西部血風浪漫譚~荒野の没落お嬢様~

ヤバ タクロウ

プロローグ

 赤茶けた大地にこだまする銃声。


 それを聞き流しながら、うちは刀の柄に指を這わせた。


 刀は良い。細身で反りの入った造形、表面に浮かぶ波紋。武器としての合理性を追求した先にある機能美はまさに芸術そのものだ。そして、そんな刀の切れ味を引き出す使い手の技もまた極めれば芸術の域に至る。うちがそうだとはあまりの恐れ多さに口が割けても言えないけどね……。


「とりま、行きますか」


 涎を散らしながら向かってくる古竜に正面から突っ込む……ように見せ掛けてからの、前に出した足を軸に身体を回転。そんでもってすれ違い様に刀を振り抜く。


 『橘流 旋風』


 回避と反撃とを一体化させたうちの十八番。身体の回転を活かし全身を一つの刃と化して放つ斬撃はまぁ中々のもんよ。ほら、ドラゴンさんもずんばらりんと真っ二つ。


 ぶちまけられた鮮血が乾いた地面を潤わしていく。


「はい、一丁上がり」


 とは言ってもまだまだ敵の数は多いんだけどね。


 ラプターは小型の(とは言っても二メートルはあんだけど)古竜で、群れで狩りをする習性がある。食い出が無いからと人間を襲わない大型種よりも厄介な相手で、こいつらに全滅させられた開拓地は両手両足の指じゃ足りないほどだ。


「何? あんたらまだやんの?」 


 一対一じゃ勝ち目が無いと理解したのか、三匹のラプターがぐるりとうちを囲む。呼吸を合わせ同時に襲い掛かる腹積もりと見た。


 だからこちらから仕掛ける。


 乾燥した地面がひび割れるほどの威力で蹴り出した身体は一瞬で古竜の間合いに侵入し、切っ先の描く直線が間にあったもの全てを断ち切る。

 剣風に煽られ木の葉のように翻る生首を尻目にうちは二匹目へと襲い掛かった。


 この期に及んでも自分が狩られる側だとは思わなかったんだろうね。完全に虚を突かれたラプターは袈裟懸けに放った一閃をまともに食らって大量の血と内臓を断面から吐き出しながら崩れ落ちていく。


 生臭い臭いが辺り一帯に立ち込める。その血臭を引き裂くようにして、最後に残った一匹が背後から飛び掛かってきた。


 返しのついた鋭いツメと骨すら容易に砕く強靭な顎、その間を縫うようにして刀を突き入れると無防備な臓腑を蹂躙する。刺突が完了した瞬間には刀は引き抜かれ、既に身体は後に跳躍した。


 刀が抜かれた傷口からは一滴も血が流れ出てない。ラプターはそれに疑問を抱く素振りも見せずよたよたとよろめきながらも鋭い眼光をこちらに飛ばす。そして雄叫びをあげようとして──出来なかった。


 ゴボゴボと濁った音が血に染まった気泡とともに喉から溢れ、ラプターは眼球を剥き出しにし爪で喉を掻き毟りながらのたうつ。水の中で溺れて空気を求めるように。


『橘流 鬼爪天涯きそうてんがい


 特殊な突きによって逆流させた血液を肺に流し込み窒息させる技だ。うちの流派は昔は都で妖怪を切ってた関係で一風変わっている。正味人間を相手にするより立ち回り易いまであるわ。


「こっちは終わりかな……」


 既に生き残ったラプターは敗走している。この辺の統率がとれてないとこから見るに、こいつらは群れからあぶれたオスの集団だろうね。まともな群れと当たってたらもうちょい手こずっていただろうし、彼女は助からなかっただろうね。


 彼女とは誰かって?


