第57話 フードの女
「それってどんな天職なんですか?」
レティシアは普通に師匠に話すように丁寧な言葉となっていた。
修行も終わり荒々しくなる必要もないからだ。
エルもリュウも紅茶を口に付けて一口含むと舌で転がしてから飲み込んだ。
「決してセクハラとか下ネタを言いたいから言うんじゃねぇぞ。」
「こっちだって恥ずかしいんだからな。」
確かに誰ともわからない女性に、若返った状態で戦って負けたなんて流布するわけにはいかない。
「男女の繋がりをする事で相手の能力を、スキルを奪うんだ。」
「正確には複写だな。そして複写でも劣化はしていないときたもんだ。」
子供の受胎と同じ。相手の精からその全てを自らの卵に受胎する事で自らの糧とする。
現実の子作りと違う点は、卵が月に一つじゃないという事だった。
「つまりは例えば剣術レベル10を複写したとする。そしてそれはそのまま剣術レベル10として奴に持ってかれるというわけだ。」
「それもまるで自分が経験したかのようなレベルでな。」
全盛期のエルとリュウの、技も力もその人物は手に入れたことを意味する。
普通に考えればそれはもう人外の強さという事でもある。
西方と比べてどうかはともかくであるが。
「俺達はそれぞれの流派の師範ではあるけど、天職は流派に関係ない。モフモフマスターとか門番とかであっても学べる。」
「そして戦闘に向かない天職でも、学んでしっかり稽古を積めばそれなりの使い手にはなれる。」
「これは嬢ちゃんの他の家族に当てはめても分かるだろう?南方の流派は一族全てが学んではいるはずだ。」
「それに流派の全てではないけど、ここの嬢ちゃんとこに居る嬢ちゃん達……ややこしいから姉ちゃん達と言うけど、姉ちゃん達もそれなりに様にはなっているはずだ。」
流派の使い手としては中級修行者くらいにはなっている。
「それと、これはどのみちいつか分かるだろうけど、奴は南方の動きもしていた。」
「何が言いたいかと言うと、誰と勝負したかはわからんけど、南方も既に受胎にて持っていかれているという事だ。」
その人物が何者であれ、既に三方を得たことになっている。
普通に考えれば、中途半端な修行をした者から奪っても仕方がない。
最低でも兄・ライティースくらいの実力はないと、複写する意味がない。
しかし兄は何も言っていない。
それならばそれ以上の使い手、現師範である父レオナルドはどうか。
父も何かあれば口に出しているはずだ。
「黙って聞いていましたが、とても信じられる話ではないですけど嘘を言っている感じは受けません。その話は真実なのでしょう。」
「目的ははっきりとしませんが……その人物は西方の師匠と同等と考えても良いでしょうね。」
レティシアの想像は間違いではない。今のレティシアが本気でこの二人と戦えば、負けはしない。
しかし絶対に勝つとは言い切れない。恐らく聖女の力を使えば勝てると言い切れるだろうけれど。
「嬢ちゃんの家族の事は聞いた。西方にやられたんだってな。」
未だに目覚めないのはプライドを折られたからだろうか。それとも何かしらスキルの影響なのか。
場合によっては再び襲われるのを避けるために、脳が目覚めるのを拒絶する場合もある。
その場合は余程の恐怖などがあればあり得る話だが、そういった恐怖であれば離れた地にいても少しくらいは感じる事が出来る。
レティシアはその辺りも含めて異常であるため、西方の気であれば感じ取れるはずだと思っている。
普通に殺気を放っただけでも半径10km四方には確実に伝わる。
戦場とはそれ以上離れているが、目覚めない程の恐怖を与えるものならば100kmは離れていても感じ取れると思っていた。
「フードの女が西方と敵なのか味方なのかで色々変わって来るけど、嬢ちゃんは暫くは個人的に自主修行を続けるべきだな。」
「もう一つの修行なんだがな、メイドの嬢ちゃん。あんたの流派は面白い、直接師事を受けたわけじゃないけど、天職が教えてくれてるはずだろ?」
「え?メイって何かの流派の使いなの?」
「ずっと黙ってましたけど、天職を得た時に頭の中に流れてきたんですよね。お嬢様達が見てない時に我流で修行してましたけど。」
レティシアの後ろでメイが堪える。手を前で重ねて深く頭を下げている。
「それでどういった流派なの?」
「多分想像出来る。シアはこういうのは鈍いから気付かないのかもしれませんが。」
