第27話 二人の仲よ永遠に――

「ちょっと!」

 私が声を荒らげたのと同時に、空中で雷精とプラレールが接触する。

 雷膜に弾かれることなく通過して、山田さんの手中に収まった。

「ほれガキんちょ、スイッチを押してみな」

 子供がプラレールを受け取ってスイッチを切り替える。

 ……と、重たく空を切るサウンドがした後にアナウンスの声が出た。

「凄い、本当に直った!! ありがとう雷精のお姉さん!」

「いいのよ、これも仕事だから」

 お年玉をもらったかのようにはしゃぐ子供に、山田さんはドライに手を振って対応している。

 まるで近所の正月での一幕のようだ。

 意外とこういうタイプの人が信用されるんだよね。主に子供から。

「ぼくも! ぼくのも直して!」

 今度はオルゴールが宙を舞った。数秒後には心地の良い音色が奏でられる。

「ありがとうお姉さん!」

 子供たちは、まるで歯磨きの宣伝のような満面の笑みを浮かべている。

 まるで質の高いマジックショーだった。

 山田さんの芸に子供たちがどっと押し寄せてくる。

 多くの子が何らかの電子機器を手にしていた。

「わーもう! これだから教育のなっていないガキんちょ共は……。わーかったから、押さないの! 転んだら危ないでしょーがあぁ! ほらそこおおぉぉ!! もう……。触れ合い雷精コーナー企画の見せ所を潰す気なの? 続きはショーの合間にちゃんとしてあげるから、落ち着きなさいってのー」

 あっという間に輪が出来て、私たちは巻き込まれないよう後ろに下がった。

「大人気だね。山田さん、大道芸人としてもやっていけるんじゃないかな?」

「子供受けは良さそうだな。性格のせいで大人には嫌われそうだけど」

 賢治が辛辣な評価を下す。特に反論はない。

 よく見ると、特設ステージの庇(ひさし)に『あなたの思い出の電子機器が直るかも?』という文句が踊っている。

「そういや、用紙の裏面にあれも書いてあったな」

 賢治が思い出したように呟いた。

「私たちも何か持って来れば良かったかな?」

「俺たちだけ金を要求されなきゃいいけど」

 山田さんの性格なら有り得そうで笑える。

 ちゃんと人の役にたっているみたいだし、五百円くらいなら払ってもいいかな。

『僕が雷精に人気度で負けるとはね。これが悔しいという感情なのか……』

 た、たしかに……、と光を強めたレイちゃんに私は心の中で同調した。

 私たちの人気は一過性だったのか。山のゴミを撤去した今となっては却って都合が良いけれど、山田さんペアに負けた心境は複雑だ。

「この盛況っぷりだと、第二回もありそうだな」

「じゃーそれまでに、去年に寝ぼけ眼に壊した目覚まし時計を、戸棚の奥から出しておかないと」

 鬼が腹を抱えて笑いそうな私の案に、賢治が「一つだけにしておけよ」と苦言をいれた。

「そうそう何個も壊さないよ!?」

「ならいいけど。そろそろ行くか?」

「うん」

 私たちは特設ステージを後にして、赴くままに足を進ませた。

 山田さんとはもうすこし話していたかった気もするけど、一年と待たずにどこかでばったり会える。そんな気がする。

「俺、また髪を伸ばそうと思うんだけど、どう思う?」

 賢治が興味なさげに聞いてきた。

 だからってわけじゃないけど、どうでもいいと思う

「いーんじゃないの? 今でも賢治モテてるのに、伸ばしたらもっとモテそうだけど、逆にそれは賢治的にいいの?」

「代わりになるものがあるから、たぶん問題ない」

「そうなんだ。私は賢治が賢治でいてくれたら、それでいいや。にはは!」

 賢治は何か言いたげに口元を動かしたけど、結局何も言わずに、小さく笑うだけだった。

「ねぇ賢治、私水飴食べたい!」

 未だ探知件数ゼロの水飴屋を、私は目を皿にして探す。綿あめとかクレープはあるのにな。

「了解。っつっても、まだ店やってないんじゃないか?」

「そしたら店の前でヨダレを垂らして待機しようよ」

「食い意地の張った奴だと思われるぞ? 物乞いに思われなきゃ御の字だ」

「にはは。賢治と一緒ならそれでもいいよ」

「……」

 賢治の小指が私の小指に触れる。一回。二回。そしてとうとう絡まった。

 絡めてきたのが賢治なのか、私の無意識なのか、頭がぼーっとしてきて判然としない。

 指摘するでもなく、振りほどくわけでもなく、私たちは無言のまま水飴屋を探して、まばらな人の中を歩いて行った。




 鎮雷祭は例年以上の激しい雷雨に見舞われた。その翌日からは嘘のような晴れ間が続いた。時たま雨は降れども、雷の気配はしなくなった。

 翌年も、そのまた次の年も――。

 「その年の雷は鎮雷祭で見納めとなる」私たちの住む地域では、いつからかそう言われるようになった。

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私、水精霊は好きだけど雷精霊は嫌いです ~やたらと命を狙われます~ スミレ @TKS32

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