共に歩んで

 その後、他愛もない話を2時間ほど続けてから2人は店を出た。栄子は葵の最寄り駅まで見送りに来てくれた。


「今日は付き合ってくれてありがとね、栄子。昔のこといろいろ聞いちゃったけど、嫌な気持ちにならなかった?」葵が尋ねた。


「全然。むしろ自分と同じような人の話聞けて楽しかったよ。それに葵が変わってないってわかって安心できたし」栄子が歯を見せて笑った。


「あたしが変わってない? どういうこと?」


「葵、あたしが美大行く前から、よくあたしの書いた漫画読んでくれたでしょ? あたし、平気そうな顔してたけど、本当はものすごく緊張してたんだよ。でも葵にだったら安心して見せられた。だって葵は、絶対あたしを否定しないってわかってたから」


 栄子はへへ、と鼻の下を掻いて笑う。葵は目をぱちくりさせてその顔を見返した。自分はただ、同い年なのに漫画が書ける栄子をすごいと思っていただけだ。だが、栄子はそんな自分の中に安心感を見出してくれていた。そうか、こんな自分でも、栄子の支えになっていたのか――。胸の内に暖かいものが広がっていくのを感じながら、葵は手を振って栄子と別れた。


 電車に乗って座席を確保すると、葵は鞄からスマホを取り出した。いつものように小説投稿サイトを開くと通知が1件来ていた。『原田素子はらだもとこ』――智子のペンネームだ――が新作を公開したらしい。さっそく読もうと作者名をタップし、作品一覧が表示されたところで葵はあることに気づいた。智子が最初に投稿した長編。そこに星マークが付いていたのだ。


『社会人なら誰でも感じるような悩みが描かれていて、とても共感できました! あまり読まれていないけどお勧めです!』


 それが『レビュー』というものであることに思い至った時、雲間から光芒こうぼうが差すような暖かみが葵の胸の内に広がっていった。とてもシンプルな感想だけれど、それでもこの短い言葉が、智子の心にどれほどの光をもたらすかは想像に難くない。


 栄子が言っていたのはこのことなのだろう。誰か1人でも作品を読んでくれる人がいれば、それを支えとして書き続けることができる。創作活動は孤独だけれど、そこに読者の存在を感じられれば、それはもはや孤独な活動ではない。


 葵は口元を緩めると、最新作の短編を読み始めた。この作品を読み終えたら、自分も感想を書くことにしよう。作家じゃないから、気の利いた文章は書けないけれど、それでも誰かが作品を読んで、時間を割いて感想を書いてくれたという事実は、きっと智子の心に灯りを灯すはずだ。智子の友人として、そして原田素子のファンとして、葵は彼女を応援し続けようと決めた。

 

 それは葵の中に始めて生まれた夢であり、代わり映えのしない彼女の人生にも、仄かな光を灯してくれるものだった。

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ライフ・ワーク2 瑞樹(小原瑞樹) @MizukiOhara

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