ようやくユーリがこの場で発言をする。
圧倒される事ばかりで口を出す場面が全くなかった。
「ね、ねこみみメイド拳です。この天職を得た時に、この流派の祖であるカレンちゃんという方の動きが脳内に流れ込んできました。」
「あぁ、それでたまにユーリと組手をしてたのね。」
ねこみみを着けて空いた時間で何かをしていたのは知っていた。
しかし何をしてるんだろうなぁと、温かい目をして隠れて見ているくらいしかしていなかった。
メイ自身はレティシア達が学園に通っている頃から、こっそり一人で修行していたけれど。
「まぁシアを支える者として私と彼女が一番近くでありたいと思ってますからね。」
ユーリがしれっと思いの丈を話す。
「修行前に二週間とは言ったが、一日かけてメイドの嬢ちゃんをパワーレベリングする。恐らくレティシアの嬢ちゃんを除けば最強にはなるだろう。」
「そして一日かけてユーリの嬢ちゃんを同様にパワーレベリングする。この日はメイドの嬢ちゃんがみんなと組手等をして底上げを図れ。」
「さらに一日かけて、今度はレティシア嬢ちゃんを同様にパワーレベリングする。多分これで真の免許皆伝だ。」
そこまでしても西方と互角に戦えるかどうかはわからないとの事。
その言葉が真実であるならば、そのフードの女とは一体どんなバケモノなのか。
王都に出回っている戦闘漫画の中には、強さが高騰に高騰を重ね途方もない話になっているものがあるという。
このフードの女はまさしく、そんな高騰した中に現れた新たな敵という事に他ならない。
そして三日という日もあっという間に過ぎていく。
既に修行した全員がSランク冒険者って何?それって美味しいの?という強さになっていた。
「美味い食事と適度な運動。これこそが修行の神髄よ。」だそうである。
あの毒みたいな薬草が?乙女にあるまじき行為をこの面子がどれだけした事かと苦情を言う。
あの地獄のトレーニングが?乙女が血反吐を吐くってどれだけ過酷かってと苦情を言う。
西方が家族を傷つけたという地へ出立する準備は整った。
「その前にお風呂に入りましょう。」
何故?とは誰もツッコミは入れなかったが、この三日の美味い食事と適度な運動が関係しているのは想像に易かった。
☆ ☆ ☆
一方その頃。
とある森の外れ。木々が倒れ抜かれて平原と化した場所がある。
そこに二人の男が対峙していた。
「西方の。息子の仇は取らせてもらおうか。」
「南方の。主ではわしには勝てんよ。」
「西方の。戦う前に一つ聞きたい。お前、何でそんなにボコボコで、てっかてかなんだ?」
「バケモノはわしの他にも存在したという事だ。漢の戦いに言葉は不要、全てはこの拳で語るしかないぞ。」
そして始まった戦いは5分と経たずして終焉を迎える。
地面に横たわるのはナンポウの使い手であるレオナルド。
それを上から見下ろすのはセイホウの使い手西方無敵。
西方が頭一つ二つ抜き出ている事の証でもあった。
「一つ教えといてやろう。あの時お互い全力ではなかったが、それでもわしは破れた。勝利条件は一発ヤる事。」
「久しぶりに使ったが……わしのコレを平気で飲み込んでしまったわ。そして散々注いだ時、わしは戦慄を覚えた。」
「これがわしが普段周囲にバラまいていたものなんだなと。」
「それは殺気とまでは言わないが、威圧感の事か?」
西方は頷く。二人の周囲には草木は存在していない。
戦いの余波で全て吹き飛んでしまっていた。
「奴は交わる事で交わった男の能力、天職特有のものから個人が磨き上げてきたスキル等も複写出来るようだ。」
「そいつは怖いな。そんな女がこの世には存在するのか。もし出会っても逃げよう。逆強姦でも嫁達に俺が殺されちゃうわ。」
「何を言う。お前からもその女の匂いは漂っていたぞ。戦いで大分吹き飛んでしまったが。」
随分と饒舌に喋るようになった西方がとんでもない爆弾発言を投下した。
妻以外の女性と性交をした事のない、見覚えも聞き覚えもないはずのレオナルドは冷や汗が溢れ出ていた。
その女の行ったであろう未知の行為にか、それとも妻達にか、恐怖がレオナルドの脳裏を過っていた。
聖女は万能過ぎたので追放されました。 琉水 魅希 @mikirun14
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