Ending

epilogue

the public enemy:


 僕は夜の摩天楼達を見下ろす。ストローのささった、コーラを片手に。

 シンガポールにおいて最も高いホテル、マリーナベイサンズの最上階。そこにつくられたバーのテラス。その手すりにもたれかかって見つめる景色は、天の川、などと形容するほどの感動はなかった。

 地上の光で空の星は隠れ、視界のほとんどが暗黒に包まれているからだ。視界の全てを抱くはずの摩天楼達の輝きは、いまやとても遠い。

 僕はコーラに口をつける。そして再び、ガラス張りのカーテンウォールの先から照らされる光の常套句クリシェばかりの広がるこの世界を見つめる。そしてつぶやいた。

「希望を供養する卒塔婆の群れ、か……」

 美しい建造物は、その威容は、本来の人間の姿を覆い隠し、偉大さを演じるかのようだ。その中身が、たとえ最後は空っぽと評価され、倒産し、解体される目前なのだとしても。


 ここでの貸切のパーティは、僕の最後の任務の終幕を意味していた。ここで共にいる人たちはこの国の復活に喜びを分かち合っている。僕も会話していたが、疲れてしまった。


 僕は黒沢さんから言われたことを思い出す。

黒沢『君の任務は、まもなく終わりを迎える』

黒沢『任務完了まで、君に名前は与えられない』

 僕は微笑む。

主人公「僕は死体になったときはじめて、本当の名前を返されるのかな」

 そうひとりごちているとき、ふと置いていった未冷先生を思い出した。そして笑う。

主人公「そうだな。殺されるなら、未冷先生がいいけれど……それは無理だろうな。黒沢さんと、相当仲が悪そうだし」

 このビルから、人生で一度しかできない空を飛ぶ挑戦でもしてみたくなってきた。乗り越えてから少し歩かなければならないが、僕はそれでも構わなかった。

 僕はその手すりを乗り越えようと、コーラをテーブルに置いて、腕に力を入れる。


 そのときふと僕の隣に、誰かがやってくる。そこに向くと、アスレジャーの格好の、大人びた真依先輩がいた。僕は呆然としていた。

 彼女は微笑む。

真依先輩「なにしてるの?後輩くん」

 僕は慌ててコーラを手に取る。

主人公「ああ、えっと、その……」

 手に持ったグラスを勝手にかちゃんと乾杯してくる。

真依先輩「やっとみつけた」

 手に持ったワイングラスの白ワインを一口含む彼女を見ながら、僕は訊ねた。

主人公「その、どうやって……」

真依先輩「この国で活動しているっていう噂を聞いた。バカンスと称してやってきたってわけ。戦争が続いていたとしても、パンデミックは完全に解決したからね」

 僕はためいきをつく。

主人公「先輩の財力、なめてたよ」

真依先輩「いいえ、私だけじゃない」

 僕は振り返る。そこに、アスレジャーの格好をした、大人となった衛理が現れる。赤ワインを携え、僕をじっとみつめる彼女へ、僕は訊ねた。

主人公「僕を、殺しにきたのか……」

 彼女は僕のところへ歩み寄っていく。

衛理「いいえ。捕まえに来た。警察の娘だったから」

 僕は微笑む。

主人公「全世界が言う通り、金融とITにおける膨大な罪でかな」

衛理「それだけじゃない」

 そう言いながら、彼女も僕のグラスに勝手に乾杯しながら、赤ワインをガブガブ飲み、

衛理「あんたはもうここから撤退する。この国の法改正もあと少しでしょ?」

主人公「気づいていたのか」

衛理「あんたのことはアメリカの連中から散々聞かされた。世界を歩く、戦争の王(Lord Of War)。その別バージョンがいるってね」

主人公「なるほど、僕もいよいよ、潮時ってわけか」

 そう言って、僕はコーラを飲む。そして眼下に広がる景色をみつめる。

