急
「お父様、その男をどうするのですか? 」
「コッペリア?! 」
コッペリウスは腰を抜かさんばかりに驚いた。スワニルダは衣装とカツラで、どこからどう見てもコッペリアそのものであったのだ。コッペリウスは慌てて駆け寄り
「ああ、コッペリア!しかし、ベランダにもコッペリアが」
と動揺を隠せない。
「ベランダにいるのは私の試作品よ。お父様ったら忘れたの? 」
正直ここまでうまくいくと思っていなかったスワニルダは、調子づいてコッペリウスをからかうことにした。
「お父様ったら最近忘れっぽいのね。脳まで老化してきたのかしら? 」
「ああコッペリア。そんなことはないよ。君の試作品を作ったこと、僕はちゃんと覚えている」
コッペリウスの声はどんどん小さくなっていく。
「そうでしょ。試作品は虫干しが必要だから、今日だけは私のよくいるベランダを貸してあげたんじゃないの」
「そうだな。そうだったな」
スワニルダはちらりとフランツの方を伺った。私が時間稼いであげてる間に逃げなさいよね。本当、貴方って私がいないとダメなんだから。
しかしスワニルダの思いをよそに、フランツはベランダにいる本物のコッペリアを見つめていた。コッペリアはこの騒動をよそにすまして本を読んでいる。スワニルダがペラペラと話しだしても怪しまれないということは、コッペリアも話せるということなのだろうが。
「コッペリア、聞いているんだろ」
フランツはコッペリアの顔を覗き込んで本を取り上げた。この行動にはスワニルダもコッペリウスもすっかり驚いてしまった。フランツはコッペリアをまじまじと見た後に
「君は関係ないふりを貫くのかい」
と呟いた。
コッペリアはゆっくりと瞬きをすると、立ち上がってフランツを見つめた。
「関係ないですから」
二人はしばらく見つめ合っていた。先に目を逸らしたのはフランツだった。
「貴方が私に何を求めているかわかります。お父様が私に何を求めているかも。私は人間に、スワニルダに似せられたロボットです。貴方に都合の良いスワニルダ。それが私」
人型ロボットは話し続けた。
「お父様は人間が嫌いです。人間はお父様を愛さないから。醜く、偏屈で、癇癪持ちのお父様に振り回されることを人間は厭います。でもお父様は愛されたかった。隣の家族が羨ましかった。だからロボットを人間に近づけた」
「やめなさいコッペリア」
コッペリウスはため息を吐いた。
「もういい。その通りだ」
「……お父様。私、わからなくなってしまったの。お父様がスワニルダとお話しができるのなら、私は必要なのかしら。フランツ、貴方もよ。ムラに馴染めないから私に惹かれた。でも貴方は貴方を好きでいてくれる人がいる。わかったの。人間が求めているのはあくまで人間なのよ。ロボットじゃない。ロボットは代用品なのよ」
「コッペリア!なんてこと言うんだ! 」
フランツはコッペリアの腕を掴んだ。
「代用品じゃない!君はスワニルダじゃない、コッペリアだ! 」
一瞬、コッペリアの顔が歪んだ気がした。
「そうね、ロボットほど都合の良い人間はいないものね」
コッペリアの視線が、つい先程まで読んでいた本に注がれた。随分と古い本で、かろうじて『くるみ割り人形』の文字が読み取れた。
「同じ本を読むのはもうウンザリよ」
コッペリアはベランダの手すりに飛び上がった。
「まわれ、まわれ」
止める間もなくコッペリアは身投げしてバラバラに壊れてしまった。人間たちは呆然としていたが、やがてコッペリウスがため息を吐いた。
「また組み立てなおさねば」
コッペリアの青い瞳が地面から空を見上げていた。
✳︎✳︎✳︎
数年後、フランツとスワニルダは結婚式を挙げることになった。あれだけのことがあったのに、結局ムラの慣習に従うのは人間の業だろうか。
宴もたけなわとなり、ムラ人たちは彼らの生活を表す踊りを踊った。フランツやコッペリウスの馴染めなかった彼らの暮らしは、いたってシンプルである。朝日とともに祈り、仕事をし、成長したら結婚をして、ときには部外者と戦い、平和が訪れる。
夜風にあたりに宴を離れたフランツのもとにコッペリウスが現れた。警戒するフランツに、プレゼントだけ渡してコッペリウスは去った。プレゼントは青いガラス玉だった。まるで瞳のような……。
コッペリアは今も、館のベランダで本を読んでいる。
「まわれ、まわれ」
Coppélia-人型ロボットのコッペリア- 刻露清秀 @kokuro-seisyu
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