第4話 卒業式の日の夕方に

(これ、やっぱり、告白、だよね)


 いや、ひょっとしたら、別の要件かもしれない。

 そう心に予防線を張ろうとするけど。

 でも、それ以外に考えられない。


「ああ、でも、どうすればいいんだろ」


 僕は、すっかり、結月にぞっこんだった。

 だから、当然、恋人にもなってみたい。

 でも、恋人のすることすらよくわかっていない。


結月ゆづきが告白してきたとして)


 僕はどう応えればいいんだろう。

 卒業式の前日は、こうして寝不足になったのだった。


◇◇◇◇


「あ、ごめんごめん。結月。待った?」


 卒業式の後、二人だけの同好会で僕らは集っていた。

 同好会の名前は「悩み相談室」。

 かつて、イジメの問題で心に傷を受けた彼女らしい思いつきだった。

 幸い、結月の人柄もあって、色々な相談が寄せられた。

 ただ、対面で受け付けると、色々良くないからと。

 僕の方で、書面形式での受付を提案したという経緯がある。


「少しだけ待ったよ。健吾けんごは時間にルーズなんだから」


 わざと膨れっ面をしてみせる結月は可愛い。

 知り合った頃の彼女は、ショートカットで、勝ち気で。

 女の子、ということを感じたことはなかった。


 でも、今は、髪を伸ばしている。きめ細やかな、肩までかかる黒髪。

 見るものを癒やす笑顔。それも、彼女の努力の賜物なのだけど。

 僕だけが彼女の努力を知っている、と思うと、少し優越感がある。

 あの頃の彼女は、目つきが厳しくて、どこか暗かった。

 でも、今は、おっとりさを感じさせる優しい目つきだ。


(ほんと、男子人気があるのもわかるよ)