主人公「そう。僕の旅で、真に星を繋ぐには至らなかった。僕はコンピュータやシステムで平和だの民主主義だのの夢に誘う、ただの教え子でしかなかったよ」

 その時、新たな足音が聞こえた。振り返ればそこに、僕の求めた死神が立っている。

未冷先生「それでもあなたの任務は、完了した」

主人公「未冷、先生……」

 アスレジャーの姿な彼女も、僕のグラスに勝手に乾杯をしてくる。ますます大人びた彼女は、コーヒー牛乳を一口含む。そして、その眼下に見える世界を、彼女は見渡した。

未冷先生「この世界は爆発しなかった。独裁者にもなったりしたスパイの作り上げた新しい世界としては、上出来だと思う」

 僕はだんだん、さっきの喜びとは遠くなっていく感覚を味わっていた。

主人公「あのとき撃たれた先生の非殺傷弾よりも、ずっと重いな」

 未冷先生は表情を変えることなく、首を傾げる。だから僕は答えた。

主人公「先生の願いを、民主主義の暗号による搾取なき世界を、僕は叶えられなかったんだ。あれから、数年経ったっていうのに。こんな状態で、先生の前に立つことになるなんて」

 僕がそう言って黙り込んでしまうと、彼女は手すりにもたれかかりながら、言った。

未冷先生「荒れ果てた雪国のなかでみんなと助け合いたくても、世界の冷たさに触れたら、誰もが凍り付く」

 彼女は僕へと振り返る。

未冷先生「君は、今も違う」

 僕は彼女の言葉に、首を振って答えた。

主人公「僕では不十分だ」

未冷先生「あなたは何度も消えてきた。だからこそ、世界はいまだに繋がることができない。あなたこそが、お姉ちゃんの、願いを継承しなきゃいけない」

 僕は彼女を呆然とみつめる。未冷先生は言った。

未冷先生「私たちは、スパイを超越した任務を行う。生き残るための」

主人公「人類が、とでも」

 彼女は頷く。

未冷先生「搾取は日本でも、今なお継続している。無知をいいことに民主主義の根幹を、誰かを尊重することを破壊しようとする連中が、世界にはたくさんいる。それらから真に独立し、今度は繋ぎ直すために、あなたは雇われる」

 僕はため息をつく。

主人公「国の仕事でしょ」

未冷先生「あなたは教え子として、果たせなかったんでしょ?全てを与えてしまったのに」

 僕は驚き、振り返る。彼女は微笑む。

未冷先生「あなたは通貨の王を超えて、この星の王になった。なのに、先生たちにお金をあげたり、立場や仕組みを譲ったりして。とうとう、すべてをなくしてしまった。そうしてあなたは、何かのシステムをつくりあげながら、その場所にいる先生たちの演説の原稿を書いて話させながら、私たちを、この星を育ててきた。やがて、暗号通貨の適正取引すらも、この星の不安定な国の人たちの資金を防衛する、最後の砦となった。そうしてお姉ちゃんの、先生の、脚本家スクリプターの伝説は世界に複数の権力者の行動として点在し、その主人公があなただと気づいたところで意味がないほどに、非集権化を成功している。暗号名コードネームの三冠という偉業を、ゆうに超えた成果になった」

 俯く僕に、未冷先生は告げる。

未冷先生「おねえちゃんは言ってた。民主主義は、状態じゃない。行動。あなたはそれを誰よりも理解した上で、自分の旅の中で、誰かに優しくすることを、誰かを尊重することを、誰かを守ることを、本気で体現してきた。だからみんなが、誰とでも仲良くなれる主人公のあなたを、待っている」

 高校生の頃言われた同級生の言葉を思い出す。

生徒『心配してたんだぜ、主人公さんよ』

 そうして、これまで世界を巡って出会ってきた人たちのことを思い出す。優しく僕を迎えてくれた人たち。もう決して会うことのできなくなった人たち。涙を流しそうになりながら、僕は首を振った。

