第1話

 グラスに注がれた水を一気に喉へ流し込む。残りの量を気にせずがぶ飲み出来るってのは幸せだね。あ~生き返る。


 ここサンタ・イネスはフロンティアの玄関口として発展してきた町で、東海岸から運ばれてきた物資がここを経由して開拓地へと運びまれていく。町を東西に走る大通り沿いには様々な商品を扱う店が並んでおり、昼間は買い物客や行商人でごった返しだ。


 一方でフロンティアから東海岸方面へともたらされるものだってある。


 それが古竜だ。


 巨大なトカゲのような、或いは創作物で描かれるドラゴンに酷似していると言っても良いこれらの生き物は、カウボーイと呼ばれる専門のハンターによって生きたまま捕獲された後家畜として売買される。


 町外れに古竜を係留する為の囲いが多数設けられていたことからも、この町の発展にカウボーイが寄与して来たことは間違いないだろうね。


 となると、治安はあまり宜しくない。


 カウボーイの中には他人が捕まえた古竜を横取りする『古竜泥棒』を生業とする者も少なくないし、そうした賊から食い扶持を守るためにカウボーイの殆どが武装して、徒党を組んでいる。


 カウボーイ同士が町でトラブルを起こすなんて日常茶飯事、命のやり取りに発展することだってそう珍しくない。それを警戒するように胸に星形のバッジを付けた保安官達が険しい目付きで町を巡回していた。


 ま、如何にも西部って感じっしょ。


「ランカスターってブリテンでも有数の名家ですよね!?」


 すっとんきょうな声を上げたのはさっきうちらが助けた女の子で名前はソフィア。


 うちらは町に着くや否や、一階にレストランを併設したこのホテルに直行した。サンタ・イネスの中でも高級店が集う一角に建てられているだけあって値段は割とお高めだ。


 うちとしても出会ったばかりの可愛子ちゃんにガッツリたかり散らかすのは気が引けんだけども、かと言って行儀の悪い男どもが集う安宿にこの子を連れていけるかって言うと無理じゃん。


 実際この店の客層は安酒場のそれとは雲泥の差で、うちら以外にも女だけで食事を楽しんでいるグループがいるくらいだ。ありゃ旅芸人の一座かね。


「それがどうしてこんな辺境を旅しているんですか……」


 ソフィアは周囲の視線を感じ、慌てて声のトーンを落とした。


「名前だけじゃ食っていけないからですわ」


 後の世で産業革命と呼ばれることになる技術革新に産業構造の大変革は、いち早くその波に乗ったジェントリが上流階級の仲間入りをしていった一方で時代に取り残された多くの貴族が没落の憂き目に合った。かつては王家とも婚姻関係を結び栄華を極めていたランカスター家もその例に漏れなかったってわけだ。


 でもそれで新大陸に繰り出して土地と金を持った男を捕まえようというのもどうなん? 他力本願寺の人任仙人じゃん。


「ちょっと悠希さん、人を妙ちくりんな宗教の開祖にしないで下さいませんこと。それにあなただって私と同類でしょうに」


「うちはあんたと違って金や、土地には興味ないね。あくまで強い男が欲しいってだけだし……」


 なんせ武家だからねうちは。京極の家を継ぐに相応しい世継ぎを産む為に強い男の血が必要ってだけ。


「強い男って……じゃあ何であの時十二歳の男の子に手を出したんですの?」


 ソフィアが口に含んでいた飲み物を勢い良く噴き出した。


「将来性よ、将来性。リリィも見たでしょ? 盗賊に屈せず戦おうとした度胸一つとっても良い男に育つに決まってんだから早めに唾つけとかないと。ほら、兵は拙速を尊ぶって言うじゃん」


「あの……。そ、それで悠希さんはその子とどうなったんですか?」


 見るとソフィアは真っ赤にした顔を小さな手で覆っていた。


「どうもこうもありませんわ。ぶちギレ遊ばれたお母様に村から追い出されてしまいましたの」


 将を射んとすればまずは馬からとは良く言ったものだね、あやうくうちらは馬に殺されるとこだったよ。


「へ、それだけ?」


「てか、そこで進展あったらうちここにいないし……」


「ソフィアさん、あなたどんな展開を期待してましたの?」


「いえ……なんでもないです」


 プシューと頭から湯気を放ちながら、ソフィアは項垂れて沈黙する。


 何かが割れる音が飛び込んできたのは調度その時だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

西部血風浪漫譚~荒野の没落お嬢様~ ヤバ タクロウ @yabatakurou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