 毎日のジョギングを欠かさないせいか、腕も足もほっそりとしている。

 きっと、裏側の彼女の努力を知らなければ、完璧人間て思っただろう。

 少しだけ小さい胸なんて、些細なこと。


「それで、話、って。何、かな?」


 これで、もし、違う要件だったら、いい笑いものだ。


「う、うん。たぶん、昨日のラインで、なんとなくわかったと思うんだけど」


 だけど、恥ずかしそうな彼女の言い方は、勘違いじゃないことを示していた。


「うん。ちゃんと聞くよ」


 と言っても、どう返事すればいいのかも結局思いつかなかった。

 もちろん、恋人-なのだろうか-になりたいと言ってくれるなら、OKのつもり。

 でも、どんな言葉でそれを言えばいいのか。


「私たちが仲良くなったきっかけって、ちょっと変わってたよね」


 そこから来るか。


「そうだね。結月にイジメられたのがきっかけだからね」


 今なら、笑い話に出来るけど、当時は本当、必死だった。


「ほんと、健吾は、容赦しなかったよね。おかげで不登校になっちゃうし」


 なんて自虐を笑って話せるのも、今の間柄あってこそかもしれない。

 だって、あのままだったら、きっと、深い傷跡になっていたから。


「いや、あれは本当にやり過ぎだった。改めて、ごめん」

「ふふ。とっくに許してるってば。元々、私が悪かったんだし」


 思えば、本当に不思議な関係だ。


「でも、あの時、毎日、毎日、ずっと、通ってくれたの、嬉しかった」


 頬を緩めて、懐かしそうに話す彼女は、夕日に照らされて魅力的だ。


「僕のせいで……今だからいうけど、自殺とかされたら嫌だったし」

「そんな事心配してたんだ。でも、実は、ちょっと、そう思ったこともあったよ」

「そっか。本当、そこまで追い詰めてごめん」

「ううん。でも、あれがきっかけで、初めて色々気づけたから。感謝してる」


 と、頭を下げて、「ありがとう」を言われる。


「いや、その。今更、お礼を言われても、むず痒いんだけど」

「照れてる?」

「そりゃ、照れるよ。結月はその……可愛いしさ」


 ああ、もう。恥ずかしい事言ってるなあ。


「ありがと。健吾も格好いいよ?時々、嫉妬しそうになったこともあったし」


 じーと、半目で睨まれる。


「ええ?そこまで女子人気なかったでしょ。「いい人」止まりっていうか」


 女の子の友達は、確かにそこそこ居たけど、そうだった、と思う。


「鈍感。悩み相談室に届いてた投書、いくつかは健吾へのラブレターだったよ?」

「ええ?確かに、恋愛相談の話もあったけど。覚え全くないんだけど」


 いくらなんでも、それに気が付かないとは考えづらい。


「その。私と健吾、いつも一緒だったでしょ?だから、遠慮してたみたい」

「あ、ああ。そ、そんなことが」


 うーむ。それは嬉しいような、その子の告白を聞いてみたかったような。


「健吾、告白されてみたかった、って思ってるよね?」


 また、じろりと睨まれる。


「い、いや……あの、えーと、ちょっとは、ね」


 本命はずっと前から彼女だけど、好きになってもらえたら、嬉しい。


「もう。ほんと、健吾は嘘つけないんだから。でも、そういうところも大好き♪」


 大好き。タイミングとしては、唐突なその言葉に、かあっとなるのを感じる。

 えーと、どうすればいいんだろ。こういう時は……。


「念のためだけど。大好きって、友達としての、とは違う、よね?」


 このごに及んで予防線を張る僕は臆病だ。


「もう。さすがに話の流れでわかって欲しい。もちろん、男の子として、好き」


 これ以上無いくらい、はっきりと言われてしまった。

 

「ありがと。僕も結月の事が大好き。えと、どこが好き、とか、聞いてもいい?」

「全部。私を変えてくれたことも。投書箱の相談に、いつも真剣だったことも」


 あ、それと、と区切って。


「芯が通ってるところもかな。私が変わろうと思ったのも、健吾の真似だし」


 褒め殺しが過ぎて、色々恥ずかしくなってくる。


「う、うん。そうまで想ってくれて、嬉しいよ。うん」


 身体中から、喜びやら恥ずかしさやらが湧き上がってくる。


「だから、これからは恋人として、一緒に歩いて行きたい。どうかな?」


 いや、どうかなって。


「そりゃもちろん、こっちこそ。結月と恋人になりたいよ」


 それが何をするのか、もよくわかっていないけど。


「じゃあ、今から恋人同士だね。ところで、健吾は私のどこが好き?」

「ええ?」

「だって、私は答えたよ。言ってくれないと不公平だよ」


 それは、確かに。


「えーと、これは、不登校から立ち直ってから、なんだけど」

「うんうん」

「立場が弱い人が居たら、積極的に助ける姿勢とか」

「……健吾を見習っただけなんだけど」

「それと。やっぱり、可愛い。色々」

「色々って?」

「とにかく、色々は色々!」


 無理やり話を打ち切る。


「ねえ、前から思ってたけど。健吾って照れ屋さんだよね」

「君だって、照れ屋だと思う」

「そ、そんなことは……少しはあるかも」


 僕たちは、何をお互いにしゃべっているんだろう。


「ところで、恋人って。何をすればいいんだろ」

「そ、それは。手をつないだり、デートしたり?」

「なんで疑問形?」

「私も、経験がないし……」


 確かに。お互い、恋愛経験値がないと、そんなものか。


「じゃあさ。今日の帰り、まずは手を繋いでみる?」

「そ、そういうのは言わなくてもいいの!」

「ご、ごめん」


 と、申し訳ない気持ちになっていると、手のひらに暖かい感触。


「でも、言ってくれて嬉しかった。私もどうしていいかわからなかったし」


 二人、立ち上がって、同好会の部室を後にする。


「恋人同士のことって、やっぱり、ネットで色々調べてみようか」

「駄目。ああいうのて、結構偏った情報だって、友達が言ってたし」

「ええ?そうなの?」


 意外なことだ。


「でも、結月は、偏ってない情報を知ってるの?」

「一応。友達から、あれこれ聞いてるし」

「じゃあ、どうすればいいのさ」

「まずは、デート!明日とか、どう?」

「いきなりだね。でも、行こっか。場所、どこにする?」

「水族館!どう?」

「そういえば、前に行ったよね。行こう!」


 夕日に照らされながら、恋人になったばかりの僕たち。

 ちょっと奇妙な縁で仲良くなった僕と彼女だけど。

 きっと、仲良くやっていけるような、そんな気がする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イジメっ子だった彼女と、イジメてしまった僕 久野真一 @kuno1234

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