第7話「レイミ」三章怪物より抜粋 後編
それから二か月ほど経った日の事です。ベットの上で白くて綺麗な足を投げ出していたレイミはついに言いました。
「シュウくんは本当は私のこと好きじゃないよね」
その頃になるとむしろ僕はその言葉を心待ちにしていました。恋人を演じることにもう疲れ切ってしまっていたのです。だから、いつもなら、そんなことないよと言えていたはずなのに何故か僕は黙り込んでしまいました。何も言わない僕を見て、レイミは首を絞めることを了承した時と同じような諦めた目をして笑いました。
「そうだと思ってたんだ、私馬鹿みたい」
レイミは何も言えないでいる僕を置いて部屋を飛び出していきました。
一週間後、徹夜明けでベットの中で微睡んでいた午後に一本の電話がかかってきました。それはレイミの母を名乗る人物からのものでした。その人が告げた事実に一瞬、息が止まりそうになりました。その人は涙声でこう告げたのです。
「シュウくんですか?レイミの母です。先日、娘が自殺で亡くなりました。生前レイミは貴方のことが大好きみたいだったからお礼を言いたくて」
最初にそのことを耳にして想起した感情は恐怖でした。
『シュウくんは本当は私の事好きじゃないよね』
そう呟いて笑った彼女の笑顔が思い起こされます。僕のせいで彼女は死んだのではないかということを疑って恐ろしくてたまらなくなったのです。しかし、自殺の理由をレイミの母は大学のサークル内のいじめが原因だと僕に教えてくれました。数か月前にレイミはサークルのメンバーとのトラブルについて母に相談してくれていたというのです。そう言われて僕は初めて、レイミだけが椿祭の日にお揃いのブレスレットをつけてなかったことを思い出しました。あの頃から、きっと彼女はサークルのメンバーと上手くいっていなかったのでしょう。だから、当日の朝見に来なくてもいいと僕にLINEを送って寄越したのです。辻褄が合う自殺の理由に僕は納得しましたが、同時に僕が彼女に自殺を踏み切らせた原因になっているのではないかとも思いました。
電話の向こうで詰まりながら話すレイミの母に、レイミがいかに僕のことを大切に思っていたか、レイミがどれだけ支えられていたかを語られる度に心臓がきゅっと締まります。彼女が自殺したと聞いたのに、初めに思ったことが自分の保身のことだなんて聞いたらこの人はどう思うのだろう、自分はなんて薄情な人間なのだろうとそんな考えがぐるぐるぐるぐる頭の中を駆け巡り、次第には何を聞いているかもわからなくなって、ただ空っぽの相槌だけを打つ人になっていました。
そうしてひと月がたった今でも僕は未だレイミが亡くなったことに感情が動かないのです。そうした自分が恐ろしくて堪らなくって僕はこれをこのノートに書いています。全て吐き出したら、少しはこの自己嫌悪も収まるのではないかと期待しての事ですが、ここまで書いても全く収まる気配がありません。僕は怪物になってしまったのかもわかりません。僕の方が死んだ方が良いのにレイミはなんで死んでしまったのだろうとそんなことさえ思い浮かんでくるのでした。
(鷹野柊「レイミ」三章怪物より抜粋)
こんな現実をなかなか経験できないとのたまう蘭花くらい自分も図太い性格をしていたら、最後まで礼美のことが好きだと嘘をつき続けることが出来ていただろうし、そもそも告白された時にきっぱりと断れていたかもしれない。
「その顔だと図星ですね。」
嬉しそうにする蘭花にわけがわからなくなる。自分たちは今、物語の中の話をしているのだろうか。
「どうしてアレが現実だと知っていて笑えるんだ。」
「あ、ごめんなさい。」
蘭花は慌てたように、組んでいた足を閉じて手を膝の上に置いた。
「私、小説のネタになりそうなものに本当に弱くて。だからヒイラギ先輩も私と同じなのかなぁと思って嬉しかったんです。彼女が自殺したことでも小説として書いてしまえる人間なんじゃないかって。」
柊は言葉に詰まった。「レイミ」の中でも書いた通り、柊が「レイミ」を書いたのは罪悪感と自己嫌悪から逃げたかったからだ。でも、それだったら小説でなくてもいい。ましてや上手く書く必要もない。なのに出来上がった作品は裕樹にも一番良かったと言われ、文学賞の審査を通過した。それは蘭花の言うように小説として面白いと思う邪な気持ちがあったからではないのか。そう思うと、「レイミ」を書いて少しは切り離すことが出来たはずの罪悪感と自己嫌悪が再び追いかけてくるのを感じて柊は蘭花の言い募らせる言の葉をそっとシャットアウトした。
文学少年たちのモラトリアム 詩村巴瑠 @utamura51
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