第26話 またまたまたまた雷精霊

「あーら、巨乳ちゃんじゃない? もしかして、健気に働く私にとうとう胸を揉ませてくれる気になったのかしら?」

「山田さん!? が、なんでここに?」

 黄色いタイツに黄色い被り物、本来あるべき化粧の色をすべて黄色に施した山田さんだった。

 頭上では雷精が元気そうに漂っている。

 相変わらずの喉を撫でてくるような声に、賢治が私を庇うように凛として前に出て対応する。

「まさか、またあんたに会うとはな……」

「てっきり私を労いに来たのかと思ったけど、なに、違うの? 胸は? その揉んで欲しそうに膨らませている胸は、揉ませてくれないの? こんなの生殺しよ! あんたもそう思うでしょ?」

「あ、いや……それは……」

 なぜか賢治が横顔を赤らめてたじたじになっている。

 え、どういうこと? 賢治も私の胸を揉みたいの?

「そ、そんな訳ねぇだろぉお!?」

 怯んだと思われた賢治は、拳を胸の前で震わせて復活した。

 イントネーションが崩壊していたように思えるけど、気にしないでおこう。

「あんた、今の自分の発言後悔するわよ」

「…………っく!」

 またすこし怯んだ……。

 というか山田さん、最初に出会った頃に戻っている。雷精に精神の一部を操られているのが今状態なのか……。

 ――今の山田さんの方が山田さんらしくて好きかも。少なくとも、私たちを見て子供のように泣かれるよりは良い。

「まさかとは思うけど、悪さをしようとか考えてないよね?」

「巨乳ちゃんに良いことを教えてあげる。悪さってのは、気づかれないようこっそりするものなのよ? 衆人環視の前でやるのは単なる目立ちたがりの馬鹿よ、馬鹿」

 とてつもなく為にしたくない忠告だった。

「じゃーなんで山田さんがここにいるの?」

「見て分からないかしら?」

 そう言って、山田さんは面倒くさそうに脇を広げた。

 黄一色の道化師衣装に雷精を携えているとなれば、『触れ合い雷精コーナー』の主演者というのは分かる。

「精を出してた光精狩りは廃業したのか?」

 賢治が鋭く訊いた。

「ま、そんなところね。光精いなくなっちゃたし。場所を変えれば他にもスポットはあるにはあるけど、なんだか光精を捕まえる気力もなくなっちゃって」

 あっけらかんと語る山田さんに、嘘を吐いている様子はない。

 雷精が山田さんに「光精狩りは必要ない」と思わせるよう操ったのかな。――確かめる術はないけど、たぶんそうだ。

「それでピエロに転職? 山田さんずいぶんと思い切ったね」

 私がそのギャップの幅につい笑うと、山田さんはもの凄く嫌そうな顔をした。

「冗談よして。これは上司のそのまた上司が鎮雷祭の関係者で、頼まれて仕方なくやってるだけよ? 一度限り! 二度とやる気はないわ」

「上司って、山田さん会社に勤めてるの?」

「意外そうな顔をされるのは心外ね。つなぎのコンビニバイトは二回落ちたけれども……。これを直接連れて行って、これを扱えますって言ったら、大手の電気機器メーカーを一発で受かったわ。その後色々と面倒な資格を受けさせられて、そいやー、結果がどうなったのか知らないわね……。いうても、必要とされているのは私じゃなくて、これの方よ」

 黄色のアイシャドーの入った目で、恨めしそうに雷精を睨み上げる。

 当の雷精はどこ吹く風で頭上を彷徨っている。なんとなく楽しげだ。

「雷精にしては馬鹿に大人しい方だと思っていたけど、山のゴミが撤去されて、輪をかけて大人しくなったのよね。やっぱりこれは馬鹿なのかしら?」

「そうバカバカ言うのもどうかと思うよ?」

 雷精に気に入られる、という調教師の必須にして最大の難問をクリアーしている山田さんは、電気機器メーカーにとって強力な即戦力となり得る。

 雷精の使い道は幅広い。

 機器の問題箇所や脆弱性を見抜いたり、より効率的な基盤の構築に一役買ったり。

 一般的な高出力を出すタイプではなく、電磁波の操作を得意とする精密な性格も、色々と都合が良さそうに思える。

「給料は跳ね上がったし、仕事は楽だから、まあ我慢するけどね。出勤前後にこれのために山を経由しないといけないのと、悪さができないってのが難点と言えば難点かしら」

 真顔で愚痴る。

 どこまで山田さんを信じて良いべきか……雇った電子機器メーカーの今後の行方がちょっぴり心配だ。

「でもあの山田さんが、ねぇ……」

 フヒヒ! と笑っていた山田さんを思い出しながら、私は笑いを堪えて賢治と見合った。

「だよな」

 賢治も賢治で可笑しそうな表情をしていて、私はついに堪えが利かなくなって「にはははは」と笑う。賢治も釣られて笑った。

 雷精も落ち着いているようだし、とりあえず、『触れ合い雷精コーナー』の心配は取り越し苦労で済みそうだ。

「なーにがそんなに笑えるのよ?」

「ううん。人は変われば変われるんだなって、思っただけだよ。にはは」

「本当にそう思って笑ったのかしら? 疑問だわ」

 釈然としない山田さんに、精霊サッカーにいた男の子が二人、駆け寄ってきた。

 プラレールとオルゴールの玩具をそれぞれ大事そうに抱えている。

「雷精のお姉ちゃん、これも直せるの?」

 突然の依頼に、山田さんは不機嫌を引っさげたままプラレールを摘まみ上げた。そして、無言で上空に放り投げる。

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