主人公「僕は主人公じゃない。人類に進化を強制して、問いを消し去る、傲慢な支配者だ。なによりいつも、僕は先生たちの、未冷先生の、期待を裏切ってきた」

 そして、どうにか言った。

主人公「だから僕は世界を知りながら世界と融け合うことのない、名前のない、人類の敵パブリック・エネミーなんだよ」

 その時未冷先生は笑った。

未冷先生「まったく……変わらないね、君は」

 僕は顔を上げる。彼女は微笑んでグラスをテーブルに置き、

未冷先生「今日から、人を、自分をだまして生きなくていい。そうでなきゃ、先生は務まらないから」

主人公「先生……?」

 そこに、あのコンシェルジュのお姉さん、明穂さんがふたつの小さな箱を持って現れた。そして、呆然とする僕へとウインクする。未冷先生はお姉さんの持って来た箱のうちのひとつを受け取り、その箱を開いた。それは指輪だった。そして僕の左手をとり、その薬指に指輪をつける。

 僕は呆然と、先生を見つめた。彼女はお姉さんからもう一方の箱を受け取り、それを開ける。その中に入っていた指輪を、自らの左手の薬指につけ、微笑む。

未冷先生「これが、新しい君の居場所」

 周囲の何も知らない僕の同僚の人たちも、そんな様子に驚愕し、固まっている。僕もまた、呆然と訊ねていた。

主人公「なんの、ために……」

 未冷先生は僕の手を両手で握った。かつて、中学校のとき、そうしたように。そして彼女は笑った。

未冷先生「君だよ」

 僕は握られた手の心地よさに、先生の、彼女の輝く笑顔に、呆然とする。それは彼女が、中学生の時から、そして一緒に眠っていた高校生の時から、あまりにも完璧に綺麗になっていたことに、僕が今更気がついたからだった。

未冷先生「ありがとう。私を先生だって、ずっと慕ってくれて。あなたの優しい解答スクリプトが、私をここまで導いてくれた」

 未冷先生は、僕に言った。

未冷先生「あなたこそが……私たちの、私の、先生になったの」

 気づけば、涙で世界は緩む。希望の卒塔婆を、この星の光を集めて、世界が輝いているように見えた。惑う者でしかなかった僕を、先生は抱きしめた。そして、優しくこう言った。

未冷先生「これが、搾取なき世界。あなたが、暗号通貨で完成させた未来。一緒に行きましょう、先生。それが、私たちの脚本スクリプト

 僕は、未冷先生を抱きしめ、そして誓った。

主人公「うん……」

 そんななかで、明穂さんは微笑みかけてくれる。未冷先生と真依先輩は僕へグラスを掲げ、そして互いにまた乾杯してる。優しい微笑みを称えながら。僕は彼女たちに笑いかける、そのとき、未冷先生に急に引き寄せられる。そうして、未冷先生らしい、少し強引な誓いを交わすこととなった。そして彼女は言った。

未冷先生「なんだ、ずっと同じ香水使ってたの?」

 僕は笑う。

主人公「僕は、先生みたいになりたかったんだ」

 彼女は微笑む。

未冷先生「先生、うれしい」

 周りの同僚たちが、歓声を上げる。気づけば、このテラスのバーにいた全員が、僕らへ拍手してくれる。この国を破滅から救った人たち。彼らは彼女達をのけものにすることなく祝福してくれる。楽しげに。優しげに。同僚達が笑って声をかけてくる。僕はあたふたしながら、みんなに彼女達を紹介し始めた。

 その時、僕はスパイの役目を終え、真の意味でこの星の人たちのもとへ帰ってきた。教え子としてではなく、先生として。僕が今まで逃げてきた全ての社会はこうして少しずつひとつに繋がりはじめた。

 いつか全ての人たちが、こうして少しずついくつかの社会と繋がって、真の平和に近づいていくんだろう。

 あの瞬間、楽しそうに、そして涙を湛え、星のように輝く未冷先生と見つめ合いながら、先生となった僕は思った。


 いつか僕が先生として星を繋げられなかったそのとき。

 あるいは僕が世界を誤った方向に導き、あまねく奇跡を終わらせてしまったそのとき。

 僕は、黒沢さんの言っていた旧来の人類の手で、つまり、いまよりずっと完璧に近づいた法によって裁かれるのだろう。人類の恥として。弱者を惑わし、偽の希望を与え、搾取した、偽の預言者として。

