怜も、もう逃げられない立場になりましたし」


「ここで分かれると、全てを捨てて、地の果てまで追いかけて来そうなのですけど……。俺が、そういう風に誘導したと言われたら、言い返せないんですけどね」


「……否定はできませんね」


 互いに、ため息を吐く……。

 まあいい。今のところ俺から華怜さんの元を去る気はない。


「それよりも、上級職について教えてください。レベルは800台ですが、早めに華怜さんと肩を並べたいというのが本音です」


「そうですね。上級職に上げましょうか。……今回も、あなたの職業は一種類とします」


 ……職業は、比較できない内容なので、一種類だけと言われてもいいのか悪いのかが分からないんだけどな。


「あなたの職業は、『魔導闘』とします」


 え……。


「"闘師"って何ですか? 文字ってますよね?」


「華怜を導いて欲しいので『師』とします」


「ちょっとそれは……」


 受けたくないというのが、本音だ。なんだよ、『闘師』って。


「う~ん。それでは、"神託者の想い人"とか"華怜の恋人"にしますか? 関係が進んだらその都度変えることにします」


「……仮に逃げたら?」


「"逃亡者"とか"振られた人"……かな?」


 何の職業ですか? 華怜さん関連になると本当に下ネタしか出て来ないな、この神様。だから信仰を集められないと言うのに……。自覚がないんだな。

 それと、考えても時間の無駄だ。


「今のまま、"魔導闘士"でお願いします」


「……つまらない人ですね。それと忘れているので覚えておいてください。華怜に"魔眼の技能石"を見せて貰ってください」





 気が付いたら教会にいた。

 スマホを見るけど、着信はなにもなかった。


「……今回は、電話もなしか」


 これは、俺が望んでいないと言うことなんだろう。

 今は家族と話をしたいと思えない俺がいる。

 今は余りにも中途半端だからだ。

 だけど、中級職に上がった時に固く誓った決意に変わりはない。

 また形状が変わったハンマーを強く握り締める。そして、立ち上がった。


「俺も変わっているんだな。だけど本当に、良い方向なんだろうか……」


 家族が第一なのは変わらない。だけど、見捨てられない人を作ってしまったのも事実だ。


「……クラウディア様の屋敷に行くか。やっぱり、華怜さんが心配だ。

 そういえば、この後輸送の依頼があると言っていたな。

 薬品などの消耗品を揃える必要が出て来る。それと、資金もクレスの街で消費しないと後々面倒になると言われたし。

 後は……、"魔眼の技能石"も忘れないようにしないと……。

 やらなければならない事が山済みだ……」


 独り呟き、歩を進めた。




 これは、後に闘神とよばれる青年の物語。

 異世界で、世界の主役の一人と出会った話。

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後に闘神と呼ばれる魔導闘士 信仙夜祭 @tomi1070

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