 向こうにいるじゃん、地面にへたり込んでる素朴で可愛いめの女の子がさ。


 そんでもって、その傍でケッツァー社のレバーアクション式ライフル、ジーフリトを構えている可愛げの無い女の子がうちの相方ね。

 

 ギブソンタックにした艶のある髪と清楚な出で立ちからも分かるように、良いとこの出のお嬢様さ。


 彼女が放つ連続した発砲音は次々と古竜を地に沈めていく。


 連射速度に優れるレバーアクション式とは言え、銃声が切れないほどの連射で正確に命中させることが出来るのは彼女くらいのものだろうね。


 拳打を放つように忙しくレバーを操作しながらも彼女の身体の軸が一切ぶれていない。うちが全身を一振りの刀にするように、この子はこの子でその身を一丁のライフルと化していた。


 故郷で弓の名手と名高い使い手でもこれほどの域には達していない。ましてや実戦でやってのけるんだから大したもんだよ、本当に。


 そうは言っても弾が切れたらおしまいだ。カチンと心細い音を立ててジーフリトは沈黙。リリィは澄ました顔で銃弾を装填していく。


 下手に焦って動作不良を招くよりは賢い選択だけど、好機と見たラプターの群れが一気に殺到する。とてもじゃないがリロードは間に合いそうに無い。


 地べたにいる少女がぎゅっと目をつむり縮こまる。


 そろそろ手を貸すかと身構えた矢先、リリィが勢い良くライフルを真上に放り投げた。そして、自由になった右手を腰に下げたホルスターへと伸ばす。


 銃が抜かれると同時に左手が撃鉄を起こした。


 一つに重なった銃声が正面から接近してきた三匹のラプターを仕留める。


 右手でトリガーを引いた状態のまま左手で連続してコックするファニングショットと呼ばれる技法で、リリィのそれはレバーアクションとは比較にならない速さだ。


 続け様に3発、背後に回り込んでいたラプターに銃弾を撃ち込むと、役目を終えた社A&I社製シングルアクションリボルバー、ロックリンはホルスターに戻る。


 真上に投げたライフル銃がリリィのもとに帰ってきたのは丁度その時だった。


 レバーを動かし薬室に弾丸を送り込み引き金を引く。発射された弾が今にも噛み付かんとしていたラプターの口腔から侵入し脳幹までを一気に貫いた。


 絶命したラプトルが地面に倒れ、脳天に穿たれた穴から血と脳漿が混じりあった液体を垂れ流す。


「どうやら今ので終わったっぽいね」


 既に生き残ったラプターは敗走を始めていた。


「全く、もうちょっと引き際を弁えて下さっても良かったのに」


 鈴を鳴らすような声もお疲れ気味だ。そら仕方ないね、ここ暫く野宿続きで水も食料も切り詰めてたし。お互い無傷で切り抜けただけでも上等上等。


「あんたは大丈夫かい?」


「はい、落ちた時にちょっと擦りむいたくらいで全然平気です。あの……危ないところを救って下さり本当にありがとうございました」


 緊張のせいか、女の子は両手をわちゃわちゃと動かしながら早口で捲し立てる。


 そのどことなく小動物染みた愛らしい所作は見てるだけで戦いの疲労を癒してくれる。


「とりま近くの町まで送ったげるよ」


 この子、乗ってた草食種の古竜もラプトルの餌食になって足もないしね。


「何から何までありがとうございます。町に着いたら是非お礼をさせて下さい」


「良いよ良いよ、うちら好きでやったことだから──」


「でしたら、まずは汗をかいてしまいましたからお湯を浴びさせて下さいませんこと?」


 おい、そこ遠慮しろし。結果として厚意に甘えるとしても最初は断るんだよこういう時は。


「それが終わったら今度は暖かい食事を頂きたいですわ。メインディッシュは魚料理で焼き立てのパンとスープをつけて下さいな。食後にフルーツがあると嬉しいですわね。後は、フカフカのベッドで一晩寝れたら言うことなしですわ。それから、素敵な殿方がいらしたら是非とも紹介してくださいませんこと?」


 これでもかと言うほど白い目を向けてやってんだけど、どこ吹く風。呆気にとられているうちらを意に介さず、リリィは満面の笑みを浮かべた。


 あ、ぼちぼち名前を名乗っておこうかね。うちの名前は京極悠希。

 

 うちとリリィは男を捕まえに西部にやって来た絶賛没落中のお嬢様だ。


 

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