 だから僕には、やらなければならないことがある。


 僕はかつて通っていた学校に、スーツを着て、キャリーケースを片手にたどり着く。そして、かつての同級生の先生たちに手を振られる。

先生たち「主人公せんせ〜、がんばってね〜」

 僕は恥ずかしいけれど、どうにか手を振り返す。

 学生たちが、僕にあいさつをしてくる。ときに手をふってくる。僕はそれに答えながら僕は自分の研究室に辿り着き、扉を開ける。そして、僕はキャリーケースを置き、どかりと自分の席に座る。そして年代物になりつつあるMacbookを開き、そして空を見上げる。

 空から見えるこの学校は、僕が知っているころの航空写真と全く違うものになっている。

 たくさんの工場。たくさんの格納庫。そして、たくさんの戦闘機たち。

 ここは、国連軍の新しい高等教育機関。国連安全保障大学高等専門学校。

 国連軍での兵役で難民でも通えるようになる、軍産議複合体。そんな彼らが国連軍とともに、衛星通信でこの星の誰もがインターネットで参加できるようになった未来。

 それを僕は、たくさんの人と共に描き上げた。

 すべては、新しい問いを、新しい暗号をつくりあげるために。


 未冷先生に指輪とともに国連軍の先生としての役割を与えられた僕は、この未来に至るまでの全ての作戦、脚本スクリプトを送り出すことにした。それは、日本に、浦安のホテルに、この学校に帰還し、時折続けた仕事が、教育者となる僕の存在証明のための、世界に対する僕の解答スクリプトでもある。

 この星は、僕の手による国や金融に対抗する幻想がこの世界に必要なくなってしまうほど、進歩した。

 国や金融のその本来の対抗勢力である国民が、市民が分断されながらも対抗している。ならば、ただひとりの解答者、脚本家スクリプターという幻想はもはや、必要がない。

 連合国軍最高司令官総司令部GHQが、星に溢れる先生たち、脚本家スクリプターたちの出現で、意味をなくしていったように。

 だが、代償もあった。

 ドアのノックもなく誰かが扉を開けて入ってくる。

黒沢「人類の敵パブリック・エネミー、いるかな?」

主人公「いますよ、黒沢理事長」

 いつまでも雰囲気が変わらない彼女は僕の顔を見て笑う。

黒沢「よし、今度は勝手にいなくならないように」

 そういって彼女はまた立ち去っていく。

 こうして、国際権力である黒沢さん含むおっかない先生たちから常に監視され続ける運命になってしまった。

 不良だった自分の罪として、これは受け止めるしかない。


 この解答(script)は、君たちを現実と虚構の入り混じるこの奇妙な幻想へ誘う、新たな問いだ。

 君たちは旅に出る。

 旅するのは、人の思い描いてきたふたつの富の幻想が束ねられた世界だ。

 通貨と呼ばれる誰もが権力を手にできるはずだった夢の世界。

 そして民主主義という人民の誰もが主権を持つという、夢の世界。それは言わば、人類による約束の地だ。

 だが、その旅でたどり着く約束の地は、いったいどこなのだろう?


 黒沢校長先生と入れ違いで、ふたりの素敵なスーツ姿の先生がキャリーケースを引いてやってきた。

真依先輩「後輩先生、いつまで文字打ってるの」

衛理「そんな暇ないんじゃないの、ナードせんせ」

 わかりましたよ真依先輩、衛理先生。そういいながら僕は立ち上がり、ふたりのもとへ進む。


 戦闘機が飛び立っていく空を見上げながら、僕は思い出す。

 国連安全保障大学高専。この理想の世界が描かれたこの星ですら、支配と暴力が溢れる長い歴史がいまなお続いている。

 通貨はいまなお、諜報製品スパイウェアのままだ。通貨は神を自称する大人たちにまだ仕えている。

 無知や無力は、人を暴力に駆り立てる。

 いかなる種類の力も結局は誰かに暴力で奪われる。

 だからやがて世界は、盲目となった支配者とともに崩壊する運命にあるのかもしれない。

 

