第25話 怪しい気配……

 公園内の散歩道を、白い下駄をカポカポと鳴らしながら歩いた。

 アスファルトの道に沿うように、準備中の出店が並んでいる。

 六年ぶりの祭りの気配に胸が躍る。胃袋が囁いている『我になにか食わせろ。できれば甘いもので』と……。辛いけど我慢だ。

 たこ焼き屋に射的屋、じゃがバターなんてのもある。狙いを付けておきたい水飴屋は、残念ながらここには無かった。

 気のはやる子供たちが私を追い越していく。その肩には各々の水精が乗っていた。

 ――もうすこし行けば、待ち合わせの場所に着いてしまう。

 時間にはまだ三十分早いのに……。

「友達甲斐がありすぎるよ」

『スミを待たせたくなかったのだろうね』

 貧相なポール型屋外時計の下で、地面を正視する甚兵衛姿の賢治が立っていた。

 まだ私には気づいていない。

 きっと私が話しかけたら驚くぞ。にはは。

『悪い顔だ』

「いいのいいの。苦しい思いをした代償に、これくらいは楽しませてもらわなきゃ」

 試しに近くを素通りしてみる。

 賢治は嗅ぎ慣れていないであろう香水に一瞬反応を示したけど、私だとは気付かなかった。

 このことは密かに日記に書いておくとして。

「やっほー賢治」

「ん? おお、早い……な……っ!?」

 賢治は私の顔をまじまじと見詰めて固まってしまった。

 想像した通りの反応に、賢治の間の抜けたその面に、わらけてくる。 

「鳩が豆鉄砲を食らったような顔してるー。にはは! 賢治もそういう顔するんだね」

 賢治は赤みが差した顔で、品定めするように私の全身をみた。

「なんというか……すごく綺麗でびっくりした。着物、似合ってるな」

 面と向かって、き、綺麗だなんて……男子に生まれて初めて言われた。

 自分で自分の顔が熱くなっていくのが分かる。

 なんだなんだ、この胸のキュンとする感じは!? 私は知らないよ……。

「い、いいからそういうお世辞系は。求めてないから、無理しないでいいよ!?」

「……お世辞で言ってないよ」

 マジな感じ出すのやめてー! そこはお世辞で言ったことにしてほしかった。

『見事なカウンターが決まったね』

 レイちゃんも実況入れてくれなくていいから!

「そーだ賢治、今日はアースちゃんは一緒じゃないんだね」

「アースなら家で留守番してる。あいつを連れ出す時は、リュックを背負わないといけなくなるのがちょっとな」

 賢治は苦笑した。話題の転換が強引だったかな。

 土精を外に連れ出す際には、いざという時のために適した土、泥、石、を携帯するのがマナーとなっている。

 あくまでマナーであって強制でもなければ罰則もない。遵守する人は珍しい部類に入る。

 律儀に守るあたり、賢治らしいや。

「しばらく会えてないから、また会いたいな」

「今度俺の家に来るか? アースもきっと喜ぶよ」

「に、にはは……」

 私が賢治の家に? 逆は良いけど、行くのは抵抗ある。変な意味じゃない。変な意味じゃないんだけど、緊張する……。

「来たくなったら言ってくれよな、いつでも歓迎するから。それとは別に、今度アースとどこか遊びに行くか? 土精が遊べる施設とかに一緒に行ったら、楽しいかもな」

「にはは。そうだね。楽しみにしてる」

 最近は賢治に誘われることが増えた。

 滅多な理由がない限り、断らない私も私だ。

 しばらく道なりに進んでいくと、子供が好きそうな遊具が設置された広場に出た。

 ブランコに砂場、滑り台に鉄棒。

 中でも人気を博しているのは精霊サッカー施設だ。

 水精用の水サッカー施設。土精用の土サッカー施設。どちらにも子供が群がっている。

 火精用もあるけど、火精は取り扱いに注意が必要とされるため、未成年者が連れることはまずない。こちらは子供ではなく大人が楽しそうに声援を飛ばしている。

 ルールは微妙に違うけど、どれも似たようなものだ。

 実力差に応じて自由にハンデを設けたり、皆好きなように和気藹々と楽しんでいる。

「アースちゃんを参加させたら子供たち泣いちゃうね」

「申し訳ないけど、俺のアースなら二対一でも負ける気はしないよ」

 賢治の口調にはたしかな気合が篭っている。

 実際に戦うのはアースちゃんなのに、大した意気込みだ。

「それは言い過ぎじゃない? でも、アースちゃんならやってくれるのかな」

「無論だな」

 アースちゃんの本気の姿を思い出す。

 あの背中から感じた逞しさは今でも鮮明に覚えている。

「あれ、なんだろ?」

 広場の奥まったスペースに『触れ合い雷精コーナー』と書かれた看板があり、側に特設ステージが建設されていた。

 雑草が点々と生える地面に、スタッフの手で観客用のパイプ椅子が並べられていく。

「たしか、そんなのチラシにも書いてあったな」

 賢治はポケットから四つに畳まれた用紙を取り出して、広げた。

 第百二十六回鎮雷祭プログラム表というタイトルの一番目に、公園の広場において『触れ合い雷精コーナー』有り、時刻、十七時から。となっている。

 開幕まであと二十分くらいだ。

「へ~。去年もあったの?」

 気易く投げた問いかけに、賢治は短く頭(かぶり)を振った。

「毎年参加してるけど初めて見た」

「そうなんだ。大丈夫かな……」

 雷精と聞くと無条件で嫌な予感がする。

 子供たちを呼んで触れ合わせるだなんて、その脅威を肌で知っている私たちからしたら、正気の沙汰とは到底思えない狂気のプログラムだ。

 雷精を扱うには、専門の資格と専用の施設が要る。

 そしてなにより、雷精に言うことを聞かせる調教師の存在が不可欠だ。

 敢行するに至ったということは、調教師はさぞや腕に自信のある実力者なのだろう。

 にしても、だよ。

「ちょっとステージの裏の様子だけでも見てこようかな」

「無理すんなよ。俺が行って話を聞いてくる」

「でも私が言ったことだし、私が行くよ――」

 こんなことで賢治にもしものことがあったら、きっと後悔では済まない。

「平気だから任せておけよ」

 私は勇み足で行こうとする賢治の袖を掴んだ。

「賢治! ……二人で行こう」

 賢治は私をどう説得したものかと悩ましそうにしたけど、最後には諦めたようにため息を放った。

「はあ。わかった、二人で行こう。その代わり、俺が先を行くからな」

「そうこなくっちゃね! にはは」

 触れていると不思議と落ち着く賢治の袖は、掴んだままに歩く。

 なんだかちょっぴり恋人っぽい。

 恥ずかしいから指を離したいのに、そうはならない。これが世に言う乙女心というものなのか。まさか、私にもあっただなんて……驚きだ。

 不意に、横からビリビリという静電気がスパークする音が微かに聞こえてきた。

 雷精の気配!? もはや聴き違えるはずもなかった。ayasiikehai

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