第10話 sprit No.1 筋肉少女⑨

「それで、莉亜は何してんだ? いつも、昼休みは屋上で昼飯食ってんじゃん」

「そ、それは……光太が教室から出てちゃったから……」

「ん? 俺を追いかけてきたのか?」

「そ、そうよ! 何か悪い!?」

「いや別に悪いとは言ってないけど……」


 莉亜は腕を組み、ぷいっと横を向く。いやー凄い。すっごいツンツンしてる。触ったら怪我しそうだ。


 基本的に莉亜は男勝りな性格で、面倒見も良い。おまけに、幼少期から続けている剣道のおかげで程よく引き締まりつつも、女性らしさを残した理想的なスタイルに、切れ長の綺麗な目が特徴的な整った顔立ちといった容姿で、同期の女子達から羨望の眼差しで見られている。


 朝の一件だけ見れば、粗暴な面が悪目立ちしてしまうが、莉亜はそんなに悪い奴じゃない。それは、幼馴染の俺が一番理解している。


「まあ、なんでもいいけどさ。何で俺を追いかけてきたんだ?」

「えっと、だから……その……光太に……謝りたくて……」

「ん? なんて?」

「だから! あんたに謝りたかったの!!」


 莉亜は拳を握り締めながら声を荒げた。


「……は?」

「だって、朝は私のせいで……光太に迷惑かけちゃったから」


 しおらしく俯きながら、両手の人差し指を合わせるその様子は、先程の強気な態度とは正反対だった。


「別に俺は気にしてねーよ。白い目で見られんのはもう慣れた。それより、俺じゃなくて楠木に謝るべきだろ?」

「それは……ヤダ……」


 莉愛はそう言いながら視線を落とした。


 楠木と莉愛は水と油。陰と陽。悪役ヒール英雄ヒーローだ。


 彼女達はそれぞれ、学校の表と裏でそれぞれ頂点に君臨しているといっても過言ではない。


 とは言っても、莉愛が一方的に敵視しているだけで、当の楠木は歯牙にもかけていないんだけど。


「あのなぁ、莉愛。楠木が気にくわないのは分からんでもないが、クラスメイトなんだし、もうちょっと歩み寄ってもいいんじゃないか?」

「それもヤダ!」


 莉愛は頬をふぐのように膨らませ睨み付けてくる。


「大体、光太も悪いんだからね? 河野莉愛わたしという超可愛い幼馴染みをほったらかして、あんな女のケツを追いかけてるんだから」

「その自己肯定感を少し分けて欲しいもんだよ……莉愛は俺にとってただの幼馴染みだし、そんな事言われる筋合いはねーよ」

「あ、あんた、世のモテない男子にとって幼馴染みがどれだけ尊い存在か知らないの?」

「知らんし、どうでもいい。つーか、幼馴染みって負けヒロインの定番じゃねーか。むしろ、その設定には頼らねー方がいいんじゃね」


 そんな俺の言葉に莉愛は後ろからガーンという擬音が聞こえきそうなほど、口をあんぐり開けて目を丸くする。


「そ、そんな事ないし! そんなの二次元の話だし! てか、私と付き合ってよ!」

「さすが『先打ち必打の河野』だな……怒濤の展開過ぎて、ラブコメの神様も真っ青だよ……」


『先打ち必打の河野』


 地元の剣道界隈で莉愛につけられた異名だ。


 莉愛の試合における必勝パターンは先手を取り何もさせずに終わらせる。超速攻型の選手らしい。


 何でも、莉愛が先に攻撃を仕掛けた場合の勝率は九割を超えるとか。


 逆に最初の一撃を防がれると一割以下に凹むらしい。何とも尖ったスタイルである。


 少年漫画の中盤くらいで出てきそうな敵キャラだな。


「そんな事より、昼飯食べよーぜ。早くしねーと、昼休み終わっちまうぜ」

……いつも真面目に考えてくれないんだから……まあ、いいわ。私もお昼抜いたら、部活に支障出ちゃうし」

「んじゃ、てきとーにその辺の空き教室にでも――ん?」


 遠くから俺の名前を呼ぶ声がする。


 聞き覚えのあるその声は徐々に近づいており、それと同時に地響きも強くなる。


 まさか――


「やっほーーー! コータ! ご飯一緒に食べよーー!」

「リッキー!? っ!? ごほぉあああ!!」


 廊下に突っ立っていた俺に鉄球――もといリッキーが突撃してくる。


 俺の体は回転しながら吹っ飛んでいき、数メートル程転がった所でその勢いを止めた。


 あれ? 何か今走馬燈が見えた気がする。


「ちょっ! 光太!? 大丈夫!?」


 地面に倒れ込む俺に莉愛が駆け寄ってくる。


「ねえ、俺の手足全部ついてる? 一つも失ってないよね?」

「う、うん。ちゃんと、全部ついてる、多分……」

「多分!? 多分って何!? 今、痛みで全身の感覚麻痺してるからホントに怖いんだけど」

「じょ、冗談だって。あんたって貧相な体の割に意外と頑丈なのね」

「それ全然褒めてないから。むしろ貶してるから」

「うわー! ごめんね、コータ。勢い余ってつい」

「ふぇ?」


 傍に寄ってきたリッキーは男らしい腕を俺に伸ばし、体を掴みあげる。


 そして、そのまま地面にポンと立たされた。


「いや~、無事で良かった」


 リッキーは腰に手を当て額を拭う。


 最近、俺の周りには命を軽んじている奴が多い気がする。


 いやホント、皆道徳の授業受けなかったの?


「良くねーよ! 大型トラックにでも轢かれたかと思ったわ!」

「あなたは――力子さん!?」

「ん? 知ってるのか?」

「知ってるも何も、彼女は現在いま学校のあらゆる運動部が喉から手が出る程欲しがるスーパースターよ」

「そうなのか!?」

「えっへん! アタシって意外と凄いんだよ!」


 意外も何もその容姿の時点で凄いのは理解できるけど――でも、リッキーは確か運動できないはずじゃ……。


「確かついているあだ名は『破壊王』……体験入部の度にあらゆる器材を壊しながらも、その身体能力故に欲しがる部活動が多いんだって」

「あーね。そーゆー事ね。体育会系ってポジティブだね」

「剣道部も勧誘を試みてたんだけど、授業の剣道で衝撃波を繰り出したって聞いたかた、流石に手を引いたよ」


 それはもう、人間兵器だよ。


「賢明な判断だと思うぜ……多分、死人が出る」


 そんな俺達の会話を聞きながらリッキーは誇らしげに笑っている。


 うん。リッキーが良いなら、それで良いや。


「……はぁ、それでリッキーは俺をご飯に誘いに来たのか」

「うん! 〝さくせんかいぎ〟しようと思って!」

「作戦会議? あー例の件ね。そうだな――ほんじゃ、まあ。で昼食にすっか」

「人が多い方が楽しいし、アタシはそれで良いよ!」

「莉愛もそれでいいか?」

「え、あー、うん――ホントは二人きりが良かったけど」

「ん? ごめん聞き取れなかった」

「何でもない! 早く行こ!」


 そうして、俺達は近くの空き教室で昼食を取ることにした。




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変人じゃ済まされない彼女達は今日も一生懸命です! 空乃ウタ @0610sora

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