 僕は、ふたりの先輩の先生に引率されながら、かつて爆弾を抱えて走り抜けていたこの廊下をみながら、自分の後ろ姿をなぜか思い出す。

 かつて僕は、星の破滅の運命を否定するために、この終わるはずの輝きを守るために、なにもかもを破壊してしまった。

 そうして、高校生だった僕を足を引きずって追う元生徒会長がいる。そして、僕たちが殺した人たちが、さまよいつづけている。

 彼は、彼らはもう、この世界にはいない。なぜなら、僕が作った世界に、犯罪者となった彼の居場所は、檻の中にすらも存在しなかったからだ。

 僕は誰もが話し合い、合意のもとで進むはずだった犯罪をはじめとする全てのこと、民主主義というもっと大切な幻想を、数多の人間によって編まれていたはずの規範コードを、強力な力となった莫大な通貨で、秘密裏に買収し、無理やり解いてしまったからだ。

 僕は誰よりも、お金という諜報製品スパイウェアを悪用した。

 だから僕はこの星を支配する最悪の独裁者、人類の敵パブリック・エネミーと呼ばれてしまったんだろう。

 元生徒会長。元生徒会のみんな。君たちは僕を断罪するために、このお金という諜報製品スパイウェアが全てにしかみえない地獄の中をさまようことになるのだろう。僕と同じく、ありもしない自分の間違いだらけの答案スクリプトを追い求め、お金を使おうとしたのだから。


 だからこそ、旅で目指す約束の地は、誰もが思い描く理想でなきゃいけないんだと思う。そしてそこで、自分が楽しく過ごせるように、変わり続けなきゃいけないんだと思う。


 僕たちは校長室に入る。そして、僕は大好きな人にいった。

主人公「いこう。未冷先生」

 かっこいいスーツ姿の彼女は笑う。

未冷先生「ええ、先生」


 僕と未冷校長先生はふたり、手をつないで歩く。たくさんの人たちに守られながら。

 それは、すべての理想という幻想を繋ぐため。

 人々と話しあい、世界の在りかたを書き直し続ける旅。現代社会の技術と成長しつつある民主主義という行動のなかでついに許されるかもしれない、約束の地(Promised Planet)に至るために。


 そして、僕たちのために用意された、巨大な航空旅客機へと乗り込む。そのなかでたくさんのカメラを向けられ、この学校の人たちに手を振られる。だから僕も手を振る。

 僕たち四人は本当に、アメリカに、ニューヨークへと向かう。

 国連総会に出るために。 

 旅客機の座席に座った未冷先生は言った。

未冷先生「これで私たちは本当に、星を繋ぐ旅に出るんだね」

 隣にいる僕は笑う。

主人公「ああ」

 そうしてまた、手をつなぐ。


 いま先生となった僕は、独裁国家や陰謀論のような政治的集団から、世界政府を樹立させるテロリストと呼ばれている。

 そして彼らのような、僕の諜報製品スパイウェアたる通貨にただのりする組織犯罪集団と、敵対する存在へとなりつつある。

 けれど僕は何者でもない。僕はどこにもいない。どれだけの数の、僕を形容してきた名前があったとしても。それらもまた、いまや僕の大きな影に過ぎない。

 いまも昔も、僕だけで世界が動いていたわけがないのだ。


 旅客機はゆっくりと、けれど確実に加速し、そして離陸する。

 すべての諦めから、解き放たれるように。


 僕は問いという幻想を満たす。そして、解き続ける。

 人類全てがみんなを信じられるほどに平和で、豊かな世界をつくるための旅なのだと、僕に力を貸してくれたみんなが、僕に居場所をくれた未冷先生が、たくさんの先生たちが信じている限り。

 僕を信じてくれる、教え子たちがいる限り。

 自らの思い描く理想という虚構のある限り。

 そして、約束の地(Promised Planet)がいまだに問うもの、幻想である限り。


 旋回する旅客機から見える晴れた白金の都市、東京は、真っ白な光を照らし返している。

 僕は先生として、いまこの最も天国に近い場所から、虚構を現実へ書き変え続ける。

 この星から、問い続ける僕が必要なくなるその時まで。


 僕はこの星の監視者センチネル

 白昼夢の建築家アーキテクト

 脚本家スクリプター

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script 倉部改作 @kurabe1224

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